[55] 人間豹 投稿者:ほたる 投稿日:2004年9月17日11時00分神谷の最初の恋人が助けを呼ぶのに指輪を放りなげましたが、恩田からもらった指輪を捨てずにを一週間も持っていたのでしょうか。
気味悪がっていたわりに、指輪は捨てないとは。。
仮にも魔術師の娘だった文代さんが、クマの毛皮着せられて、トラと同じ檻の中にいれられたからといってあんなに半狂乱になって子供みたいに泣き叫ぶでしょうかね。今までの文代さんからすると考えられないのですが。文代さん、情けないぞ!
[55へのレス] Re:人間豹 投稿者:黄光明 投稿日:2004年9月18日08時46分「人間豹」は、大分昔に読んだきりで、その後読み返していないので、細かい話は忘れています。
神谷の恋人の指輪の件は、ほとんど記憶にありません。
しかし、仮令嫌いな人から貰った指輪でも、それが高級品だったり、デザイン的に気に入ったものであれば、持ち続けていると言うことも考えられます。
文代さんは、魔術師に育てられ、一応魔術師の仲間で、女探偵ではありますが、虎の檻に閉じ込められてしまったら、仮令魔術師や探偵であろうとも、やはり恐いものは恐いでしょう。あるいは子供みたいに泣き叫んでしまうかもしれません。
文代さんは、「吸血鬼」でも、吸血鬼にさらわれそうになりますが、この時は女探偵らしく、なかなか味な真似をしてくれました。
それに、泣き叫ぶから即ち情けないということはありません。
実は、泣き叫ぶ人の方が却って恐いのです。
喧嘩をしてみたらわかるのですが、殴られたからと言って、そう簡単には泣きません。確かに痛みが堪えることはありますが、あまりの激痛に泣く気力すら失せてしまうと言うのが本当のところかも知れません。
逆に、喧嘩で相手をとっちめて、相手が泣き出したから勝ったと思うのは早計で、泣き出した後の相手の反撃がものすごくて、手に負えなくなって収拾がつかなくなったという事はよくあります。
泣き出すと言う事は、それまでの精神状態が崩れるわけですから、全てのものが爆発して、キレて暴れて、何をしでかすかわからないから余計恐いのです。
よく、「女を泣かせたもんだせ」と言って自慢する気障な輩がいたりしますが、女が泣き出したら、これまた恐いんですよ。
泣いた女は、虎よりも、豹よりも恐いんだぜ。
話の視点が大分ズレてしまった感がありますが、要するに話をまとめると、
・仮令魔術師や探偵であっても、恐いものはやはり恐い。
・泣き叫ぶから即ち情けないと言うことにはならない。逆にすぐ泣き出す人の方が、実は却って恐ろしい。
という事です。
ほたるくん、お互い、女の涙には気をつけよう。そして、女を泣かすマネはやめよう。
ちなみに、僕は結構女の子には泣かされる方です。
[55へのレス] Re: 人間豹 投稿者:ほたる2 投稿日:2004年9月18日14時43分やあ 黄明さん お久しぶりです。
ちなみに私は乱歩ファン登録所で登録してあるほたる君とは別人なのでよろしく。 これからは、ほたる2と記します。(^。^)
明智、小林、文代はどんなことがあっても、泣き叫んではいけないと思いましてね。。
[55へのレス] Re:人間豹 投稿者:黄光明 投稿日:2004年9月19日22時54分ほたる2さんでしたか、よろしく。
他人と同じハンドルネームをつけるとは、まぎらわしいですな。
ちなみに、ほたる2さんは男性ですか、女性ですか?
以前、僕の行きつけの店に、青山ほたると言う源氏名の可愛いコンパニオンがいたものですから、「ほたる」という名前はどうしても女性をイメージしてしまいます。
なお、ちなみに、僕の名前も黄明じゃなくて、黄光明ですよ。一部の別サイトの掲示板では、英文のニックネームである"Brian Wong"を名乗っていることもあります。
[55へのレス] Re: 人間豹 投稿者:ボケッと小僧 投稿日:2004年9月30日21時01分「人間豹」の裏テーマ、それは人間離れした怪物に対する人間の弱さではないでしょうか?
半狂乱になって叫ぶ文代さん、当然でしょう。辱め寸前まで行って屈辱的な目にあって、殺されそうになっているんですから(それに彼女は魔術師の娘であってもやはり、良家のお嬢様、良家の奥様なわけです)。
その人間の弱さを具現したのが明智小五郎の姿だと思います。彼は行く手を貨物列車にさえぎられると車内でピストルを握り締め「僕の家内の命の瀬戸際です」といい、不安と焦燥にくず折れます。明智小五郎、名探偵、生身の超人、スーパーヒーローなはずなのに、名探偵でもない、生身の超人でもない、スーパーヒーローでもないただの弱い人間。こんな明智小五郎、私ははじめて見ました。そして文代さん救出は自分の弱さとの戦い、自分の弱さを人に見せてはいけない、そんな状況でした。猛獣射殺後、彼は文代さんの救出よりも恩田父子の逮捕を何よりも優先しました。あそこで彼は間違っても檻に向かって「文代、文代!」なんて叫び走っちゃいけないんです。それこそ恩田父子の思う壺です。だからすべての感情を押し殺し、人間豹を逮捕する。それが彼の公人としての、文代さんに応えるための行為であったのです。だからラスト、恒川警部に向かっていうあのセリフが活きてくると思うのです。
明智小五郎、彼もまた弱い人間である。
[55へのレス] Re: 人間豹 投稿者:鎮西 投稿日:2004年10月29日22時03分江川蘭子が劇場で誘拐されそうになったとき、恩田は張りぼての中に隠れましたが、なぜ警察はここを調べなかったのでしょう?
これでは人間豹が神出鬼没あることの説得力に欠けると思うのですが・・・
[55へのレス] Re: 人間豹 投稿者:鎮西 投稿日:2004年11月2日13時15分さらに人間豹への疑問ですが、文代さんが明智探偵事務所から誘拐されようとした際、小林少年の気転によって事なきを得ましたが、明智が恩田と話しているせいぜい3〜5分の間に、棺桶のような箱の縄をとき、文代さんを運び出し、代わりに人形を入れて、元のとおりに縄で縛り、さらに路上へ出てコールタールを車に仕掛けるのはあまりにも無理があると思うのですが・・・
こんな質問無粋でしょうか?
また、明智のわなに引っかかって人形を乗せた車にとりついた恩田は逮捕され刑事たちに連行されることとなりますが、なぜその刑事たちは一人も拳銃を所持していなかったのでしょうか?
また、「黒い糸」によって跡をつけられた恩田は父と合流しますが、携帯電話もないあの時代にどのように連絡をつけ、いち早く浅草へと駆けつけることができたのでしょうか?
[55へのレス] Re: 人間豹 投稿者:ボケッと小僧 投稿日:2004年12月4日20時41分>また、明智のわなに引っかかって人形を乗せた車にとりついた恩田は逮捕され刑事たちに連行されることとなりますが、なぜその刑事たちは一人も拳銃を所持していなかったのでしょうか?
当時はピストルを持っている警官は数少なかったそうです。詳しくは「黒蜥蜴」のホテルでのシーン、カッコ書きをご参照ください。
[54] 乱歩はどちら? 投稿者:死朗 投稿日:2004年9月7日00時43分陰獣の中での疑問
静子夫人を鞭打つ男(語り手)サディスト
静子夫人=大江春泥(マゾヒスト)
乱歩は語り手・大江どちらなんでしょうか?トリック?
乱歩の猟奇嗜好に興味があります
私はM的な感じがしていますが、どうなんでしょうね。
変なテーマですいません。
[54へのレス] Re: 乱歩はどちら? 投稿者:松村武 投稿日:2004年9月9日12時35分>死朗さま
先ず、乱歩はSかMか、というご質問についてですが、これは簡単に判断できる問題ではないと思います。
今、誰の著作か思い出せないのですが、戦後、社交的になり色々な会合に出歩くようになった乱歩は、帰宅が遅くなると、門限の時間から遅れた分だけ、奥さんの前で正座して反省することになっていたが、乱歩は意外にも嬉々としてこれに従った、とかいうエピソードが紹介されており、「こりゃ乱歩はMだよな」とも思えてしまいます。
「二銭銅貨」「夢遊病者の死」「木馬は廻る」「虫」などの短編で、被害者、虐げられた者の悲哀を、これでもか、とまでにネチッこく描写するところからも、Mの嗜好が強いようにも思えます。
ここで「陰獣」における「乱歩は『私』か『大江』か?」の件に話を戻します。
「陰獣」における語り手と大江春泥の設定については、発表当時から定説があったようで、それに従えば、「語り手=甲賀三郎」「大江=乱歩」という設定は崩せないでしょう。甲賀三郎については、アイナットさんの「甲賀三郎の世界」をご参照願います。
以下この定説に従って話を進めますが、当時の「本格派」の代名詞的存在であり、理知的・論理的な探偵小説作家であった甲賀三郎が「私」であることはともかく、大江春泥のキャラクターは、当時、乱歩について一般の人たちの間で噂されていたとおりの設定になっていることが、そもそも「陰獣」のプロット組み立ての上で不可欠なものであることは論を待たないでしょう。
即ち、現代の我々にとっては、乱歩という作家がどういう人間であったか大体知っていますが、昭和初期には、未だデビューして数年、しかも人嫌いでめったに人前に現れない奇妙な作家、という先入観が、(一部の人間を除いて)当時の大多数の読者にはあった訳です。そんな状態で発表された「陰獣」に、一般読者は先入観のまま「大江=乱歩という謎の作家」だと頭から信じきって読み進め、そしてあのラストを迎える訳です。この時の驚きは、乱歩という作家のプロフィールを最初から知った上で作品を読んでいる現代の我々には味わえないものだったでしょう。「作家(或いは作風)そのものがトリック」と言われる所以です。
以上が当時から伝えられ続けてきた「定説」ですが、僕は少々、別の考えを持っております。
即ち、「語り手の『私』も『大江』も、どちらも乱歩であり、『陰獣』は、背反する二つの作風を抱えていた乱歩による、初期傑作短編群の総括、或いは埋葬の儀式である」というものです。
まあこの考えも、別に目新しいものでもなく、乱歩自身も「総決算的なもの」との主旨の発言をしていると思います。
「陰獣」は、論理主体の初期短編群と怪奇幻想に走る通俗長編時代の分岐点に立つ作品ですし、作中でも初期短編群のパロディを、「もうこれでおしまい」というかのように、ふんだんに出してきます。
この後、乱歩は初期短編群の論理を捨てて、怪奇幻想を前面に出してきますが、その作風の転換を「陰獣」のストーリーに反映させるならば、「論理=私」が敗北し、「怪奇幻想=大江」が勝利する作品になる筈です。
ところが「陰獣」のラストはもっと複雑で、一見、「論理=私」が勝利し、「怪奇幻想=大江」が敗北しているようにもみえ、静子は自殺、平田一郎の行方は知れず、「私」の疑惑が進んでゆくという、一種のリドル・ストーリーの形で終わっています。勝ったのは「私」なのか「大江」なのか、即ち「論理」なのか「怪奇幻想」なのか、分からないところです。
ここでSかMかの論議に戻りますが、「陰獣」において「論理=私=S」に象徴された、乱歩の初期短編群に、実はM的な作品群が非常に多いことが、更に話を複雑にしています。先に挙げた「二銭銅貨」「夢遊病者の死」、更には「人間椅子」「踊る一寸法師」等、枚挙に暇がありません。この時期の作品で、S的、即ち加害者の夢を語り、挑戦的な主人公が活きているのは「心理試験」ぐらいではないでしょうか。
一方で、「陰獣」以降、通俗長編に代表される乱歩の中期以降の作品を考えると、「蜘蛛男」「魔術師」「人間豹」「大暗室」等々、どれも社会に挑戦し、加害者の夢が野放図に展開される作品が多い訳です。どうも「怪奇幻想=大江=M」とは反する結果を生み出しています。
結局、「私」と「大江」が象徴する乱歩の作風およびSとMの設定は、矛盾に陥っていることが分かります。だから、乱歩は単純にSともMとも括れない、もっと複雑な性格の持ち主であった、「陰獣」の意味深長なラストも、それを反映させたものである、としか言えないのではないかと思います。
そもそも「陰獣」は、発表前の仮題は確か「恐ろしき勝利」とかいうものでしたね(違ったかな?)。
「誰の、誰に対する勝利なのか、何故、その勝利は恐ろしいのか?」、この仮題の意味するところを良く考えてみる必要がありそうですね。
[54へのレス] Re: 論旨修正 投稿者:松村武 投稿日:2004年9月10日17時25分(拙文の後半には、「何者」「目羅博士」の真相に関する言及がありますのでご注意ください)
済みません。良く良く考えてみれば、初期短編群の全てが「論理的」とは言えず、「怪奇幻想」作品も多数ありましたね。
「論理」を主体にした作品群は、「二銭銅貨」「一枚の切符」「二廃人」「D坂の殺人事件」「心理試験」「屋根裏の散歩者」「夢遊病者の死」等々、このうち「二銭銅貨」「二廃人」「夢遊病者の死」を除いては、どちらかというと「S的」な、加害者が活きている作品が多く、「論理=S」は矛盾していないですね(但し「D坂」はテーマがSMそのものなので判定不能ですが)。
一方、「怪奇幻想」を主体にした作品群は、「人間椅子」「赤い部屋」「鏡地獄」「人でなしの恋」「踊る一寸法師」「火星の運河」等々、このうち「赤い部屋」を除けば、被害者、弱者、被虐者の悲哀と快楽が活きている作品が多く、これまた「怪奇幻想=M」と矛盾しませんね。
変だなあ、僕の論旨の方が矛盾していましたね(笑)。
・・・でも、そうすると「陰獣」以後の乱歩作品の持つ「S性」との関連を語れなくなってしまうし、弱った・・・(って、僕が弱ることもないか)。
では「陰獣」以後の作品群をまったく無視して、初期短編群の枠内でのみ考察すれば良いのでしょうか。
即ち、「『陰獣』とは、初期短編群の中で背反していた乱歩の二つの作風、即ち『論理=私=S』と『怪奇幻想=大江=M』の闘争を象徴した作品である」、そして「最終的に『論理=私=S』が勝利を収めたかどうかは全て謎のままであり、論理で割り切れぬ不気味なラストを迎えるに及んで、乱歩の論理主体の作風は破綻を来たし、幕を閉じた。だから『恐ろしき勝利』なのである」とする考え方です。
でも「陰獣」以後の作品群では、乱歩の持つ「S性」が通俗的な怪奇幻想の作風の中で拡大されているのは否めない事実であるし、「陰獣」以後も乱歩は、「何者」「石榴」そして中絶作ではあるが「悪霊」など、論理主体の作品を幾つか発表していますから。
・・・否、「何者」「石榴」の世評が芳しくなく、また「悪霊」が失敗し中絶したことそのものが、乱歩の論理性の破綻を象徴しているとも言えるかも知れません。
むしろもっと飛躍して「『陰獣』の混迷するラストにおいて、初期短編群において表裏一体にあった『論理=S』と『怪奇幻想=M』の関係が乖離を生じ、以降の作品群では『論理=M』『怪奇幻想=S』の逆転した関係へと止揚された」と考えるべきでしょうか?
