復刻版「新青年」を読んでの感想〔昭和三年〕


新青年 昭和三年十二月號=一册六十錢

サンタ・クロオズ・ナムバア

「罠」/大下宇陀兒/16ページ(2001/6/5読了)
これも駄目な作品だ。無罪者を二重の罠に引っかけるという意味の興味はあるのかも知れないが。


新青年 昭和三年十一月號=一册六十錢

コロネイシヤン・ナムバア

「赤光寺」/葛山二郎/23ページ(2001/6/4読了)
怪奇な雰囲気な持った恐るべき本格だった。犯人当てとしても、多くの材料やラストの推理連発で、まさに驚異!ただあの犯人の最大根拠には、根本的にやはり無理があるような気がするのだが、実際はどうなのだろう?


「罪せられざる罪」/城昌幸/8ページ(三段)(2001/6/5読了)
クランフォード氏の気の毒な話。これは一種のストーカー(笑)。確かにされる方には不気味である。


「城戸三郎の正體」/水守龜之助/14ページ(2001/6/5読了)
面白くも何ともないその程度の話。城戸三郎の正体も期待はずれである。話は空き家から覗かれていると感じた時からはじまる。


新青年 昭和三年十月號=一册六十錢

ムーンライト・ナムバア

『陰獣』は九〜十二で完結。36ページ。


「丘の上」/甲賀三郎/22ページ(2001/5/31読了)
意表を衝く構成の本格探偵小説。古道具屋のある花瓶をめぐって殺人事件が発生。そして古道具屋の道具の中から暗号の紙片が幾つも出てくると言う奇怪事も起こった。例のごとく、暗号は文章中に出てくるだけで、読者に解く楽しみは全く与えられないし、殺人事件の犯人も馬鹿馬鹿しい位にアンフェアで、最低の出来かとも思えたが、所がどっこいなのである。最終的には意表を衝いた謎の転換に驚くとともに面白味も感じたのだった。本格的構成を取りながら、意外性を主とした探偵小説だ。ちなみにいつもの甲賀らしくない文体であり、恋愛心理をも主要に大いに絡んでいるように思う。


「お静樣の事件」/橋本五郎/14ページ(2001/5/31読了)
お静様のお腹の父親は誰!? という一見ちょっととんでもない話。


「死後の戀」/夢野久作/20ページ(2001/5/31読了)
さすがは夢野と言ったような妖異立ち込める作品だ。革命時のロシア人の物語であり、その死後の恋の圧倒的恐ろしき超悔恨のようなものが、物凄い妖異なのである。


「秋の亡靈」/角田喜久雄/12ページ(2001/6/1読了)
なかなか面白いある兄弟の悲劇。


「隼探偵ゴツコ」/久山秀子/12ページ(2001/6/1読了)
相変わらずの痛快な話。大したことない。


「海底(うなぞこ)」/瀬下耽/15ページ(2001/6/1読了)
マァ、大したこともないが、海底の恐るべき死の舞踏の本当の意味にゾッとする面白さがある。


「動物園の一夜」/平林初之輔/15ページ(2001/6/1読了)
大東京でのきびしい生活に行き詰まり、思わず動物園にやって来た男の、秘密結社の首魁と関わったちょっとした一夜の冒険譚。探偵小説的興味は無いに等しい。


「畫家の娘」/大下宇陀兒/20ページ(2001/6/1読了)
駄作である。面白いポイントは皆無。意外性も何も全然駄目だ。筋すらも不合理なのではどうしようもない駄中の駄。


「空中墳墓」/海野十三/16ページ(2001/6/1読了)
海野十三のメチャメチャ振りの原型が垣間見れるような作品。殺人音波、宇宙艇、月の引力などなど。まさに海野ならではないか!? 二十年という不合理も含めて、不合理だらけのこのSF探偵小説は、二十年前に行方不明になった飛行艇松風号の乗組員を、そのプロペラ技師が見、その行方を探偵に依頼するところからはじまり、恐るべき場所と状態の追いかけっこで終わるのである。


「原稿」/川口松太郎/8ページ(2001/6/4読了)
大したこともない話だが、ある人気作家の原稿をめぐるC社とB社の話。


「當選美人の死」/山本禾太郎/14ページ(2001/6/4読了)
所謂禾太郎的ではない写真と仙人掌から探偵する本格ものであったが、それほどではないと思う。


「勝敗」/渡邊温/12ページ(2001/6/4読了)
どんでん返しの連続の犯罪心理。兄と病気の弟、そして昔弟と駆け落ちした兄の嫁さん、という複雑な人間関係の中で恐るべき勝敗が決せられる。秀作に入るだろう。


