明治28年に創刊され、昭和7年の休刊までもの長きの間発刊されてきた、博文館の大衆向けの雑誌がこの『文芸倶楽部』である。大衆雑誌だけあり、古くから時代ものを中心とした数多くの大衆小説の発表の場となった。探偵小説についても、森下雨村が編輯長になった昭和2年以降に頻繁に収録されるようになり、その数は下記のリストに示すとおりである。休刊の理由はよくはわからないが、推定するに、同博文館から昭和4年発刊された大部数大衆雑誌『朝日』及び昭和6年発刊された『探偵小説』の間に挟まり、中途半端な雑誌になってしまったからではないだろうか。下記リストを見てみてもある程度はわかるとは思うが、昭和6年春季増刊を最後の輝きとして、大幅に雑誌の質は低下しているように思われる。恐らくは乱歩の『白蝙蝠』の連載終了後、大幅に部数を下げたのではあるまいか!?ちなみにこの昭和6年の質の低下は、探偵小説以外の主力の大衆小説でも明らかに思えるのである。とにかく、このようにして30年以上の歴史は昭和7年に閉じることになった。
【附記】 博文館の雑誌には「講談雑誌」という完全な大衆読物の雑誌もあるようだ。文芸倶楽部と比べると、遙かに大衆性は強い。 さて、ここで下記に創刊時の自序文を全文載せてみよう。一部、現在の観点から見て、明らかに不適当な表現が含まれているが、明治28年という歴史の重みを鑑み、そしてそれを訂正したり伏せたりするように過去を振り返らずに隠し歪曲することこそが歴史否定に繋がるという観点から、あえてそのまま収録することにした。明治28年という時代からすれば、これは冗談調とは言え、ある意味平等を訴えたものだとも言えるのかもしれない。 なお、ちと難解と思われる漢字には括弧でルビ及び新字体を記した。下線部については原文に忠実にした。 文藝倶樂部畧則(りゃく[=略]そく) 名稱([=称]めいしょう) 第一條 本會([=会])は單に、文藝倶樂部といへど、一名誰でもおよみん會ともいふ。幹事私に名(なづ)けて、たんと買つておくれん會と曰ふ。實([=実])は明治文庫、春夏秋冬、世界文庫、逸話文庫、文藝共進會の、茲(ここ)に大同團(だん)結なせるものなり。 目的 第二條 河海は細流を擇([=択])はず、雑魚是魚混合(ざここれとゝまぢり)、苟も文藝と名(なづ)くるものは悉く網羅す。ウフゝゝゝゝ、諸事分業の御時世、そんな事がと疑ふものは、最寄の勸工塲([=場])に散歩を試む可し。 會場 第三條 全國至る處([=処])の雜誌店にあり。 會日 第四條 毎月二十五日なり。春秋二季に大會、やれ臨時會そんなこと無し、但し倶樂部員は、毎月一回會塲に赴くを忘るゝ可らず。 會員 第五條 本會は實に二種の會員より成立つ。一處(いっしょ)にやらうよといふ會員、これを特志會員と名づけ。そんなら讀むでやらうといふ會員、これを慈善會員と名づけ、但し一人にて兩會員を兼ぬるも妨げ無し。 入會 第六條 どもり、せむし、ちんば、びつこ、めつから、うすのろ、でれすけ、すべた、おたんちん、たりとも、目の見えるものは、會員たることを得。但し盲目者なりとて、他人よ讀ませて、これを聞かうよなどゝいふ今塙(いまはなは)にあへば、幹事書記兩人手を合はせて、ホラホラ嬉しがるべし。 退會 第七條 御免を蒙る 明治二十六年一月二十五日 大日本文藝倶樂部名譽書記 思案外史 茲に倶樂部を代表して書記の正確なるを保證す。尚委敷(くわしき)事は卷尾(のち)の眞面目の規則を見よ。 仝(とう)倶樂部名譽幹事 漣山人 仝年仝月仝日 |
探偵小説・創作タイトル | 探偵作家 | 号数 | 備考 |
幻滅 | 甲賀三郎 | 昭和2年4月増刊 | この號は現代名家傑作集 |
死は死を呼ぶ | 松本泰 | 昭和2年4月増刊 | この號は現代名家傑作集 |