こう考えれば、以降の通俗長編群の背景にある「S性」も説明できるし、何よりも論理的作品の筆頭とも言える「何者」における、あの抜群のトリック「被害者=探偵=真犯人」こそ、「被害者=Mによる論理の展開を的確に表現した作品」と説明できますね。また中絶作「悪霊」だって、論理的な本格ミステリの代名詞とも言える「密室」で、非常にM的な状態で被害者が殺されている、という作品ですからね。
そう言えば、「陰獣」以降の作品群の中でも、論理と怪奇幻想が渾然一体となった名作「目羅博士」など、「幻想的な手段で殺人を犯す犯人=Sが、最後には被害者=Mとの闘争の末に敗れ、自ら掘った墓穴に嵌って破滅する」話ですからね。
しかし、ここまで考えても未だ問題はあります。
即ち、「陰獣」以降の作品に当たる「芋虫」「押絵と旅する男」「虫」は、いずれも怪奇幻想の傑作でありながら、どちらかと言うとM的な作品、特に「虫」は、M的な主人公の倒錯した心理が全開、大暴走を始める凄まじい作品であるという点です。この3傑作には、未だ「怪奇幻想=M」が歴然と残っていることから、初期短編群の並びで捉える例外的な作品なのかも知れませんが・・・。
・・・最初の死朗さんのご質問からだいぶ離れたところまで勝手に進んでしまい恐縮ですが、やはり乱歩は、単純なSやMの嗜好では割り切れない、一筋縄では行かない作家だと思いますね。
[54へのレス] Re: 乱歩はどちら? 投稿者:死朗 投稿日:2004年9月13日18時19分>松村様
乱歩の持つ暗黒世界、その開けては逝けない扉を開けようとしているのでしょうか?
乱歩の未知なる空間に踏み込んでしまつた。「底なし沼」
松村さんが書いて頂いた乱歩世界を考えてみましたが
陰獣の分奇点はまさに乱歩が変身する、脱皮する作品のような
「恐ろしき勝利」も自我の変身が根底に在るのでしょう
S・Mの嗜好判別についても、自分の嗜好がMであれば、
その逆の立場に自分を起き想像、創作意欲が沸き上がる気がします。虐待を受ける人、以上に虐待する側の気持に快感を
得るのでは無いかと考えます。
作品で無惨な美女の描写がありますが、両方の快感を読者に
与え想像させる 演出で引き込む魅力が乱歩世界
確認の為、SM系の作者の作品を読んでみましたが
直接表現が中心であり、倒錯世界というがそれだけでした
松村さま 本格的?SM作品はよまれましたか?
乱歩世界は、松村さまが言われるように
謎世界で、抜けられない魅力がありますね。
再読して なぞのヒントを探してみます
有り難うございました。
[54へのレス] Re: 乱歩はどちら? 投稿者:マリィ 投稿日:2004年9月20日23時43分今晩は、死朗さま。何だか松村さんの後では気後れして書きにくいのですが。読んでみました、何回か・・・。
どちら?かといえば、どちらも乱歩・・・?な気がします。
こんな事を言っては元も子も無いのですが・・・。
静子は確かに小山田によってそういう嗜好になったのでしょうが・・・それはあくまでキッカケであり、そこから先は静子の意志なのですから、これは乱歩の嗜好かな?と思いました。
逆に、では語り手は・・・?
これも乱歩ではないかと思いました。乱歩は自分の作品の中でありとあらゆるものに変身出来たのですから、たった一人だけに自分を重ねるのは勿体無い、と思ったのかもしれません。
想像の翼を広げれば、どんな所へもどんな人にも、そしてどんな事も何だって出来たのですから。
あと、松村さんが書かれていた乱歩が奥様との約束で門限に遅れた分だけ正座するいうお話。
とても微笑ましく読ませて頂きました。こちらの「M」は「マザコン」の「M」ですね。(笑)奥様も後になって面倒な約束をしたと思われたのではないでしょうか?でも女からすると、そこが憎めなかったりします。可愛いですよね、乱歩(笑)。
だって「見て見てっ!僕、ここにちゃんと座ってるから観に来てっ!」って言ってる様なものなのですから。奥様も苦笑しながらも観に行ってあげていたのでしょうね。微笑ましい限りです。(笑)
敢えて言うなら乱歩は「S」?それとも「M」?どちらでしょうか?
ん〜本格的な分野は解りませんが、どちらかと言えば「M」だったのではないでしょうか?
モラルとインモラルの狭間で憂いを帯びた女性を描き、なかなか幸せにしない・・・。
一件「S」の様ですが、「M」の気持ちになりきれるからこそ表現出来る苦悩の世界でもあります。
「M」・・・?かな?
あとおまけ的にいえば「ミステリー作家」としての「M」。そして可愛いマザコン坊やとしての「M」・・・(笑)でしょうか?
すみません・・・。単純で・・・。
また読んでみます。
[54へのレス] Re: 乱歩はどちら? 投稿者:死朗 投稿日:2004年10月26日00時57分マリィ様>こんばんは
ミスター「M」は、色々な意味が在りますね(笑)
深く考えるより、乱歩は乱暴でランボー・失礼しました
ミステリー作家で、幻影城の城主、乱歩自身もマ・ボ・ロ・シ
私も再読して考えて見ます。
有り難うございました。
[53] 押絵と旅する男 投稿者:なお 投稿日:2004年9月3日21時20分この小説には、語りの構造が特殊だとあったんですけど、どういうものなのでしょうか?
[53へのレス] Re: 押絵と旅する男 投稿者:黄光明 投稿日:2004年9月3日22時47分意味がよくわかりません、語りの構造が特殊というのが。
まぁ、ある意味特殊かも知れません。
ある男が列車内で、押絵を持った老人に出会い、どちらからともなく話しをするようになり、その押絵を持った老人が、自分のお兄さんの怪奇な身の上話を語って聞かせる形で物語が展開していった訳ですから、まぁ少しは面白い語りの構造ではあったと思いますが、取り立てて特殊だとは思いません。
乱歩小説には、こういった語り調の小説がいくつかありますが、「指環」「疑惑」「断崖」のように、まるで劇の脚本のような、AとBとの掛け合い漫才調の台詞だけで成立している小説もあり、こういう作風もまた面白いです。
[53へのレス] Re: 押絵と旅する男 投稿者:マリィ 投稿日:2004年9月5日20時05分こんばんは。なおさん>なおさんの仰る語りの構造とはピッタリ来ないかも知れませんが、このお話にはストーリーテラーが二人存在してますよね。特殊といえばかなり特殊ですね。
最初は「私」一人が語っているようですが、「男」が登場してからは、その語りの殆どが「男」によってお話が展開していきますね。わたしも最初は気づきませんでしたが、読んだ後に妙な違和感を憶えました。何だかこう・・・騙し絵のように騙されてしまった事に暫くして気が付くみたいな。で、何回か読んでやっと二人の語り部が存在する事に気がつきました。そんなに時間が掛かるのはきっと私だけだと思いますが。(笑)
遠い昔、兄の奇妙な恋物語に関わってしまい今もマダその特異な係わり合いが続いている稀有な経験を、兄の思い出と共に語る「男」。そんな奇妙な偶然の出会いを躊躇しながらも語らずにいられない「私」。
「男」が「私」に遠眼鏡を見せた様に、私達読者も不思議な遠眼鏡で合わせ鏡のような奇妙な世界に引きずり込まれていく・・・
そんな底なしな錯覚に心地よく堕ちていける作品です。
是非、再読をお勧めします。
ファンタジーの入れ子状態です。(笑)
[52] オホーツク遥かなり 投稿者:松村’網走帰り’武 投稿日:2004年8月12日12時25分・・・オホーツク海が見たくなり、先週は一週間夏休みを取って、北海道は道東、道北を旅行していました。
最初の訪問地・帯広は、なんと気温が35度!!恐れ戦いて豚丼だけ食べて釧路に逃げると、こちらは25度、やっぱり北海道はこうでなくては。幣舞橋、啄木像など名所を一通り訪ねて、古書店巡りへ。同地で支店を幾つか展開している某書店、品揃えは先ず先ず、講談社文庫版の乱歩全集が一揃い、一冊当たり150円程度で売っていたのは良心的でしょうか。J・D・カー「幻を追う男」掲載の「EQ」誌もあったのですが、初日から買っていたのではバッグが重くなるからスルー。本当はご当地作家の原田康子「挽歌」でも買うべきでしたか。あと、佐々木丸美も安価で大量に売っていましたが、余り好きな作家でないのでスルー。全体的に釧路は良い古書店が多いですね。何しろ駅構内に古書店があるのですから。
翌日は根室へ。納沙布岬から北方領土を眺め、ブラブラ歩いていて、ふと気づくと、自民党の選挙用ポスターが。「この国を想い・・・云々」などと言いながら、小泉首相は北方領土に背を向けて、あさっての方向を見つめていました(笑)。で、その視線の先を追うと、道の向かいに「鈴木宗男後援会事務所」の看板が。やっぱりな(爆)。北方領土は「この国」ではないの?というか、マジでこのポスターはヤバいのでは?どうして北方領土に顔を向けてポスターを貼らないのだろうか?