(編輯局より)によると、今回から延原謙、水谷準の編輯に!以下、(水谷生)の引用文
○「陰獣」の完結篇を読んで、誰か呀ツと叫ばぬものがあらう。作者はすでに次回の作を本誌に約束してゐる。乞期待。

これは、昭和4年新年号の「芋虫」(「悪夢」)のことであろう。乱歩は約束を果たしたのである。


新青年 昭和三年第十一號(九月號)=一册六十錢

ウオドハウス短篇集

『陰獣』は五〜八まで。21ページ。
話末に文章があったので、それも引用してみる。
(作者申す)本篇は短篇小説であつて分載すべき性質のものでないのに、編輯の都合で切ることになりました。それにつき一言申添へますが、敏感な讀者は、今月分を讀んで已に凡そ結果が分かつてしまつた様に感じられるかも知れません。併し、それは恐らく間違ひなのです。尤も、作中の「私」も、讀者が陥られるであらうと同じ錯誤に陥つたのではありますけれど。

この文章により、乱歩が当初は、この『陰獣』を短篇と見なしていたのがわかりなかなか興味深いと思う。もっとも後に中篇小説と位置づけているのだが。
ちなみに、全くどうでもいいことだが、便宜上、私は《乱歩の世界》中では、長篇扱いにしている。


「傍聴席の女」/甲賀三郎/22ページ(2001/5/29読了)
手塚龍太が打算無し?で動いた異色作であり、秀作法廷探偵小説だ、と言ったら、誉めすぎだろうか!? もちろん難を言えば、材料的に些か本格度は弱く、不合理なな所もはっきり言えば多いのだが、目眩く展開力は美事であり、傍聴席から現れた手塚龍太弁護士の推理に及んではまさに最高潮だ。それにこの物語によって、手塚が警視庁においてもそれなりの力を持っていることも判明するし、官尊民卑の当時の風潮においては、陪審制度はナンセンス的に不適だというのを皮肉的意味で訴えている感じがするのが好ポイントになるだろう。


「飛機睥睨」/耽綺社同人合作/24ページ(2001/5/29読了)
謎の解明、この大団円で複雑な謎が全て氷解したのである。参考までに私の最終的評価は、プロットの入り組みなど、なかなかの面白さだったように思う。


(横溝生)の「編輯局より」の記事の一部引用コーナー
に移る前にこの号が横溝正史、渡邊温の二人編輯体制の最終とのことで、次号から延原謙、水谷準の二人体制に移るとのことが書いてあったことを述べておく。つまりこのコーナーもラストである。なお、次号の延原謙の編輯後記によると、横溝は文芸倶楽部に移ったらしい。
さて、一部引用へ。
◇「陰獣」は果して素晴らしい評判である。編輯者の机上には既に投書が山積してゐる。中には、この小説を一度に掲載しない編輯者を目して、詐欺呼ばわりをした手きびしいものもある。これは増刊の編輯後記にも書いた通り、雑誌として止むを得ない事情があるのだから惡しからずご了承下されたい。
◇今月号の「陰獣」の後に書かれた亂歩氏の追記を讀まれた人人は作者のこの素晴らしい自信に、いかに驚歎されても構はない。この小説の背後に隱されてゐるあの恐ろしい祕密こそは、諸君がいかなる明智を振つても恐らく解き難いものであらうからである。

この乱歩関連の恐怖の投書は、この二年前の『パノラマ島奇譚』の時もあった。同様に引用記事にしてもいる。しかしこの時は、最初から連載で、編輯主幹だった森下雨村も原稿は持っていなかったので、言い訳でなく、真実を述べ、恐らく読者の不平不満も、乱歩の休載にこそ行くも、編輯部に向くことはあまりなかったであろう。しかし、横溝は読んで絶讃しているだけに、当時の読者の気の揉み様が想像されて面白いのである。


新青年 昭和三年第十號(夏期増刊(八月増刊)號)=一册壹圓

探偵小説傑作集

乱歩の「陰獣」第一回が収録されている。26ページ。ちなみに「陰獣」の"陰"の字の右側の屋根の下は本当は「長」という字である。
なお、この「陰獣」当初の予定では、一回読み切り短篇扱いの予定だったようだ。詳しくは、下記「編輯後記」及び次号以後の引用文を参照されたし。

