闇に蠢く


登場人物
〈私(はしがきの乱歩らしき語り手),御納戸色〉野崎三郎,お蝶,野崎のアトリエの雇い婆さん,籾山ホテル主人,籾山ホテル従業員(番頭や女中、小女など),鏡の謎の女,駐在の警官,進藤,植村喜八,印半纏の男,踊り子の胡蝶,鉛色の顔を持った前科者の男,お蝶を野崎に紹介した男,黒い怪物

主な舞台
東京〈戸山ヶ原にある野崎アトリエ(飯田町駅の近く),浅草公園周辺〉,信濃=長野県〈S温泉〔籾山ホテル,同ホテル別宅〕,M町,Hという小部落〉

※(ちょっとした“うんちく”)
「飯田町駅」というのは、現代で言う「飯田橋駅」の旧称(山手線)
長野県M町の特定は私設鉄道乗り換えというヒントがあったものの、困難を極めた。大正初めにM町そのものがほとんどないからである。ちなみに現在有名なM、松本市の市政は明治40年5月。S山中のS温泉も全然探査失敗である。

作品一言紹介
猟奇的嗜好の持ち主野崎三郎は彼の目に敵ったお蝶と両思いで幸せな猟奇生活を送っていたが、ある日からお蝶が何の影に怯えたものか、東京脱出を提案した。野崎は前に行ったことあるS温泉の風変わりなところが彼の嗜好に合致し大変気にいっていたので、お蝶とともにそこへしばらく滞在するべく出かけていったのだが・・・・・・。この長篇は人としてのタブーを破り、人外鬼畜の恐怖を描いた問題作的一篇である。

著者(乱歩)による作品解説(ちくま文庫引用)
 大阪発行の「苦楽」大正十五(昭和元)年一月から連載した、私の生れて初めての長篇小説であった。はじめ二,三カ月は順調で、当時の「苦楽」編集長、川口松太郎君も褒めてくれたし、また、誌上でも大いに優待してくれたのだが、これはまだ通俗ものに転向する前の作品なので、「蜘蛛男」以後のように、通俗に徹することができず、非常に苦労をしたものである。初めは決して人肉嗜好のことなど考えていなかったのだが、二、三カ月も書いていても、全体の筋がまとまらず、休載をつづけながら、苦しまぎれに、こんな極端なものにしてしまった。私は青年時代に、科学小説のジュール・ヴェルヌ原作の「生残り日記」(安東鶴城訳)を読んで、強く心をうたれたことがあるが、それは、難破船生き残りの人々が、ボートで大洋を漂っているうちに、空腹の余り共喰いをはじめるという恐怖の物語であった。「闇に蠢く」の苦しまぎれの転向プロットはヴェルヌの小説の記憶から来たもののようである。
 そういうわけで、私はこの小説をひどく恥ずかしがっていたので、休載につぐ休載のあげく、ついに尻切れトンボに中絶してしまった。しかし、後半平凡社の私の全集に入れるとき、なんとか結末だけつけておこうと、三十枚ほど書き足して、辛うじて完結の形にしたのである。

「女性」の「苦楽」宣伝にあった「闇に蠢く」の文はこちらを、それと「波屋書房」の「闇に蠢く」の紹介文はこちらを、それぞれ参考にすべし!

比較的最近の収録文庫本
角川文庫・江戸川乱歩作品集『一寸法師』
講談社文庫・江戸川乱歩推理文庫『湖畔亭事件』
春陽文庫・江戸川乱歩文庫『暗黒星』(その帯画像はこちら)
ちくま文庫『江戸川乱歩全短篇2ー本格推理2』

(注意)残念なことに角川文庫と講談社文庫は品切・絶版中・・・


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