根室では、おそらく日本最東端と思える古書店へ。ミステリではないですが、ハヤカワ文庫の河野典生「街の博物誌」、W・サローヤン「わがこころ草原に」を50円でゲット。どちらも名短編集の予感。
翌日は釧路から延々と路線バスに乗って一路、知床へ。根釧台地の広大さには舌を巻きました。コンビニの看板があったのですが、「・・・この先20キロ」。東京だったら、その途中に何軒、コンビニがあるだろう?ちっともコンビニエンスじゃないです。
知床・羅臼に4時間近くかかって到着。さすがに此処には古書店はありませんでした。知床半島横断のバスを待つ間、トドの肉を食いながら、持参したE・クイーン「スペイン岬の謎」を読む。知床岬でスペイン岬、何だか良く分かりませんが(笑)。
霧の知床峠を越えて、とうとう待望のオホーツク海を見る。が、ウトロ周辺は観光客の喧騒で、騒々しい遊覧船は苦痛でした。景色は良かったのですが。
逆に網走へ向かうJRの沿線は素晴らしいの一言でした。ガラガラの車内の窓からは、夕陽に染まるオホーツク海と、家一軒ない荒涼とした原野が広がり、島田荘司「網走発遥かなり」の例の事件現場を彷彿とさせました(場所は一寸違いますが)。
次の日は屈斜路湖、摩周湖、阿寒湖を巡る一日観光バスに乗る。が、乗客はたったの三名。一人は無愛想な学生風の兄ちゃん、もう一名は日本語の通じない外国人、そして僕。おまけにバスガイドは英語が出来ない!!
悪い予感は的中。僕一人でガイドのお相手、相槌を打って、歌には拍手。更には外国人に通訳をしてやる羽目に。でも、「弁慶の隠し湯」なんて、英語で何と訳すのだろう?(笑)
摩周湖は案の定、濃霧で何も見えませんでした。その他はそれぞれ良い所でしたが。外国人のお相手も、だんだん楽しくなって、適当なことを言いまくってました。
翌日は、お約束の網走刑務所を見た後、路線バスでオホーツク海沿岸を更に北へ。日暮れて紋別に着き、ホテルにチェックインする前に見つけた古書店。ここは大当たりでした。笠原卓、川奈寛、海渡英祐、その他マイナー作家のミステリを続々発見。売値は定価の半額だったのですが、店番のお婆さんは途中で計算が面倒くさくなったのか、「全部まとめて1000円で良いです」。その晩は寿司屋で豪遊。たった一人の祝宴でしたが、ビールが美味い夕べでした。
明けて再び路線バスの旅、「雄武高校行き」のバスに乗る。因みに「雄武」は「オウム」と読みます。こんな所で信者を養成していたのか!?終点まで乗らずに良かったです(爆)。
さて、乗り換えのため立ち寄った「道の駅」にはパソコンが。旅の情報を仕入れた後、「乱歩の世界」を見ると、アイナットさんからのお呼び出しが!!
遅ればせながら、アイナットさん、ご迷惑かけました。
話を戻して、稚内目指してオホーツク海を北へ。走れど走れど原野ばかり続く沿線。本当に癒される風景でした、って、荒涼とした原野と暗い海を見て癒されるのは変なのでしょうか?
夕暮れて稚内に到着。此処はロシア人とロシア語の看板ばかり目立つ町でした。日本最北端・宗谷岬は人だかり。僕は記念碑の裏に回って、「俺の方がもっと北にいるぞ」と幼稚なことを始める。すると同じことを考える奴はいるもので、一人の学生が防波堤を越えて、岩場に立って「俺の方が北だ」(と言った訳ではありませんが)。昔だったら、そいつより更に北の岩場に立ってやるところでしたが、さすがに、そこまで大人気ないことはしません(笑)。
稚内からはJRで旭川へ。途中、名寄で気が変わって途中下車し、町をブラついていて古書店を発見。此処は凄い古書店でした。店の主人は怪しい感じのオッサンでしたが、ザッと店内を案内してくれました(そうしないと、何がどこにあるのか分からない位、広い、というか散らかっていました)。話のみで見たこともない春陽堂文庫、旺文社文庫、ソノラマ文庫、コバルト文庫などが転がっている。但し、ミステリ関連は持っているものが多く、今更、明朗小説やジュブナイルでもないだろう、とスルー。でも藤村正太やコバルト文庫のアンソロジー、N・ブレイクなど幾つかをゲット。次の列車の時間が迫っており、半分ぐらいしか見れなかったのが残念。地下に倉庫があるなど、あと二、三時間は居たかったです。
旭川の古書店は移転していたり休業だったりでハズれ。最近評判の旭山動物園に行き、旭川ラーメンの名店へ何度もラーメンを食べに行ったりしました。
以上で全行程を終了。オホーツク海は期待に違わず良い所でした。路線バスもJRの鈍行も、みな冷房無しで(ビジネスホテルも一部、冷房無し)、例年より暑い北海道ではバテ気味でしたが、今度は是非、厳冬の流氷のシーズンに訪れてみたいですね。
ヘイ、お退屈さま。
[52へのレス] Re: オホーツク遥かなり 投稿者:マリィ 投稿日:2004年9月5日20時41分今晩は。松村さん>今頃ですが・・・。楽しく読ませて頂きました。なんだか爆笑一人旅っていうエッセイになりそうですね。
それにしても観光バスでの一件・・・いい人過ぎます。(笑)面倒見良すぎです。そんな所で知らない人の面倒見てるくらいなら、ここで私に面白いミステリー指南して下さい。(笑)
「道の駅」では今はPCが」使えるんですね。私も今度利用してみます。いつも、メダカや鈴虫やカブトムシのところにばかりいて友人から「そんなの買ったら私の車には乗せてあげないんだからねっ!」と叱られてしおしおとその場を離れるといった記憶しかないのですが、今度は叱られずに済みそうです。(笑)
それにしても本がお好きなんですね。一体どうやって持って帰られたのでしょうか?重かったでしょうね。
気温も随分高かったようですね。
もうラベンダーなんかは咲ききってしまったかもしれませんね。ラベンダー・・・私は香りや色が好きなので、北海道といえばラベンダーって感じです。あ、後昔「マリモ」をお土産に貰ったりしました。貧しい知識しかなくて・・・(笑)
松村さんの北海道旅行記・・・過酷そうにも関わらず今度は真冬ですか・・・。ストイックな方なんですね。松村さんって・・・。人として勉強になります。今度の旅行記も楽しみです。どうぞお怪我の無い楽しい旅を・・・(笑)
[52へのレス] Re: オホーツク遥かなり 投稿者:松村武 投稿日:2004年9月7日13時28分マリィさま:
レス有難うございます。
>それにしても観光バスでの一件・・・いい人過ぎます。(笑)面倒見良すぎです。
まあ、これは多少、目論見がありました。バスガイドに恩を売っておき、仲良くなって損はないかと・・・。ええと、詳しくはまた次回(笑)。
>それにしても本がお好きなんですね。一体どうやって持って帰られたのでしょうか?
これは辛いです。本だけ先にコンビニから宅急便にして、自宅に送り返せば良いのでしょうが、ケチなので旅行バッグに詰めて移動、ということになります。
今回の旅行では、結局20冊ほど購入しました。文庫本中心とはいえ、この重さはキツかったです。
まあ、その苦しみを乗り越えてこそ、知らない街の大衆食堂に辿り着いて飲むビールの美味さ、あるいはローカル線の誰もいない駅のプラットフォームで海でも眺めつつ、ベンチにゴロンと横になって煙草に火を点け、買った本をパラパラと捲ってみる、という無上の至福のひと時があるのですが(笑)。
知らない街の大衆食堂、と言えば、路線バスの乗り換え待ちで2時間ほどブラブラした、枝幸という寂しい町で見つけた「浮世食堂」という店は良かったですね。国道沿いの冴えない食堂でしたが、名前が気に入ったし、美味いカニチャーハンに生ビールでボケーッと過ごしたひと時は、今も忘れられません。
>もうラベンダーなんかは咲ききってしまったかもしれませんね。
済みません、ラベンダーで有名な富良野のような、オシャレな観光地は趣味じゃないので知りませんが、8月初旬では、もう旬は過ぎていたようですね。
>北海道といえばラベンダーって感じです。
僕は、北海道といえば、・・・何だろう?
今回はひたすらオホーツク海と無人の原野と知られざる穴場の古本屋を目指した旅でしたが(笑)。
[51] 「人でなしの恋」の京子 投稿者:マリィ 投稿日:2004年8月8日03時07分こんばんは皆さん
「人でなしの恋」私の一番好きな乱歩作品です。
この異形とも思える門野の愛の形。
考えてみる度に纏まらないまま、ただ寂しさを憶えます。
では妻となった京子は?
この作品を初めて読んだ時、私は京子と同じ19でした。
時代が違っても共感出来る所はありました。
でも、私ならこんな風にはしない・・・
と言う違和感も感じました。
皆さんは・・・あまり経験のある方はいらっしゃらないと思いますが、
愛した人が・・・愛した人の心に、そういう闇が。
簡単に拭い去れない程深刻な心の闇がある事に、ある日突然気づかされたら・・・
その人を愛し続ける事が出来ますか?
もし、出来るなら・・・
どうやって愛し続けますか?
女性の方のご意見ももちろんですが、男性の方のご意見もお聞き出来たら嬉しいです。
[51へのレス] Re: 「人でなしの恋」の京子 投稿者:黄光明 投稿日:2004年8月12日16時21分マリィ様>
さぁどうでしょうか?愛し続けられるかどうかは、正直そういう場に遭遇してみない限り、全くわかりません。また、その愛する人の性格や人徳によっても対処の仕方が違ってくると思います。
同じような欠点を持っていても、それを割引いても、それでもなお愛し続けられる人と、その欠点を引いてしまったら何も残らず、もしくは却ってマイナスになってしまって、もはや愛せない人と、場合場合によっても違って来ると思います。
「人でなしの恋」では、ヒロインが夫の浮気相手(?)の人形に嫉妬してその人形をめちゃめちゃに壊してしまいますが、女性の場合、夫或いは好きな人の浮気を発見すると、攻撃の対象は夫或いは好きな男性ではなく、何故か浮気相手の女性の場合が多いですね。清朝の西太后も、皇帝である夫の愛人に嫉妬して、その愛人の女性を芋虫にして水瓶漬けにした話は、映画化もされて記憶に新しいエピソードです。小泉八雲の奇談「破られた約束」にも、「女は浮気を見つけたとき、なぜ夫に直接攻撃しないで、浮気相手の女に攻撃するのかがわからない。自分だったらまず夫をやっつける。」との問いかけに筆者が「そういうことを言うのは、あなたが男だからだ。男と女は違うのである」と言う意味の答えをしているのがありますが、そういうものかなぁ?と考えてしまいます。
尤も、そうすることによって、夫、或いは愛する男の方も何らかのとばっちりを受けるわけですから、それでもある意味、両方を裁いたことになるのでしょうか?こういうやり方は、中国人のケンカのやり方にも似ていますね。
僕の場合はどうかな?愛する人に心の闇があっても愛し続けられるか?どうなのかなぁ?こっちにも同じように人には言いづらい心の闇を持っているもので。テヘヘ…
[51へのレス] Re: 「人でなしの恋」の京子 投稿者:死朗 投稿日:2004年8月15日18時09分マリィ様>こんにちは、黒蜥蜴ではありがとうございました
人でなしの恋で感想をすこし、門野さんの心の中を想像 もし人形であつても魂の入る作品で有れば、人の方が魂を取られるのではないでしょうか
幼少の頃に、その人形を見て初恋の感情を持ち、愛情を注ぐ
本人は真剣であり 京子さんと結婚しても心には人形が生きて
いた、愛情を京子さんに注いでも、満たされない物が多く
人形に戻る感情があり、人形が死(破壊)され自分も死を選択
京子さんの心情は、人を愛する事が解り始めた時に、満たされない感情や肉体が夫に疑念を抱く、嫉妬が大きく成ると大胆な行動をしてでも、真相を解き明かそうと疑念を持って対応する疑心暗鬼な心に許すとか言う、余裕もなくなるのでしょう。
人形が相手と解った時、京子自身の心は、怒りと憎しみに燃えたでしょう。自分の愛は、「何」人形に負けたとは?
人形の死は=夫の死も予想できたのではないでしょうか?
京子の嫉妬心の強さがさせた事でしょうか
心の闇を相手が持つていたら?の意見ですが
二人の人間の性格や習慣、趣味は違うと思います
趣味の世界も人には言えない、言えない程深く暗い世界が
本人は癒される時間なのかもしれません。
夫婦でも、心も体もすべて裸で、互いに隠さず生活する事は
なく。心の底に秘密がありますよ。過去は、過去として・・・
互いを思いやると、役者になり、役を演じる時も必要かも?