(横溝生)の「編輯局より」の記事の一部引用コーナー
◇さて―と、例によつてそろそろ手前味噌を並べることにする。先づ第一が江戸川亂歩氏の『陰獣』である。何しろ氏にとつては約一年振りの執筆であるし、他から山程ある依頼を一切退けて、本誌の爲にのみ執筆下されたことは何んとも感謝の申しようがない。唯茲に讀者諸君にも江戸川亂歩氏にもお詫び申上げなければならないのは、全部を一纏めにして掲載する筈であつたが、何を言ふにも百七十五枚といふ大物、甚だ心苦しき至りであつたが見らるゝ通り續き物にする他なかつた。惡しからず御了諒を乞ふ次第である。
◇『陰獣』百七十五枚を一息に讀終へて僕は思つた。探偵小説壇はこの一篇によつて、第二期の活動期に入るだらうと。それ程この一篇は刺戟的である。見やうによつては、これこそ亂歩氏の今までの仕事の總決算とも見られる。しかもこの小説背後に隱されてゐる驚くべき祕密は、恐らく探偵小説始まつて以來の素晴らしいトリツクだと言つても過言ではあるまい。かうした小説を何人にも先んじて讀得た僕自身の幸福を思ふと同時に、讀者諸君の最後の驚嘆を想像すると、思はず僕は微笑まれて來るのである。

哀れ、横溝正史、馬脚を現す。この文章だったのだろう。光文社文庫の『「獵奇」傑作選』のコラムで突っ込まれた一節は。この『陰獣』が一年ぶりの江戸川乱歩の執筆なのに、つまり新年号の乱歩名義の横溝代作「あ・てる・てえる・ふいるむ」の存在。この材料から当時の読者でも探偵が可能となり、犯人は横溝単独或いは「新青年」編集部ぐるみか、と推定できたということだろう。
で、分載については、この通りである。本来ならこの増刊号に全部載せる予定だったらしいが、枚数が多すぎたのか、はてまた営業上の問題か、三回の分載と相成った。なお、「陰獣」については、既読者のみ、《乱歩の世界》の作品説明のページ、そして合わせてそこからも行ける甲賀三郎の感想をご覧あれ。


新青年 昭和三年第九號(八月號)=一册六十錢

モダン鎖夏號

「飛機睥睨」第七回/耽綺社同人合作/24ページ(2001/5/29読了)
恐るべき謎も解かれる寸前。この合作にいつの間にやら楽しんでいる自分の姿に笑ってしまふ。


「四本の足を持つた男」/祕名生/(2001/5/29読了)
懸賞小説發表第二回。この祕名生、随分前のあわじ生も含めて、確か=瀬下耽?だったような気もするが、作風からしてみて勘違いだったろうか。ちょっと調べてみる必要がありそうだ。足跡の真の秘密を探る本格探偵小説。
【追記】この祕名生は、瀬下耽であったが、あわじ生については本田緒生であった。ここに一部間違えがあったことを記しておく。

では、最後に(横溝生)の「編輯局より」の記事の一部引用コーナー
◇七月二十日は吉例の増刊を出すことになつてゐる。豫告は別に折込みを以つてして置いたが今度の増刊に於て大々的に宣傳して置きたいのは、何んと言つても江戸川乱歩氏の『陰獣』である。原稿紙約百五十枚、氏にとつては本年度最初の作品である。と同時に、この一篇は氏の初期の作品を偲ばせるに充分ある物がある。といふ事は、これが、本格的な探偵小説であるといふ事である。ある一人の男の微に入り細を穿つた詮索と邪推とが、この一篇のテーマなのだ[。]その堂々たる事、近來にその比を見ない。多分この作品によつて、探偵小説壇は再び初期の活躍期に返る事であらうと思ふ。
この横溝の言葉を証明するように、「陰獣」が載った「新青年」は異例とも言える版を重ね、空前の売れ行きを見せつけることに成功した。


新青年 昭和三年第八號(七月號)=一册六十錢

セキストン・ブレーク短篇集

「長襦袢」/山本禾太郎/20ページ(2001/5/28読了)
会話形式の本格探偵小説。自殺に装わせた他殺事件の話であり、あの「小笛事件」もほんの少々参照されている。事件は裸で井戸に落ちていた女が他殺だと推定されて・・・云々というもの。なかなか秀作だと思う。