三年の命 | 横溝正史 | 昭和2年5月号〜12月号 (9月号は未調査) |
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阿修羅地獄 | 甲賀三郎 | 昭和2年5月号〜12月号 | |
斑猫鬼 | 保篠龍緒 | 昭和2年5月号、6月号 | |
濃霧奇譚 | 延原謙 | 昭和2年6月号 | |
白い手 | 久米正雄 | 昭和2年8月号 | |
橙の實 | 粟平松 | 昭和2年11月号 | |
邂逅 | 小酒井不木 | 昭和3年1月号 | |
壺中の玉章 | 松居松翁 | 昭和3年2月号、3月号 | |
井戸から上つた怪屍體 | 甲賀三郎 | 昭和3年3月号 | 探偵實話 |
宇久島物語 | 川田功 | 昭和3年3月号 | 軍事實話 |
五千圓の涙 | 大下宇陀兒 | 昭和3年4月号 | |
すべてを失つた話 | 甲賀三郎 | 昭和3年7月号 | |
浴室の祕密 | 武本璋子 | 昭和3年8月号 | |
水晶の角玉 | 甲賀三郎 | 昭和3年9月号 | |
獻立表の手柄 | 片岡鐵兵 | 昭和3年9月号 | |
惡魔の戯れ | 平林初之輔 | 昭和4年1月号〜12月号 | |
消え失せた男 | 甲賀三郎 | 昭和4年1月号 | |
富豪の證明 | 甲賀三郎 | 昭和4年2月号 | |
金色の獏 | 大下宇陀兒 | 昭和4年3月号 | |
禿泥 | 水谷準 | 昭和4年4月号 | |
印度人 | 大下宇陀兒 | 昭和4年4月号 | |
賭太郎 | 水谷準 | 昭和4年6月号 | 探偵落語 |
抱きつく瀕死者 | 小酒井不木 | 昭和4年6月号 | |
草履蟲の怪 | 水谷準 | 昭和4年7月号 | |
惣太の求婚 | 甲賀三郎 | 昭和4年8月号 | |
怪盗餘聞 | 大下宇陀兒 | 昭和4年8月号 | |
暗夜の一發 | 森下雨村 | 昭和4年8月号 | |
片耳太郎を探す女 | 水谷準 | 昭和4年8月号 | |
渦卷 | 江戸川亂歩 | 昭和4年8月号 | 代作(井上勝喜か?) |
島の娘 | 渡邊温 | 昭和4年10月号〜昭和5年3月号 | |
死の頸飾 | 水谷準 | 昭和4年11月号 | |
青蛇の帶皮 | 森下雨村 | 昭和4年12月号 | |
畫集の謎 | 粟平松 | 昭和4年12月号 | |
獵奇の果 | 江戸川亂歩 | 昭和5年1月号〜6月号 | |
人間椅子 | 江戸川亂歩 | 昭和5年1月号 | 再録 |
愛憎の賊 | 水谷準 | 昭和5年3月号 | |
鏡面の綱 | 大下宇陀兒 | 昭和5年4月号 | |
吸血鬼 | 水谷準 | 昭和5年7月号 | |
白蝙蝠 | 江戸川亂歩 | 昭和5年7月号〜12月号 | 「獵奇の果て」続編 |
謎の三色菫 | 甲賀三郎 | 昭和5年7月号 | |
虹の彼方へ | 水谷準 | 昭和5年8月号〜昭和6年2月号 | |
離魂術 | 甲賀三郎 | 昭和5年11月号 | |
目羅博士の不思議な犯罪 | 江戸川亂歩 | 昭和6年春季増刊 | |
狂殺譜 | 水谷準 | 昭和6年春季増刊 | |
救助の權利 | 濱尾四郎 | 昭和6年春季増刊 | |
闇 | 大下宇陀兒 | 昭和6年春季増刊 | |
深夜の客 | 保篠龍緒 | 昭和6年春季増刊 | |
疑問の叫び | 橋本五郎 | 昭和6年春季増刊 | |
意外の犯人 | 甲賀三郎 | 昭和6年春季増刊 | |
青鬚と九人の妻 | 松本泰 | 昭和6年春季増刊 | |
女妖蟻地獄 | 森下雨村 | 昭和6年春季増刊 | |
闇を縫う男 | 佐川春風 | 昭和6年7月号〜10月号 | 佐川春風は森下雨村の別名義 |
びる魔 | 水谷準 | 昭和6年8月号 | |
假面 | 佐左木俊郎 | 昭和6年10月号〜12月号 |