乱歩を読み想像する事も、秘め事かもしれません
[51へのレス] Re: 「人でなしの恋」の京子 投稿者:マリィ 投稿日:2004年8月30日01時23分黄光明さん>ん〜浮気相手に攻撃・・・ですか・・・。
それは、男の人の事を女性が心から愛している場合ではないでしょうか?男性が明らかに浮気の恋をしているのに、相手の女性が自分に対して挑戦的な反応をしてくれば、戦うと思います。売られた喧嘩は買わなければ・・・ですよね。
[51へのレス] Re: 「人でなしの恋」の京子 投稿者:マリィ 投稿日:2004年8月30日02時16分黄光明さん>ん〜浮気相手に攻撃・・・ですか・・・。
それは、男の人の事を女性が心から愛している場合ではないでしょうか?どうでもいい人が誰と何をしようがこれといってひっかかる事は無いように思います。或いは男性が明らかに浮気の恋をしているのに、相手の女性が自分に対して挑戦的な反応をしてくれば、戦うと思います。売られた喧嘩は買わなければ・・・ですよね。(笑)
死朗さん>そうですね・・・。死朗さんのコメントを読んで随分考えてしまいました。
京子が感じた、自分の門野に対する「愛」。
愛情ってとても強い感情だから、時として相手を傷つける事もあります。死朗さんの仰る「互いを思いやる」と言う事。それに尽きるような気がします。
京子の場合、そこに京子自身は居たけれど、門野の気持ちは・・・門野の気持ちを思いやる余裕は無かったのでしょうね。
自分で質問を投げかけておきながら、投げかけた私自身が一番永く悩んでしまいました。すみません。
私なら・・・門野を一旦は傷つけ、絶望させる事を承知の上で・・・
私自身が門野の人形に・・・なると思います。
人形と同じ着物を着て、同じ髪飾りをつけて、同じ紅をさして、同じ名前でよばれて・・・
人形が門野にしてあげられなかった事、門野が人形からは決して得られなかったものを人形の代わりに門野に・・・と思います。
それが、あの時点で門野にしてあげられる自分の全てだと思うので。門野がそれを受け入れるまでには、多分かなりの時間が掛かると思いますが。
恐らく・・・門野は始めはそうさせた自分を責めて傷つき、絶望し、死んでしまいたいと思うかもしれません。でも、人形は門野の中に生まれたもう一人の門野であり、門野がこの世に存在する理由の一つでもある気がするので、門野にとっての人形の存在を認めて受け入れることからしか、門野を受け入れる事はできないように感じます。
見つめる門野の瞳の奥に譬え自分が映らなくても・・・自分自身の存在が無くなったとしても・・・愛する気持ちが止められないなら、門野が見つめる視線の先へ、そっと重なってでも愛していきたいと思うのでは・・・と考えるのです。
ズルイ・・・のかもしれません。
でも私はきっと・・・愛したその人の事を諦める勇気も忘れる強さも・・・多分きっと持てないから。門野の心の闇の中へ、門野と一緒に、門野に寄り添って歩いていきたい・・・そう思うような気がします。
黄さん、死朗さん有難うございました。
[51へのレス] Re: 「人でなしの恋」の京子 投稿者:死朗 投稿日:2004年8月30日22時36分マリィ様>こんばんは 京子さんが人形に化身するの発想
私は想像しませんでした、蔵の中で化身した京子さんの
人形姿 別のタイトルの作品が出来そうですね。
さて人形への思いと愛情に割り込み、瞳の奥に自分の影を残す
京子の存在感、マリィさんは愛したその人を諦める勇気も忘れる強さも持てず 門野と同じ闇に自分を置き仮面を付けて暮らし続けるとのお考えですが
男が書くと変ですが、男は夢想的で気が小さいので、現実的な
事を避ける、逃げる「京子との生活」
自分より弱い、小さい人、人形愛も自分の弱さを見せたくない
知られたく無いおとこの心の闇の部分じゃないでしょうか?
男の心の闇を明るく照らす光を、女性の魅力・魔力の誘惑で
照射する マリィさんお持ちじゃないですか?
[51へのレス] Re: 「人でなしの恋」の京子 投稿者:マリィ 投稿日:2004年9月2日01時57分こんばんは死朗さん>そうですね。人形と門野の恋に割り込むというのは、厚かましい事ですね。
知られたくない男の心の闇の部分・・・ですか
多分門野は死朗さんが思っているほどの心の闇では無く、もっと深刻な状態だった様に私は読みました。
死朗さんが仰る様に、譬え京子が黙して語らずに居たとしても、恐らく京子に対する罪悪感で遅かれ早かれ、門野は死を選んだ気がします。その時は人形ももちろん一緒でしょう。
門野には誰にも踏み込んで欲しくない心の闇の部分ですが、そこに踏み込んでくる厚かましい侵入者にどんな反応を見せるのかしら?と考えてみました。
門野のそれはもう、嗜好の世界を超えた病的なものです。慈しんできた人形の姿で目の前に居る人を拒む程、正常な判断は出来ない気がしました。そうして、京子が人形の姿になって見せたとしても、私は、やはりいずれ門野は死を選んだと思います。
では京子が人形の姿になる意味は無いのでは・・・と思われるでしょうが、意味はあると思います。それは女独特の嫌な感覚かもしれません。
門野が死を選ぶ時は必ず人形も一緒です。つまり、京子が人形でいれば・・・京子は一人取り残される事は無くなります。もっと言えば、門野を一人で逝かせなくて済む・・・と思いました。
絶対に一人で逝かせない・・・
そんな風に思う女は・・・ズルイですよね。
男の人の心の闇を明るく照らす光・・・は私にはありません。
持てたら・・・きっと素敵だなぁ・・・と憧れます。
そんな女性になれたらいいなぁ・・・と思いながら死朗さんのコメントを読みました。
[51へのレス] Re: 「人でなしの恋」の京子 投稿者:死朗 投稿日:2004年9月4日02時02分マリィ様>こんばんは
女性独特の感覚で一人では逝かせない
絶対に逝かせない・・ズルイですよね。
の表現について、門野を一人では逝かせないと言うことは
私も一緒にで良いんですか?心中したい?
なぜ、自分に愛情の無い人が死を選択する事を
止めたいのですか
恋愛とは、感情を追いつめて、高め、迷宮に落ちる
現世で成し遂げれない 愛を来世で成就したい
深い感情表現と考えて 一人では逝かせないぞと
そう考えるとズルイじゃなく素敵じゃないですか
そこまで相手を思い行動できるなんて最高
門野の前に京子が人形姿で現れる事
男(死朗)が考えると一方通行の恋愛が? 双方向になると
考えるだけで・・あんな事や・そんな事まで(止めて)
門野の場合は、始め困惑しても、本来の人形愛に戻り
マリィさんの想像されるように 死を選択するでしょうね
人形の死が門野の死を、もし人形が残り二人が心中する
人形が死者の魂を吸い取り 生き人形で髪が伸びる
災いを巻き起こす話も出来そうですね
[51へのレス] Re: 「人でなしの恋」の京子 投稿者:黄光明 投稿日:2004年9月4日09時13分「人でなしの恋」には、映画版もありました。
主人公京子の現在の姿を加藤治子、若き頃の京子を羽田美智子が演じていました。ストーリーは原作とほぼ同じです。
加藤治子は、物語の始まりと終わりに少しだけ登場します。
空の車椅子を押して散歩したり、食事も2人分作って、とっくに亡き夫を今でもいるように思い込み、慕っている。京子の夫も、人形に恋をする人でなしの恋をしていましたが、京子自身もその後、亡き夫を今でも生きているものと思い込み、幻の夫の世話をしていると言う人でなしの恋をしているということでオチを付けたところが、原作を越えた面白さに、と言うか、原作ではそこまで言及しなかったものをさらに話を発展させたところが面白かったです。
この映画は、奥山和由の企画で当初「RAMPOU」として製作予定だったのを「人でなしの恋」に変更したものと思われます。松浦某とか言う女性が監督ですが、前作「RAMPO」のように、奥山氏は黛氏にケチをつけていないので、当然、別バージョン、奥山バージョンはありません。
[51へのレス] Re: 「人でなしの恋」の京子 投稿者:マリィ 投稿日:2004年9月5日19時20分こんにちは。
死朗さん>本当にいつも有難うございます。
死朗さんの「あんな事や・・・そんな事」発言に何だかホッと笑いがこぼれて癒されます。(笑)
「絶対に一人で逝かせない・・・」これは死朗さんが仰るような素敵なものではありません。
自分以上に愛情を注ぐ人(人形)の世界へ舞い戻ろうとする門野。一度は自分を受け入れこの上ない愛情を注いでくれた門野。その人が、抜け出せない世界の中で永遠の恋人と一緒に自分への懺悔の言葉を囁きあっている。れっきとした妻となったつもりで居る京子には耐え難い状況だと読みました。
心中ではありませんが、もし、京子が人形となって門野の心の闇に入り込めたなら・・・門野の生死は京子が握ったも同然だったでしょう。京子が望みさえすれば、門野は死をも拒みはしなかったと思います。というか、自力での判断は出来なかったと思います。
京子は自分自身として愛されない状況でどんな行動にでるかしら?いつもこんな仮定が頭から離れないままこの作品を読んで来ました。
人形との世界は門野には完全なる愛の世界。その完全な世界、理想の世界で門野に愛される・・・唯それだけでいい、と思ってはいても、人間というのは状況が許される度に貪欲になって行くものです。
京子が次にとる行動は?恐らく門野との完全な一体化だったのでは無いか、と思いました。私が「女独特の嫌な感覚」と書いたのはそういう意味です。正常な判断の出来ない狂気の門野の一番近くに居るのは自分だという確証を得る為に。それは高められた感情でも何でも無く、黒い触手の様に門野を捕らえ、纏わり付き、やがて雁字搦めにしてその心臓を一突きにしてしまう怨念のようなもの。
「絶対に一人で逝かせない・・・」
私がズルイと書いたのは・・・
まるで愛する人に深い想いを貫き通す美しい感情に見せかけたドロドロとどす黒い独占的な感情。一途な愛に生きているように見せて、その実、愛しさと恨みと絶望が混沌とした世界に棲む魔物・・・。
・・・ズルイでしょう?死朗さん・・・。でもきっとそれが本当の女の生き様かもしれません。
乱歩は女のそういう姿をちゃんと解っていて書かなかった気がします。そんな生生しいものに自分の愛しい人形を利用させない様に京子に人形を壊させた・・・そんな気がするのです。そして京子にもっとも過酷で幸せな罰を、美しく装わせて御伽噺にしてしまいました。
ひどい人・・・。「人でなし」なのは門野に自分を重ねてこの作品を書いた乱歩自身でもあるのかも・・・。
「愛」にまで育たなかった儚くて美しい「恋」。でもとても残酷です。こんなに幸せな痛みを一度味わったら・・・もう普通の「恋」は出来ないかもしれませんね。(笑)
死朗さんは人形が残るとしたら・・・とお書きでしたね。
私はそんな幸せで残酷な恋物語を、嵌めこまれたそのガラスの瞳で見つめて来た人形が実在するのなら。その瞳の奥を覗いてみたいと思います。きっと、この世のものとは思えないものが・・・
見える気がします。(笑)
有難う御座いました。死朗さん。
[51へのレス] Re: 「人でなしの恋」の京子 投稿者:マリィ 投稿日:2004年9月5日19時40分こんばんは。黄さん>いつも興味深い情報を有難うございます。「RAPO」の映画の存在は私も知ってはいましたが、まだ映像は観ていません。
唯、「門野」の役を演じられた俳優さんが、どんな方なのか知りたくて、その方のお名前を検索してみました。
「阿部 寛」さん・・・ですね。私は全く存じ上げない方でしたので、調べるのがとても楽しかったです。(笑)そして、乱歩とは全く関係無いところでツボにはまり・・・未だに抜け出せません。ウルトラマン好きな私には・・・。(笑)もうコレ以上は書けません。ファンの方に怒られます。(笑)
唯、お顔がとても現代的な美しさの方でしたので、作品はみていません。
この作品には人並み以上の思い入れと想い出もありますし(笑)このHNも「人でなしの恋」があればこそ・・・みたいな感じなので・・・。
いつかは観るのでしょうが、今は原作だけで・・・と思っています。
私にとっては遠い記憶の・・・鍵・・・のような作品です。
大切に抱き締めていたいので。
でも黄さんの書き込みは私にとっては、「江戸川乱歩研究概論」というテキストのようで、とても勉強になります。これからも変わらぬご指導の程、どうぞ宜しくおねがいしますね。ジョワッチッ!!(笑)