「瑠璃王の瑠璃玉」/甲賀三郎/22ペ−ジ(2001/5/28読了)
連続ブルドック殺し事件から始まったこの事件は、手塚龍太シリーズ第二作である。発端、隠し方のトリック、探偵犬と興味深い事象もあるが、結末が大したことないばかりか、例のごとく変な言い訳の元に中途半端に終わってしまっている。それと朝鮮への差別的表現が時代とは云えあったことが残念に思えたことだ。


「飛機睥睨」第六回/耽綺社合作/31ページ(2001/5/29読了)
女探偵・星野龍子対怪人・響アキラ(口折)。考えてみれば、女探偵というのは、この時代はかなり珍しいのではなかろうか。新青年でも初めてのような気がする。とにかく奇々怪々な事件は続くのである。


新青年 昭和三年第七號(六月號)=一册八十錢

臨時増大号

「眼の動く人形」/甲賀三郎/22ページ(2001/5/25読了)
手塚龍太初登場作品である。「眼の動く人形」と最後の言葉を残して死んだ男のから推察された謎とは!?皮肉的ユーモアと手塚の魔の手腕が面白い探偵小説である。


「ぎん子の靴下」/大下宇陀児/16ページ(2001/5/28読了)
マァ、普通だろう。好人物というより単なる愚かなお人好し然とした主人公格之進とその家内?のぎん子の話であり、ぎん子の靴下の紛失から思わぬ秘密が露見してしまうという現実的な話。


「精神分析」/水上呂理/26ページ(2001/5/28読了)
フロイトの精神分析を、青柳が駆使して、翠川の結婚妨害工作と思われる三つの事件を論理的に解決していく秀作心理的探偵小説。


「飛機睥睨 五」/耽綺社同人/27ページ(2001/5/28読了)
恐るべき狂女の予言。そしてルール殿下の運命は!?


新青年 昭和三年第六號(五月號)=一册六十錢

欧米作家選集

「碧漾荘の主人」/大下宇陀兒/36ページ(2001/5/24読了)
悲しいプリンス物語で、壮大で、ユーモアもあり、面白くもあったが、本格変格両意味で探偵小説的興味とは異なる質のような感じの面白さであった。


「夢男」/水谷準/12ページ(2001/5/25読了)
なかなかの幻想。夢男は自分の夢を継続的に見ることが出来、その夢を毎回日記に記しているという。その夢の住人の恐るべき日記に隠された現実とは!?


「古風な洋服」/瀬下耽/11ページ(2001/5/25読了)
社会問題もふまえた物語であったかもしれない。古風な洋服とは絆であったのだ。


「飛機睥睨」/耽綺社同人/29ページ(2001/5/25読了)
ようやく痛快になってきた。謎も増えている。今回は星野龍子は出番無し。


新青年 昭和三年第五號(四月増大號)=一册八十錢

「暗號研究家」/甲賀三郎/36ページ(2001/5/22読了)
名は不明としてあったが、葛城春雄シリーズである確率が高いように思う。何でも「編輯局より」の横溝正史の文章によると、「琥珀のパイプ」の姉妹篇だよ、と甲賀自身が折紙を附けたとのことだからだ。良く言えば、それだけの作品だけに面白くあったが、ある意味では、新鮮味に欠けた同じ手法に過ぎないとも言えるだろう。三枚の暗号の行方と二つの怪死事件とアザ、そこに宝石と関わる謎と、謎々に充ち満ちた本格である。


「電氣風呂の怪死事件」/海野十三/20ページ(2001/5/24読了)
目次では、本名の佐野昌一名義だった。電気風呂の銭湯での感電事件と二つの奇怪な連続殺人という本格である。確かに難点は多すぎるくらいあるが、処女作としては上々であろう。さて、変態性欲者の恐るべき殺人方法とは如何なるものだったか!?


「決鬪街」/大下宇陀兒/18ページ(2001/5/24読了)
今まで読んだ宇陀児の中では、最高峰に位置する傑作だ。心理的小説とでも言えば良いのだろうか。圧倒的な威圧感なのである。雪山で三人のスキーヤーの決闘。その後の二人の心理。そして再び銀座街の三人。ともかくもこれほど引き込まれるものはそうはあるまいと思われるほどの傑作なのである。


「飛機睥睨」3/耽綺社同人/26ページ(2001/5/24読了)
相変わらず面白くない。言っちゃあ悪いが、面白くない。一言で言えば、没個性小説だ。とりあえず響の企みというのを楽しみにするしかなさそうだ。


「壁に書いた船」/サトウハチロー/6ページ(2001/5/24読了)
気の毒なスペイン人水夫のユーモア話。


「人造人間」/平林初之輔/14ページ(2001/5/24読了)
これは本当の試験管ベイビーという意味の生物学的人造人間の研究だ。しかし、しかし、その実体は!?