[51へのレス] Re: 「人でなしの恋」の京子 投稿者:黄光明 投稿日:2004年9月8日00時44分そうです。阿部寛です。「RAMPO」奥山版では、パーティのシーンでオカマっぽい歌手役で出演していました。田宮二郎に似た人です。そんなことはどうでもいいのですが、門野と言う人は、乱歩の原作では、その人物像が今一つよくわからないのですが、阿部寛演ずる門野は、妻の京子に対して、どちらかと言うと冷たくあしらっていました。
「人でなしの恋」は、「押絵と旅する男」同様、人形と言うか、押絵と言うか、ともかく異形の恋をテーマにしていますね。日本人形って、そんなにいいものだろうか?見ようによってはマネキン人形や蝋人形よりも生気のある表情をしているかも知れませんね。
それにしても「江戸川乱歩研究概論」なんて、そんな大層なものではありませんよ。僕以上に、乱歩に対する造詣の深い人は、ここの書き込みの常連の中にたくさんいます。そういう人たちから見たら、僕は結構いい加減なことを言っていると思っているかも知れません。
ご指導のほどと言う堅苦しいものではなく、ざっくばらんに乱歩談義でも出来ればと思っています。こちらこそ今後ともよろしくお願いします。
[50] 乱歩絡みのミステリ2作を読む 投稿者:松村武 投稿日:2004年7月20日12時35分去る3連休に、乱歩と多少なりとも関連のあるミステリを2作、読みましたので、拙いながらご報告を。
先ずはF・ルーズヴェルト他「大統領のミステリ」(ハヤカワ文庫)。
乱歩のエッセイ「変身願望」「異様な犯罪動機」の項で言及され、また連作「畸形の天女」にも影響を与えたミステリで、あの米国大統領F・ルーズヴェルトが話したミステリのプロットに、S・S・ヴァン・ダイン他のプロ作家が連作形式でストーリーを完成させた長編です。
内容は乱歩のエッセイで紹介されているとおりですので省きますが、ハヤカワ文庫版では、乱歩のエッセイで紹介されていない、E・S・ガードナーが書いた大団円が追録されています。
乱歩自身も指摘しているとおり、身代わりの死体に絡む或る破綻の部分が、やはり苦しいのですが、追録されたE・S・ガードナーは、彼より前に書いた作家達が見落としていた、序盤の或るエピソードを上手く活かして、全体に締まりのない本作を、一応、首尾一貫した感じにしています。
あと、各作家のレギュラー登場人物たちが顔を出すのも楽しく、ヴァン・ダインも、御大ファイロ・ヴァンスこそ出してくれませんでしたが、マーカム検事とヒース部長刑事を登場させ、E・S・ガードナーも、ペリー・メイスンを、第三者を介しての談話、という形ではあるものの登場させてくれています。古本屋で見かけたら、安価であれば「買い」の一冊だと思います。
さて、もう一作は、斉藤栄「少年探偵ジャーネ君の冒険」(講談社文庫)。
斉藤栄と言えば、赤川次郎、西村京太郎、山村美紗らと並ぶ多作家で、「殺人の棋譜」「真夜中の意匠」「紅の幻影」など初期の幾つかの秀作を除くと、他の多作家と同様、量産に伴うマンネリと、量産ゆえのミステリとしての純度の水増しによる再生産で、読むに耐えない作品も多いのですが、この作品はジュブナイルながら、斉藤栄が少年時代に愛読した、あの乱歩の別名作品「知恵の一太郎」へのオマージュとして、子供向けに書きたいことだけを書く、という姿勢で書いたものか、非常に好感が持てる佳作でした。正確な執筆時期は未詳ですが、昭和50年代後半に書かれたもののようです。
本作は中編2編からなり、第一話は、瀬戸内海にある地獄島(笑)なる島に遊びに出かけた小学生のジャーネ君たち一行が、大判小判を見つけるが、それが金庫から盗まれて・・・、という話。「知恵の一太郎」へのオマージュ、ということもあってか、国語・算数・理科・社会に絡めた謎の設定の数々が、もう小学生時代を思い出してウンザリ、という感じなのですが(笑)、クローズド・サークルの設定や、メイン・トリックの鍵の掛かった金庫からの盗難トリックが前例多数のトリックながらも、小気味良くまとめています。
第二話は、秘密の設計図を軽飛行機で運ぶ途中、飛行機が日本アルプス山中に不時着して・・・、という話。相変わらずの小学生勉強ネタに閉口しますが、ジャーネ君がE・クイーンばりに、一応、論理的に犯人を一人に絞り込んでゆく推理を披露するなど、斉藤栄の大人向け長編ではついぞ見られなかった(笑)本格志向ではないかと思いました。これまた安価であれば「買い」の一冊。
・・・以上、ご報告まで。
[50へのレス] Re: 乱歩絡みのミステリ2作を読む 投稿者:黄光明 投稿日:2004年7月24日10時31分斉藤栄と言えば、「香港殺人旅行」や「横浜中華街殺人事件」など、中国や横浜絡みの小説を書く作家です。レギュラー探偵では、タロット日美子がいます。ミステリーにも、何か縄張りがあるようで、神戸なら陳舜臣、京都は山村美沙、横浜、鎌倉なら斉藤栄といった具合です。斉藤栄は、元横浜市役所勤務の公務員で、市役所勤務時代から小説を発表しており、いわば「2足の草鞋」を履いていたわけですが、公務員がそういうことやってもよかったんか?
また斉藤氏は、宝石鑑定士の資格も持っているみたいですね。最近、プロの宝石鑑定士でも見分けようのない、精巧なニセ高級ダイヤが出回っているようですね。
斉藤栄と言えばもう一つ、江戸川乱歩を主人公にした「乱歩幻想譜」と言う乱歩短編集も書いておられました。
[49] 奥村妙子はどのように罰せられた? 投稿者:ボケッと小僧 投稿日:2004年7月15日22時40分魔術師の娘、奥村妙子は逮捕投獄、変わって文代さんが保釈され、実家に戻るということで「魔術師事件」は終わります。ところが、妙子がその後どうなったのか、作品では一切語られません。彼女はいったいどのように処罰されたのでしょうか? 彼女はこの時、未成年。戦前にも少年法があって、彼女はその適用を受けたのでしょうか? また成人扱いされたとして戦前の刑法には尊属殺に関する条文がありました。実の娘でない妙子は尊属殺を適用されたのか? 皆さんいかがお思いでしょうか?
[49へのレス] Re: 奥村妙子はどのように罰せられた? 投稿者:黄光明 投稿日:2004年7月24日10時18分さぁどうなのでしょうか?さすがにそこまでは考えたことがありませんでした。法律のことには疎いので、よく解らないのですが、現行の少年法確か第二次世界大戦後に成立されたはず。当時の終戦のドサクサで、家や家族などを失い、生活のためやむにやまれず罪を犯してしまった子供たちを保護し、救済し、更生させることを目的に成立した法律です。ですから「魔術師」の発表された1930年頃においては、きっちりとした少年法がなかったと思われるので、成人犯と同様の刑を受けたと考えられます。最後の一郎の「たとえ仇であっても、長年家族として過ごしてきたのですから、いたわってやってください」という言葉もあるので、あるいは一郎からの嘆願書などにより、妙子の刑が軽減されることも考えられないことではありません。
しかし、昨今の少年犯罪を見ていると、大人やヤクザ顔負けの凶悪犯罪があり、こういう連中が少年法で保護されるのは、やはりおかしいと憤りを感じます。先日も小学生が、同級生を恫喝して総額100万円もせしめたなどという恐ろしくもふざけた犯罪がありました。ここまで来ると、少年法などとっとと撤廃して、厳重な処罰と、場合によっては、そのタネを作った両親も逮捕して投獄すべきだと考えますが、ここまで言うのは言い過ぎか?
例えばイスラム圏では、女性のスカーフを盗んだ罪で逮捕された少年が、即右手首、左足首切断の刑に処せらた事例を本で読んだことがあります。ハムラビ法典が今でも生きているんですね。少年法もクソも関係ないわけです。ちなみにこの少年は前科4犯だったので、本来なら両手首、両足首を切断されるところを、温情があったためか、処刑が割引されたみたいです。
[49へのレス] Re: 奥村妙子はどのように罰せられた? 投稿者:ボケッと小僧 投稿日:2004年7月28日20時42分黄光明様
レスをいただきありがとうございます。そこで妄想をたくましゅうしますと、この時妙子を担当したのが花崎検事で、それが縁で花崎家の女の人がお玉ブラザースのどちらかと結婚して(或いは玉村家の伝統に則り二郎兄さんがムコ殿になったりして^^)、明智、玉一郎の温情で刑が割り引かれたとなると、あの時ピストルを取り上げられた妙子のその後は悲惨かもしれません。反面、私はその後の「吸血鬼」「人間豹」「虎の牙」「透明怪人」で文代さんが登場すると背後に妙子の影を見るような気がします。明智探偵の助手として華々しく活躍する文代さん、人間豹にあわやの目にあった文代さん、良家の奥様のフェロモンを漂わせながらも二十面相を手玉に取る文代さん、そして「凶器」以降、転地療養に入った文代さん。妙子はこの時いったい何を思うのだろうかと……。
[49へのレス] m(_ _)m 投稿者:ボケッと小僧 投稿日:2004年7月28日20時46分)明智、玉一郎の温情
明智、玉村、花崎の三家が縁戚になったかもしれません。しかし、一郎の温情で
でした。申し訳ありませんm(_ _)m。
[48] (乱歩)黒蜥蜴の心理 投稿者:死朗 投稿日:2004年6月16日00時25分明智との戦いの中・黒蜥蜴の涙する心理は、如何なるモノか?
三輪様の舞台・三島由紀夫の演出がヒントでしょうか?
異色の作品でおもしろいです
[48へのレス] Re: (乱歩)黒蜥蜴の心理 投稿者:黄光明 投稿日:2004年7月8日20時42分明智に対する愛ですよ。それしかないじゃないですか。
明智と黒蜥蜴、探偵と女賊、追うもの追われるもの、基本的に敵対関係にありますが、心の中ではお互い愛し合っていたのですよ。
もちろん最初からそうだったわけではなく、どちらかと言うと、黒蜥蜴の方が、いつのまにか明智を愛し始めていたのです。このことは、黒蜥蜴自身も気がつかなかったか、或いは気付いていたとしても、敵を愛するなんてと、自戒し、否定をしていたわけで、それゆえ、明智を亡き者にしてしまえば、このおかしな葛藤から自らを解放出来ると考えたものの、いざソファ詰めにして海に投げ捨てた時、やはり愛するものを殺してしまった悲しみに涙したのでしょう。いずれにしても、この話は、乱歩唯一の、変則的ラブロマンスと言えましょうか?
[48へのレス] Re: (乱歩)黒蜥蜴の心理 投稿者:死朗 投稿日:2004年7月9日20時53分黄光明様、愛という心理表現ありがとうございます
ただ死体標本・蝋人形化行動の中で、愛の性質が乱歩的表現で
いうならば、猟奇愛なる表現も含まれるのでわ無いでしか? 明智さんを船上より水葬礼?身動きしないで30分ほど立ちつくしていた。
黒蜥蜴にするとコレクション(蝋人形)に出来ない悲しみ(コアな心理)も愛情以上に大きな感情を生むのではないでしょうか?涙が・・(愛情表現が変化 人=人形的)=コレクター
物欲(危険な欲望)
[48へのレス] Re: (乱歩)黒蜥蜴の心理 投稿者:マリィ 投稿日:2004年7月10日21時33分やっと読みました。でもたいしたコメントではなくて・・・
死朗さま>私は女だからでしょうか。黒蜥蜴は明智には普通の愛情を感じてしまったのではないでしょうか?それはこだわりのある人間には受け容れがたいというか・・・上手く言えませんが。
この感情を解決するには、その存在自体を消去すればいいわけです。その結果がとかよりも、胸に密かに生まれたこの想いを、今現在どうするかが優先するくらい動揺していたのではないかと思います。女性は幾つになってもそういう事がありますから・・・。
あとはもう一つ・・・。死んでしまえば永遠に自分だけのもの。この気持ちも誰憚ることなく人知れず安心して胸に秘め続けることが出来る・・・と。
涙は・・・そうした事で解決されなかった自分の想いがあまりにも明らかに突き刺さったからかもしれません。
運命の人だったのかもしれません。黒蜥蜴にとっては。それは抱えきれない苦しい愛情に変わったに過ぎなかったからでしょう。
こんな風に感じるのはチョット読みが浅いからかもしれません。あと何回か読んでみようとおもいます。
[48へのレス] Re: (乱歩)黒蜥蜴の心理 投稿者:死朗 投稿日:2004年7月11日01時06分マリィ様>おはようございます
愛情と言う感情を女賊のリーダとして押し殺した表の顔と裏の本来の女性の感性が、返信頂いた受け入れがたい「愛」を消去する事で自分自身の中に明智を永遠に残したいと考えた
私も、再読してそう考えました。「愛情」深く謎ですね
マリィさん女性心理をお聞きしたいのですが?