「二人の思想家」/小酒井不木/14ページ(2001/5/24読了)
戦前らしい愛国心と愛己心との優先。詩人型人間と科学者型人間の差の思想。全く納得はいかないが、話としてはマァ面白い。


新青年 昭和三年第四號(三月號)=一册六十錢

「飛機睥睨」第二回/耽綺社同人・土師清二、長谷川伸、國枝史郎、小酒井不木、江戸川乱歩/32ページ(2001/5/22読了)
サッパリ面白味がない感じだ。殺人事件やら色々の事件は起こっているものの。


「海龍館事件」/橋本五郎/13ページ(2001/5/22読了)
どうも大したものに思えない。田舎の旅館の海龍館に五万円が隠されていることが予感され・・・という話。


「隼のプレゼント」/久山秀子/10ページ(2001/5/22読了)
相変わらずの痛快であるが、それだけに段々相対的に古くなっている+絶対的質も落ちているかもしれない。悪ながら善いことをした話。


「恐水病患者」/角田喜久雄/14ページ(2001/5/22読了)
珍しい意味の反対本格である。ある男が怪奇な自殺を遂げた。手記によると、その男は驚くべきことに、元は自殺の出来ない他殺志願者、つまり法的死刑志願者で、そのために巧妙な殺人まで犯したというのだ。というのも恐水病たる恐るべき病気の恐怖の暗示に取り憑かれたからで・・・という秀作。


「歪んだ部落」/大下宇陀兒/(2001/5/22読了)
ワンポイントの錯誤である地震時に十二階の窓からウヨウヨと人の顔が恐怖面で現れていたという図面にこそ興味を持ち得ても、創作自体は平凡な嫌らしい犯罪物語であり、それほどのものではない。


前号にも載った座談会は今号でも収録されていた。『精神分析映畫「心の不思議」を中心とする新青年座談會』がそうである。参加者は原文順番で、甲賀三郎、江戸川乱歩、辻潤、水谷準、村山知義、渡邊温、飯島正、武田忠哉、横溝正史、飯田心美。内容はハッキリ言って映画を見ていないのでサッパリわからない面も多いが(一応紹介文はある)、最後のやり取りが面白いので以下に引用するとしよう。
横溝『時に、精神分析を探偵小説として取扱つたのは?』
江戸川『僕ぢやないかな』
甲賀『だがフロイドの學説を入れたのは僕だよ』
江戸川『さうか。ぢや始めて精神分析を取扱つたのは僕で、フロイドを紹介したのは甲賀君だつてことになる。』

このやり取りはなかなか面白い。甲賀三郎が妙に乱江戸川乱歩に対抗心を燃やしている感じが妙に面白いのである。


では、横溝生の「編輯局より」の記事の一部引用コーナー
◇最後に本誌の大呼物『飛機睥睨』について一言させて貰はう。この讀物は果して目下一大センセーシヨンを呼起してゐる。が茲にくどいやうだがもう一度言はせて貰へば、これは決して連作ではなく純然たる合作である。第一回を讀まれた諸君から、或ひは、小酒井氏、或ひは江戸川氏、或ひは國枝氏の色彩が濃厚だといふやうな投書を戴いたが、そんな事はあり得ないと信ずる。こゝに一言して置く次第である。
私から言わせていただければ、あれのどこから乱歩や不木の臭いを感じたのか、甚だ疑問としか言いようがない。或いはアイデアにおいては、これは少しっぽいかもしれないな、などと考えない所もないでもないが、文章に至っては、部分的に濃厚どころか、全体的に乱歩臭も不木臭も皆無であり、それは一目で判断出来るレベルなのである。


新青年 昭和三年第二號(二月號)=一册六十錢

ビーストン マツカレー號

「飛機睥睨」/合作・土師清二、長谷川伸、國枝史郎、小酒井不木、江戸川乱歩/31ページ(2001/5/22読了)
登場人物のネーミングは面白いが、まだまだ特筆するようなこともない第一回である。