船内で早苗さんと涙を流すシーンでは、ふたりのいたいけな幼女でしかなかった。無邪気な野蛮人でしかなかった、あらゆる理知も感情も全く影を潜めてただ悲痛な感情だけが痛々しいまでに露出した。感情も無くと言う表現が有るのですが、マリィさん、この表現をどう考えられますか?
私は本来の感情表現である「愛情・恋愛」などが女賊の仮面で深層に潜り込み、感情は制御できても深層心理では抑制出来なくなり涙が止まらないと考えてみました。
自然な涙でしょうか
[48へのレス] Re: (乱歩)黒蜥蜴の心理 投稿者:マリィ 投稿日:2004年7月20日18時02分こんにちは死朗さま。あれから何回か読み返しました。特にお尋ねの箇所について。いろいろ考えてしまいました。
感情の痛々しい露出。感情も無く。難しい表記です。私は状況から考えてみました。
早苗に扮した葉子と黒蜥蜴・・・共鳴したのかもしれません。
最初はそれぞれ違う理由で涙が出たのでしょうが、一つに空間の中で空気が振動して音を伝えるように、心が振動して・・・
ごめんなさい、上手く書けません・・・でもお互いの哀しさが胸に響いて自分の心に溢れてくるものを自制出来なかったのかもしれません。
絶望と哀しみに支配された心に、言い訳も動機付けも説明もいらない・・・ただ涙だけが全てを語る・・・と乱歩は思ったのかもしれません。自然に溢れてきたというよりは、全力で号泣したという感じがしました。
愛情というよりは恋慕の情・・・でしょうか。黒蜥蜴の場合は。これから生きていけない程の、ともすれば後を追って逝きたくなるような・・・自分を痛めつけるだけの感情。出会った事さえ忘れてしまいたいと後悔するような感情。忘れられなくて、抱き締めた想いを捨てられない哀しい幸せ。
黒蜥蜴・・・下弦の月のような女性です。
生まれたてのピュァな新月ではなく、無邪気な三日月ではなく、これから光り輝いていく希望のある上弦の月ではなく、ひときわ美しい満月でもない。闇につつまれて、いつか失われていく下弦の月。それだけに消えてゆく瞬間の煌きに心惹かれてしまいます。
もし、私だったら。
ある日突然芽生えた感情に戸惑って、強さと悪意に任せて自分の運命の人をこの手にかけてしまった、と後になって思い知ったら。やはり、哀しみのなかで出会ったことを、自分の運命を呪ってしまうかもしれません。
でも私は、その人との想い出を・・・その人の記憶を・・・忘れたくはありません。何度も泣くでしょうが、時間も掛かるでしょうが。
頑張ってずっと抱き締めていれば・・・そうしていれば・・・いつか・・・想い出に負けない自分になれるかもしれない。なれると信じて。いつか・・・笑顔で抱き締められる記憶になると信じて・・・生きていくと思います。
下弦の月には・・・なれるだけの勇気と強さがありません。
弱さゆえの向上心・・・でしょうか。(笑)
[48へのレス] Re: (乱歩)黒蜥蜴の心理 投稿者:死朗 投稿日:2004年7月21日01時37分こんばんはマリィ様
涙の心理と下弦の月の比喩は黒蜥蜴に対する最高の表現ですね
有り難うございました。
涙は深く難しですね、人生経験を重ねて読み返すと
きっと解釈が変化するのでしょね?
ここで涙するまでの、黒蜥蜴の心境を、美輪様の舞台の表現も加えて考えようとおもいます 興味がありましたらどうぞ
長いすの明智との会話より
「どうして早く逃げださなかつたの」
「男たちに見つかったら、あなたの命がありません」
心配してます
舞台の演出より
明智の居る長いすに対し恋心を延々と語る黒蜥蜴
長椅子をかきいだき、あちこちにキスし顔を伏せる
「あなたがこれ以上生きていたなら、私が私でなくなるのが
怖いの、そのためにあなたを殺すの。好きだから殺すの」
と言い放ち部下に水葬礼を命じる。
椅子を隔てての愛撫と好きだから殺すので絶頂感に絶つする
最後に間接的な交渉で夢を見たのでしょうか?
幻想と倒錯な乱歩世世界、脚色が有りますが、黒蜥蜴の本心が
有ると感じます。
[48へのレス] Re: (乱歩)黒蜥蜴の心理 投稿者:死朗 投稿日:2004年7月25日09時31分NHK教育放送で乱歩の特集を放送していました
その中で、美輪様が黒蜥蜴の演出のお話をされ
明智を水葬する事で、殺す事で心の中に永遠に残す
究極の愛情表現・・・怖いお話でした。
[48へのレス] Re: (乱歩)黒蜥蜴の心理 投稿者:マリィ 投稿日:2004年8月8日02時33分こんばんは死朗さん。
まだ、この掲示板を御覧になるでしょうか?
TV観ました。
究極の愛情表現・・・
情熱的な愛情です。
最後まで自分をしっかりもって・・・黒蜥蜴その人として愛する強さに・・・涙が溢れてしまいます。
恋というには余りに儚すぎる一瞬の感情。それが自分の全てと引き換えにしてもいいと・・・
命すらも・・・
そうして見事に永遠の愛の一瞬を自分の中にも、明智の中にも刻んで逝ってしまう。
死朗さんは、こんな女性は恐いですか?
私はその一途さが、ひたむきさが愛しいと思いました。
愛しても愛しても、女性は愛情が尽きる事が無い時があります。
何処へその想いを持っていけばいいのか、分らないほどの愛情・・・
そんなに愛してしまえる人に憧れます。女としては。
愛情と慕情を豊かに持つ女性・・・
それは言いようの無い痛みを受け入れてしまう哀しい運命を抱えた女性・・・
こんな愛の形がいいのかどうかは個々人の恋愛観によるのでしょうが。(笑)
[48へのレス] Re: (乱歩)黒蜥蜴の心理 投稿者:死朗 投稿日:2004年8月8日22時31分マリィ様、ありがとう
返信をお待ちしてました。女性の感性での言葉は
私の(男)の表現が、伝わる物か、理解してくださるか?
心配でした ただ、文章を書く才能が無い私が書くので
頭のイメージが、言葉・文章で理解して貰えるか(二次的)
毎回サポート頂本当にありがとう
女性の恐さについては、私が鈍感で経験も少ないので
回答にはなりませんが
本能的愛情表現+瞬間湯沸かし器てき愛情・言葉攻撃
が多く深入り出来ない
マリィ様・女性の多くの方が、継続して24時間同体
の様な時間が必要ですか、本能的愛情表現も男は、ゴールまでがすべて、でゴール後の対応や会話が旨くいきません
思いやりが無いと、女性に対し感じます。ご免なさい
他に、愛おしさを持つ=以心伝心的観察力が欠乏
[47] 長谷川町子のミステリ趣味について 投稿者:松村武 投稿日:2004年6月14日12時34分最近、近くの古本屋で、殆ど二束三文の値段で「サザエさん」「いじわるばあさん」のマンガを大量に購入して愛読しているのですが、彼女の四コママンガには、結構、ミステリ的な趣向が目立つことに気付きました。
そもそも、サザエさん本人がミステリの愛読者という設定らしく、昭和32年頃のマンガでは、ベストセラーの推理小説を徹夜で読んでいる話(当時、松本清張の「点と線」などがブームとなった世相を受けてのことと思いますが)や、友人を自宅に招いて、お勧めの推理小説を紹介する話では「江戸川乱歩はどう?アガサクリスチーは?」などと言うサザエさんのセリフが出てきます。
また、トリックを用いた話も多く、「サザエさん」の昭和46年(?)発表の話には、カツオが、あの「占星術殺人事件」のメイントリックを用いる場面が出てきます(むろん、相手は死体じゃありませんが)。この話、4コマ目には、「××××の要領」とかいう注書きがあり、それは「占星術殺人事件」でも紹介されている或る手法のことなので、島田荘司が「サザエさん」から盗作した、とは言いませんけどね(笑)。但し、カツオが同じトリックを用いて、家族の皆を騙し通した、という話を、昭和46年頃に、既に長谷川町子が考案済みであった、という事実は明らかにしておきたいと思いますね。
更に「いじわるばあさん」は、オチとなる意地悪・騙しのアイディアの切れ味が、そもそも本編のミソとなっていることもあり、読者の意表を突いたトリッキーなオチが多く、少々大げさに言えば、一種の「コンゲーム」風ミステリと言えなくもない出来栄えです。
例えば、孫が外国切手を無くした、といって騒いでいるエピソードがあるのですが、3コマ目に、ちゃんと隠し場所が描かれているにも拘らず、次の4コマ目でアッと驚くオチは、かのE・クイーンの切手盗難をテーマにした某名作短編に劣らぬ出来です。
また、息子が宿酔いでグッタリして、会社に電話をかけようとするが、それが実は・・・、という話では、フェアにも、ちゃんと1コマ目に、そのオチとなる物が描かれているのに、殆ど誰も4コマ目のオチを予測できる人はいないという出来栄えの良さ。立派な本格ミステリです(笑)。
その他にも、ミスディレクションにより意地悪をする話なども多く、長谷川町子は、相当のミステリ・ファンだったのでは?と思いました。
で、その辺の事実関係を、「越境する本格ミステリ」(日下三蔵ほか監修・扶桑社刊)にでも載っていないか、と当ってみたのですが、特に触れられていませんでした。余り知られていないのでしょうか?残念です・・・。この辺の事情ごぞんじの方いましたら、宜しくお願いします。
[47へのレス] Re: 長谷川町子のミステリ趣味について 投稿者:小笠原功雄 投稿日:2004年6月15日00時23分女史の自伝エッセイマンガ『サザエさん うちあけ話』(姉妹社)という本があります。(近年では、朝日新聞社刊、朝日文庫に収録)
その中の20話(というべきか、本編では「20」とだけ振ってあります)の15コマ目から(本について)という見出しが付き、17コマ目に以下のようにだけ書かれています。引用します。
『スイリ小説は、犯人がわかるまで刑事以上に、ハリキって、一気に読み上げるてつ夜型で、よく朝は、ウサギの目玉そっくり』
[47へのレス] Re: 長谷川町子のミステリ趣味について 投稿者:松村武 投稿日:2004年6月15日12時12分>小笠原功雄さま
早速のご回答、有難うございます。なるほど、そういう発言があったのですね。彼女が、どういう作家や作品が好きだったのか、気になるところです。
>一気に読み上げるてつ夜型
長谷川町子、なかなかのツワモノ読者ですね。僕なんか、ミステリ&それ以外を含めても、徹夜で一気に読み切ったのは、「孤島の鬼」「ドグラ・マグラ」「幻の女」「火星年代記」「なしくずしの死」「白鯨」その程度しかありません(汗)。
[47へのレス] Re: 長谷川町子のミステリ趣味について 投稿者:浪越警部の部下 投稿日:2004年6月24日21時48分 「いじわるばあさん」の話で思い出すのが、いじわるばあさんが襲われ、警察が事情徴収で心当たりのある人物を聞いたところ、警察署に長蛇の列ができるほど多く集まってしまったという話です。
あるいは道で、いじわるばあさん、落し物の財布を拾ってそれをキャバレーに放り込む、キャバレーから忘れ物があったと家へ電話が入り、その結果、夫は身に覚えのない店に行ったと奥さんに怒られる、という話もありました。この財布がもしキャバレーではなく殺人現場だと、松本清張風のいい短編になるかもしれません。そういえば、いじわるばあさんには松本清張氏が登場したことがありました(朝日文庫版の第4巻)。
長谷川町子といえば、ほのぼのした家族のイメージで語られがちですが、「いじわるばあさん」などはけっこうシュールで毒があり、クリスティのあの大胆不敵さや、夢野久作の不気味な匂いがありまね。
[47へのレス] Re: 長谷川町子のミステリ趣味について 投稿者:松村武 投稿日:2004年6月25日12時57分>浪越警部の部下さま
「いじわるばあさん」、ありましたね、その話。警察署では整理券を配ったのですね(笑)。
キャバレー財布事件も、確かに一捻りすれば松本清張風の短編になりそうなネタです。松本清張ご本人が登場する話は、或る作家が「女性に選挙権は要らない」などと発言し、いじわるばあさんは、それが松本清張の発言と勘違いし、自宅に押しかけて執筆活動の邪魔をするが、清張から「あれは石川達三だ」と切り返される、という話でしたね。
石川達三が、当時そんな発言をしたとは知りませんでしたが、そう言えば、没後、彼もすっかり埋もれた作家になってしまいました。栄光の第一回芥川賞受賞作家なのに・・・。
個人的には、高校時代にフラッと旅に出て、或る海岸の町で「青春の蹉跌」を読んで衝撃を受けたことを思い出します。
あと、A・クリスティに関して言えば、ファンクラブの日本人がクリスティに会いに行ったところ、思っていたより小柄で、ちょっと、いじわるばあさんに似ていた、という話がありましたね。
[47へのレス] Re: 長谷川町子のミステリ趣味について 投稿者:浪越警部の部下 投稿日:2004年6月25日22時39分松村さま、そうです、そうです、整理券を配っていたのは忘れておりました。もしその容疑者全員が××だったら、クリスティのあの某有名作品ということになるのでしょうがね。
そういえば、ミス・マーブルもどこか人を煙に巻くようなとこ ろがありますね。
[46] 「乱歩」好きの「横溝」好きでない人とは? 投稿者:小笠原功雄 投稿日:2004年6月5日19時14分かつての「横溝正史シリーズ」を巡る掲示板の盛り上がりに恐れをなして?こちらに逃げてきました。
乱歩と正史、評論家など文筆で飯を食う人は当然、両方呼んで各々の批評をします。こういう人は便宜上、乱歩も正史も好きな人とします。パタンとして後、考えられるのは、正史好きの乱歩読まない人。乱歩好きで、正史読まない人。どちらも読まない人。となります。
一番最後は、ミステリ等読まない一般人、か例えば私の親父のような学者馬鹿。問題は乱歩は好きだが正史は好きでない人です。これは実は私もそうなんですが、従来こういう人の意見を目にしたことが無い。それがここに来て、当サイトの掲示板上の話題の盛り上がりの中で、ちらほらと正史作品への不満が見えて私だけでないと分かりました。これらと私が過去に目にした意見を考えると面白くなってきます。
たがみよしひさ氏が昔書いていた探偵コミック「なあばすぶれいくだうん」の作中の台詞『乱歩は文体がダメなんだ』(注、読むとあの文体が苦手だ、の意味)、同じく作者の後書きマンガより「私はかっこいい探偵が嫌いだ」。
私が正史を読んだ時の感想は、戦前の代表作と言われる「鬼火」は期待した程迫力がない、乱歩の語り口(=文体、描写)の方が余程迫力がある。長編は以前にも書きましたが読むと「名探偵」金田一の前で次々殺人が遂行されイライラする。迫力も不足。ところが、戦後の中短編だとこれが面白い。これは短いと本格推理の「構成」の比重が増え、背景描写が抑えられると、あくまで簡潔、ドライ、モダンでテンポの良い戦後ミステリの文体として読めるからです。
そしてこの両者の「文体」と「カッコイイ探偵」と「カッコワルイ探偵」が映像化(映画、TVドラマ)されるとどうなるか。
映像では、乱歩の絢爛たる描写にどうやっても負けてしまいます。どんな特撮を使おうと語り口までは映像化できません。
これに対し正史の作品は、意外とけれん味のない文体の描写が映像化されると吃驚、こんなに劇的(舞台的)華麗なシーンんだったんだ・・・。
カッコよい明智探偵も現実の俳優が演じるとリアリティが邪魔してくる。カッコ悪い金田一は、俳優が個性や人間味をだせばOKでした。
[45] 27年ぶりの「本陣殺人事件」と密室バカ中学生の思い出 投稿者:松村’スケキヨ’武 投稿日:2004年5月25日12時31分(横溝正史「本陣札事件」、乱歩「火縄銃」のネタバレが出てきますのでご注意ください)
27年前の1977年、怒涛の感動に打ち震えて見た「横溝正史シリーズ」の「本陣殺人事件」最終回を昨晩、東京MXTVで見ました。
感想は・・・、うーん、人間の記憶は不確かなものですね。土砂降りの雨の中での密室トリック再現シーンだったとは全く忘れていました。事件当夜と同じく、雪が降り積もった中での金田一による再現だと記憶していたのですが・・・。また、原作での、事件に非常に重大な影響を及ぼした「当日、雪が降ったことによる或る破綻」についての説明がなかったのも意外でした。ラストも、もうちょっと余韻嫋々としたものだったと記憶していたのですが・・・。
とは言え、あのシーンの見事さは今見てもゾクゾクするほどでした。トリックの話なので詳細は言及できませんが、凶器の日本刀がユラユラと××××してゆくシーンに、27年前の感動が甦りました。
因みに、ちょっと調べてみたところ、27年前の放映もやはり5月下旬で、一方、当時の僕は未だ「本陣」の原作は読んでおらず、この番組を見てから直ぐに本屋で買ってきて読み始めていました。
更に、「本陣」に影響されて、何を勘違いしたのか、生まれて初めて創作ミステリまで書いていました(苦笑)。
「本陣」の密室トリックが、実は江戸川乱歩が戦後書いた、或る翻案作品に出てくる密室トリックの原理を反対に応用したものであることはご存知と思いますが(僕も、乱歩のその作品は既に読んでいたので、「本陣」を見ながら、「アッ、これはアレの反対になっているんだ!」と思ったものです)、僕の書いたお恥ずかしい創作ミステリの密室トリックは、この二つを無謀にも組み合わせてしまう、というものでした(爆)。
とは言っても、要するに、例の動力源を、乱歩作品の××××××から、「本陣」の××に置き換えて、密室で被害者を刺し殺す、一種の「遠隔殺人」にしてみただけのものでしたが・・・。
ともあれ、これ以来、「密室」トリックに憑かれた僕は、むさぼるように密室トリックの出てくるミステリを読み始めたものでした。しかも、機械的トリックならば、そのトリックを実際に実験してみる、というオマケ付きで・・・。以下は、その実験の思い出です。
その1(ヴァン・ダインの某作品ほか事例多数)を団地のベランダで再現
たまたま留守番で、団地の自宅に僕一人になった時を見計らって実験開始。
ベランダのアルミサッシにあるクレッセント錠のツマミに、ヒモを結びつけたピンセットを挟み込み、ヒモの先端はサッシの小窓からベランダ側へ垂らす。
ベランダに出て、静かにサッシを閉め、ヒモを引っ張る。
・・・ピンセットの挟み方が緩いのか、クレッセント錠のツマミをスルリと抜けて、錠は回転せず、実験失敗。ピンセットを諦めて、洗濯バサミでトライするもダメ。何とか、強力なクリップを使って実験成功。クレッセント錠は受け手に収まり、密室完成。
さて、戻ろうか・・・、と思いきや、アルミサッシはビクとも動かない。留守番で誰一人いない自宅で、2階のベランダに取り残されるバカ男子(12才)1名・・・。
・・・となれば、まさにコント、綺麗にオチが決まるのですが、僕はそれほどバカではありません(笑)。別の部屋に通じる窓は開けておきました。
その2「火縄銃」を教室で再現
乱歩の事実上の処女作「火縄銃」を放課後の中学校の教室で再現。
肝心の火縄銃が入手不可能なので、ロケット花火で代用、といきたかったのですが、これは成功したとき、流石にマズいだろう、ということで、ネズミ花火で我慢(どこが我慢だ?)
教室にあったガラスの花瓶を窓際に持っていって、水の張り方や角度を調節して太陽光線を或る一点に集中させ、そこにネズミ花火の先端を・・・。
待つこと数分、数十分・・・、もちろん、変化なし。これは失敗(そりゃそうでしょう)。面倒くさくなって、虫眼鏡を理科室から拝借して焦点を合わせるも、これでも不成功。
そうですね、花火の点火は、かなり高温の火元でないと無理なのですね。マッチやライターでも点火するのに苦労することはご存知のとおり。一つ利口になったバカ男子(12才)。
その3「本陣殺人事件」を教室で再現
先日の書き込みでも触れましたが、中学校で放課後、級友数名と教室で実験開始。
灯篭役のバカ男子1名、鎌役の同じくバカ男子1名、水車の軸役(笑)の同じくバカ男子1名を、原作本の現場見取り図を見ながら、教室外の廊下に適当に配置。
一柳賢蔵役のバカ男子1名、原作どおりに琴糸、がないのでタコ糸を張り巡らし、教室に入り、琴糸を垂らした廊下側の天井際の小窓だけを開けておき、あとは全て中からカギを閉める。克子役のバカ男子1名と共に事件再現。凶器の日本刀、がないので、剣道の竹刀に琴糸を結び付け、準備完了。
水車の軸役のバカ男子、水車が回りだした、という設定で、その場でグルグル回り始める(爆)。彼の腰に結びつけたタコ糸は引っ張られ、やがて・・・。以下略。実験は見事成功しました(笑)。
それにしても若さ、って怖いものですね(笑)。こんな実験を学校で行うとは・・・。特に水車の軸役のバカ男子、何でまた、その場でグルグルなどと・・・(笑)。手に持って手繰り寄せるだけで十分じゃん。
エッ?僕は何の役をやったのか、ですって?それは言えません。青春のおセンチな思い出です。
いやあ、それにしても、蒸気機関だかを発明したスチーブンソンの格言どおり、「青春は何もかもが実験である」でしたね。あの頃は毎日が楽しかったなあ・・・。
[44] 乱歩乱歩 投稿者:沖 投稿日:2004年5月24日12時11分乱歩の芋虫で卒論を書こうと思うのですが資料が見つからなくて・・・わたしの探し方がまずいとも思うんですけど。何かいい感じの情報あったら教えてください。何故視覚を重要視したのか、時子は何を求めていたのか・・という疑問から広げていきたいと考えています。
[43] 「接吻」読みました 投稿者:マリィ 投稿日:2004年5月16日21時16分ん〜よく判りません。私は余り写真を・・・という事は無いので。っていうか何で写真?このほうが何だかマニアック。だってそんなに愛しいのなら、本人がいるんだから、本人でしょう。何で写真?時代なんでしょうか。疑問です。素朴に。
でも時代に関係なく、あれでは誤解を受けて当然。どうして?何だか哀しいです。情熱的な女性ではないにしろ、秘めやか過ぎて私の理解の枠を超えてしまっています。どうして?どうして?で終ってしまった作品でした。
障害の伴う恋が乱歩の世界では美しいのでしょうね。そして「死」に辿り着く時、初めて作品の全体が耽美に浮かび上がってきますね。胸の痛む思いもしますが、何度も読み返していると、段々と乱歩の視線が感じられて、やがてここちよくなってきます。乱歩作品が永きに渡って読み継がれる理由の一つかもしれません。
[43へのレス] 「接吻」の特異性について 投稿者:松村武 投稿日:2004年6月3日19時27分>マリィさま
「接吻」は、乱歩にしては珍しいユーモア・タッチで、他の作品には見られない文体を使っていることもあり、ミステリとしては他愛ないものの、色々考えてみると非常に興味深い作品だと思います。
(以下は、この掲示板に数年前に書き込んだ内容を、思い出しつつ再び書き直したものです)
マリィさんは写真の件に拘っておられるようですが、仮に、夫が邪推したとおりの真相だったとしても、時代を考えれば、これが当時の一般的な女性の行動としては限界なんじゃないかと思います。戦前の日本には姦通罪があり、これは原則として夫の側からのみ適用される、非常に片務的な悪法でした。即ち、妻の浮気に対しては、一方的に夫の訴えで罪が成立するのに対し、夫が浮気をしても妻の側から訴えることは出来ないというものです。因みに姦通罪は、妻の浮気相手の男性にも適用されるもので、有名なところでは、詩人の北原白秋が確か懲役に服しているはずです。女性とその相手は浮気一つで投獄、一方、夫の方は浮気しても、その相手の女性の夫から訴えがない限り、お咎めなしですから、これは怖い法律です。
この「姦通罪に対する恐怖」を念頭に置いてないと、乱歩の戦前の作品における(別に乱歩の作品に限った話ではありませんが)女性の心理・行動は十分理解できないと思います。「接吻」に登場するお花も、写真を眺め、抱きしめるのが精一杯の行動だった訳で、しかも、お花と相手の課長は確か親類か何かだったので、もしも浮気をして姦通罪に問われたら(他の男の写真を所持しているだけでは、さすがに姦通罪は成立しないと思いますが。或いはそれを見越してのお花の行動かも知れません)、親類一同、末代までの恥晒しとなるところです。現代のように、最悪でも二人が離婚すれば済むという問題ではありません。
同様のテーマを扱った乱歩の作品には、既にマリィさんも読まれているかも知れませんが、「お勢登場」「覆面の舞踏者」があります。各々の作品に登場する女性が「姦通罪に対する恐怖」を、どう処理したのか、その違いを比較すると面白いと思います。この3作品を比較してみると、「接吻」の主人公が一番、狡猾に切り抜けているように思いますね(他の2作品は、もし読まれていない場合を考えて、ここでは触れませんが)。まあ、だからこそ、「接吻」だけはカタストロフを迎えずにオチが付き、悲喜劇で終わって幕、なのですが。