「斧とモルフイネ」/大下宇陀兒/11ページ(2001/5/22読了)
例のごとく犯罪小説+αである。皮肉なラストがやや効果的と云えるかもしれないが、大したものでない。


他、この号には、江戸川乱歩、小酒井不木、国枝史郎、長谷川伸、山下利三郎、横溝正史、参加による『合作長篇を中心とする探偵作家座談會』というものが収録されていた。合作話題以外の内容としては自分の小説に陶酔出来るか、とか、小酒井不木の短篇の書き方など色々興味深い面白い企画だった。


新青年 昭和三年第一號(新年號)=一册壹圓

「見得ぬ顔」/小酒井不木/20ページ(2001/5/21読了)
これはなかなかの傑作探偵小説だ。随分と殺人者に理想主義を持ち出してはいるが、自白偏重主義の戦前の刑訴法の非難もされている。筋としては虚偽の自白をせざるを得なかったが、法廷で無罪を主張し、庄司弁護士が、見得ぬ顔の根拠の元に提言してくれた婦人のネタを元に、弁護を展開するというもの。


「イワンとイワンの兄」/渡邊温/6ページ(2001/5/21読了)
童話調でなかなかの面白いストーリー。父親が駄目なイワンに唯一残した安楽への鍵を花嫁との交換という滅茶苦茶な手段で手に入れた優秀なイワンの兄の運命の話。


「裸足の子」/瀬下耽/12ページ(2001/5/21読了)
中途までは大したこともなさげであったが、結末は慄然としてしまうものであった。危険な監獄の壁を乗り越える裸足の子どもを駆り立てるものと、その謎とは!?


「七つの閨」/水谷準/16ページ(2001/5/21読了)
特有の眼球を持つ男の家にある恐るべき浪漫な謎は、まさにゾッとするばかり。これも全体的に今一つの作品であるが、例えラストの予想が出来てもギョッとするのである。


「夜の街」/城昌幸/3ページ(2001/5/21読了)
マッチを借りた男の顔が照らし出されて驚恐という話。別に取り立てるほどではない。


「切札」/城昌幸/3ページ(2001/5/21読了)
こちらも凡作。トランプの賭の話で、ユーモアである。


「星史郎懺悔録」/大下宇陀兒/22ページ(2001/5/21読了)
狂人扱いされた星史郎の論理的懺悔録であり、犯罪怪奇で終わっているのが些か残念とはいえ、秀作の部類に充分はいる短篇だ。


「小坂町事件」/山本禾太郎/16ペ−ジ(2001/5/21読了)
相変わらず恐るべき固い文章の探小が禾太郎である。アッと、驚くようなこともない代わりに、全体として順調な仕上がりである。


「あ・てる・てえる・ふいるむ」/江戸川亂歩/17ページ(2001/5/21読了)
"A Tell Tale Film"である。横溝正史の代作であるというのは言うまでもない話だろう。乱歩らしいと思える点もあると言えなくもない。事実、瀬下耽は次号のマイクロフォンで、(乱歩らしい味が出て)ピカ一という評価を与え、とどのつまり騙されているくらいだ。銀幕の秘密にも面白味があるが、最たる興味は、事件の根元にもなる一言にあると思う。


愉快なので、例のごとく、横溝正史の「編輯局より」の記事(「横溝生」署名)も一部引用させていただく。
◆本號は本年度最初の號ではあり、最初の増大號でもあるので總てに於て随分力を注いだものであるが、わけても創作欄には十二分の意を用ひたつもりである。ずらりと並んだ十一人の顔触れから先づ見て下さい。先づ第一に江戸川乱歩氏は八ヶ月ぶりの御執筆である。これ一つ以つてしても、この増大號は充分増大號の意義を持ち得ると信じる。暫く筆から遠ざかつてゐたこの偉大な作家が、これを機會に再び探偵文壇に馬を進めれば本誌ばかりではない、一般讀書界の欣び、これに増すものはあるまいと信ずる。
もうお解りと思うが、この記事はペテンもいいところである。恐るべき横溝正史ではないか。代作でもって、増大号の意義があるとまで言い切ってしまうとは、ここまで来ると尊敬すべきペテン編集と言えるだろう。とは言え、まだ好意的に見ると、この編輯後記の記事が出来上がった後に、乱歩が「押絵と旅する男」の原型の原稿を破り捨てたあげくに便所に流してしまう事件が起こったかもしれないわけで、横溝のためにも、そう考えておこうではないか。