また、この作品の新婚家庭の描写には、乱歩自身の実生活も現れているように思います。別の作品「一人二役」に登場する新妻に乱歩夫人の面影があると、乱歩の甥に当る松村喜雄氏が指摘していますが、僕は、主人公の夫が役所勤めをしていることも含め(乱歩は短期間ですが東京市役所に勤めています。大正9年、乱歩が結婚して数ヵ月後のことで、正に新婚時代に当っています)、「接吻」の家庭描写には、乱歩自身の新婚生活が或る程度反映しているものと考えています。何の本で見かけたのか忘れましたが、新婚間もない乱歩夫妻が火鉢だか卓袱台だかに向かい合って笑っている写真があるのですが、まさに「接吻」の一場面を髣髴とさせるものでした。
更に「接吻」の非常に特異な点は、結末で作者自身が論評(?)を加えている点です。
「だが読者諸君、男というものは、どんなに邪推深く陰険に見えても、実際はお人好しなものなのだ、そして女は、どんなにねんねえで純真に見えても、心の底では陰険なのだ」(思い出して書いているので、原文とは異なっていますが)などと、突然、作者の乱歩が顔を出し、意見を述べています。これも他の作品では余り見られない点で、この考え方自体は、別に乱歩独自のユニークなものでもなく、ありふれた考え方だとは思いますが、余りに男性本位な主張が、乱歩の女性観の限界を示しているようにも思えます。まあ、大正時代の話ですから、時代の制約上、仕方ないものとしたいですが。
以上より「接吻」は、小品として軽く扱われがちであっても、作者である乱歩の女性観を考える場合には見逃せない、貴重な作品であると思います。
[43へのレス] 乱歩の女性観 投稿者:マリィ 投稿日:2004年6月28日00時38分松村武さま>レス有難う御座います。
松村さまの挙げた2作品を先に読んでからこの作品を読んだので、姦通罪についてなどとは、カケラも考えませんでした。(笑)
この3作品については男の松村さまと女の私とではこうも見解が違うんだなと思いとても興味深く感じました。
私は「接吻」の主人公が一番迂闊だったと思いました。女としてですが・・・。でも・・・そんな迂闊な女のほうが幸せに也勝ち・・・。
それは昔も今もあまり変わりません。
身につまされます。
乱歩の女性観。
多面体のように思います。
夫人との生活を思えば、普通に男の人として上にあげた3作品のような、迂闊、臆病、でも芯は通っていて・・・というように。
一方では「人でなしの恋」のように、乱歩自身の女性化です。
とても松村さまのように、理路整然と表現できませんが。とても興味深いテーマだと思いました。
有難う御座いました。
[43へのレス] Re: 「接吻」読みました 投稿者:松村武 投稿日:2004年6月28日17時52分>マリィさま
なるほど、「接吻」のような小品でも、色々な感じ方があるものですね。僕の感想は、どうも理に勝ちすぎたもののようです。そもそも、夫の邪推の方が絶対に真相であったかどうかは分かりませんしね。
この作品に関する女性側の感想を聞くのは初めてだったもので(同じ男性側の感想も余り聞いたことありませんが)、僕の方も先入観に囚われ過ぎていたようです。
[42] 「魔法人形」の疑問点 投稿者:愛彦 投稿日:2004年4月7日21時22分初めまして。登録後すぐにお邪魔しました。
「少年探偵団読本」に騙されて?「魔法人形」を数年前に読みました。
その時感じた疑問については、少年物だから考えるだけ野暮と諦めていましたが、
ここなら作者も想像もつかない?解答が得られるようなので・・・。
1.紅子が人形のような「かたくて、すべっこい」肌をしていたトリックについては、明かされていません。
どのようにしてルミにそう思わせたのでしょうか。
2.なぜ二十面相はこの時に限って「地獄の道化師」の犯人を真似て、
赤堀老人を焼き殺そうとしたのでしょうか。
3.紅子と「ユリ子人形」は同一人物なのでしょうか。
・・・「魔法人形」を導入部だけ原作に忠実にして、
実相寺昭雄監督でまたも「危ない映画」にするのが僕の夢です。
[42へのレス] Re: 「魔法人形」の疑問点 投稿者:地下室の道化師 投稿日:2004年4月8日21時18分少年物で乱歩に触れたものです。
1に関しては私も1年に1回ぐらいは読み返しているのですがそれだけはどうしてもわかりません。鉄塔の怪人でもおばけカブトムシが消えるトリックは明かされていないので、二十面相の魔法には少年探偵団でも小林君でも解き明かせない本当の魔術があったのではないでしょうか。僕の解釈としては、プラ板をつけるというのを思いつきましたがそれでは間接が曲げられないのでわかりませんでした。
2はむろん、血を見るのが嫌いな二十面相だからでしょう。
3は、たぶん違う人形だと思います。なぜなら少年探偵団の語り口としては、「あっ!その顔!読者諸君は見覚えがあるでしょう、紅子人形と同じ顔ではありませんか。しかしサナエちゃんはそんなこととは夢にも知りません。」みたいなのが決まり文句でしょう。なのでたぶん違うと思います。
と偉そうに語ってみたのですが↓のような前科があるので、間違いなどございましたら他の先輩方に訂正していただければ幸いです。
ところで実相寺昭雄監督ってどのようなお方ですか?
[42へのレス] ありがとうございました 投稿者:愛彦 投稿日:2004年4月10日21時05分地下室の道化師さんへ
早速の御回答、有難うございました。
1はプラ板ですか・・・。謎は謎のままでいいのかもしれませんが、
やはり何かこじつけたくもなります。
3については確かにその通りですね。
この頃二十面相に協力する美少女(「少年探偵団読本」参照)は、
複数存在した訳ですね。
二十面相は美少年好きなだけでなく、美少女達にも慕われていたことになります。
ただ2に関しては疑問が残ります。
二十面相は「血を見るのが嫌い」でも、焼き殺すのは平気だったと言うことでしょうか。
この頃のドラマ化や漫画化で、二十面相はドロドロした悪人にされてしまっているようです。
原作の二十面相は「悪人の皮を被った優しいおじさん」だと信じている僕としては、
この時は何かの間違いだ、と思いたいのですが・・・。
実相寺昭雄監督については、とにかく
「屋根裏の散歩者」「D坂の殺人事件」の二本をご覧下さい。
乱歩作品の映像化の常として、賛否両論はある筈ですが、
力作であることを否定する人はいないと思います。
[42へのレス] 暴力的な二十面相 投稿者:じゅう 投稿日:2004年4月21日22時53分昭和32年の二十面相は異彩を放っていますね。
「妖人ゴング」「サーカスの怪人」「魔法人形」と並べてみればすぐわかるように、人を殺すことにためらいがなさそうです。戦前の紳士的な彼にこの時期なにか劇的な心境の変化があったのか、それとも「遠藤平吉」は二十面相の名を騙ったもう一人の二十面相なのか、と想像は膨らみます。
[42へのレス] Re: 「魔法人形」の疑問点 投稿者:ボケッと小僧 投稿日:2004年4月22日21時14分じゅう様
むしろ、それが二十面相の本性のような気がします。第一話でもそうだったのですが、彼は人を殺していませんが、犬を殺しています。また明智探偵は初対決で赤っ恥をかかされたことで「僕を殺したいほど憎んでいる」と言ってます。つまり、二十面相の本性は人を殺すことにためらいはない。しかし、人を殺しだすと暴走に歯止めがかからなくなる。それ故凶暴な本性を封印しているのではないでしょうか?先ほどの明智の台詞は二十面相の本性をいいあてていると思います。
[41] 乱歩館できるそうです 投稿者:くみこちゃん 投稿日:2004年3月18日00時28分鳥羽のみなとまち文学館が増築して、乱歩館ができるという情報を得ました。乱歩の直筆エッセイの「ニ少年図」が目玉らしいのですが、これはあの岩田準子さんのデビュー作「ニ青年図」にちなんだものですね、きっと。
[40] 江戸川乱歩推理文庫 投稿者:1960 投稿日:2004年3月15日14時51分はじめまして(だと思います)
以前、講談社より刊行された『江戸川乱歩推理文庫』には、皆様
ご承知のとおり、異本が存在します。ひとつは『うつし世は夢』
の初版と再版本(目次の有無)もうひとつは『吸血鬼』のカバー
仮面色(初版は赤仮面マーク=間違い・再版は青仮面マーク)
幸い、私はこの『青仮面版・吸血鬼』を所有しているのですが、
一体この再版本の帯付(青帯)なるものは存在するのでしょうか。
ご存知の方、ご教示いただけますと幸いです。
[40へのレス] Re: 江戸川乱歩推理文庫 投稿者:浪越警部の部下 投稿日:2004年3月19日21時20分 『赤仮面版・吸血鬼』は、発売直後に書店で確かに見ました。少年ものは赤、大人向けは青、と区別していたのにこれだけが赤いのに違和感を感じました。並んでいてもとても不自然でした。単に出版社側のミスのようで、その後、全巻書店から消え去ったのでありますが。
3年ほど前、古本屋で全巻揃いで買いましたが、その時、「吸血鬼」が赤だったらかっこ悪いなと思っておりましたが、青版でした。奥付を見ると第1版となっておりましたが、その上の価格の欄は「カバーに書いてます」という由のシールがはっております。当時、消費税導入で、慌ててシールをはって価格改定をしていたのが伺えます。その時、青版にカバーも付け替えたのでしょう。
私の所蔵の「うつし世は夢」は目次はありません。シールはなく「定価440円」と書いております。
切手の世界では印刷ミスは高額なプレミアがつくそうですが、江戸川乱歩推理文庫ではどうでしょうかね。
[40へのレス] Re: 江戸川乱歩推理文庫 投稿者:1960 投稿日:2004年3月23日11時06分>浪越警部の部下さま。
RES、ありがとうございました。
>その時、青版にカバーも付け替えたのでしょう。
ご指摘のとおりですね。また、私は直接確認できてはいないのですが「赤仮面版・吸血鬼」を講談社に申し出れば「青仮面版」に交換するという広告も存在したようです。
「うつし世は夢」は確か第1回配本だったかと思います。これも再版時に目次を加えたということなのでしょう。
>切手の世界では印刷ミスは高額なプレミアがつくそうですが、江
>戸川乱歩推理文庫ではどうでしょうかね。
ごく一部のマニアの間でということになるのでしょうか。
所蔵している私が言うのも何ですが、推理文庫の古書価格というのは高過ぎるの一言です。
[40へのレス] Re: 江戸川乱歩推理文庫 投稿者:浪越警部の部下 投稿日:2004年3月26日21時06分1960さま
>所蔵している私が言うのも何ですが、推理文庫の古書価格 というのは高過ぎるの一言です。
仰せのとおりです。全集として赤仮面カバーの件などもそうですが、不備な点が多すぎる代物なんですよね。「乱歩と私」というエッセイも、ないほうがましなのもありますしね。
乱歩作品が一番多く収録されている、それだけがとりえの全集ですよね。光文社、がんばれ!
[39] はじめまして 投稿者:かさの 投稿日:2004年3月8日23時18分こんばんは。はじめてお邪魔します。
今陰獣と孤島の鬼をよみおえたばかりのかさのといいます。
とってもとってもこわかった・。・・・・
いやーすごくこわかったです・・・
こんなにこわかったのすっごいひさびさです。
特に孤島の鬼。
それにしてもゲイの青年はかっこよかったです。
主人公が秀ちゃんという女性を見つけたとき読んでいて私も疎ましくなりましたw
読んだばかりでうまくかんがえられません。
とってもこわかったんだけど、もっといろんなことしりたい・・・そう思ってこのサイトにお邪魔しました。
ではではしつれいします
[39へのレス] Re: はじめまして 投稿者:ゆきこ 投稿日:2004年5月21日20時59分こんばんは。
私は中学の頃にはじめて孤島の鬼を読みました。
未だに読み返し読み返ししてます。
も〜!諸戸大好き!!
あの怪しい科学者と言う設定、
モーニングコートの似合う長身
たまりません。
箕浦君が遺灰を飲み込んだシーンも何とも素敵です。
物語の入り組み入り組んだ構成
誰もが一度は想像したことがあるような
脱出不可能な迷路、、、
すべてが怪しくってきれいで大好きです。
乱歩自身も、陰獣、孤島の鬼が最高傑作だと言っていたよう。
「道雄は、最後まで父の名も母の名も呼ばず、
ただ貴方からの手紙を握り締め貴方の名前を
呼び申し上げ候。」
泣けてきます。乱歩万歳。諸戸万歳。笑
[38] no title 投稿者:くみこちゃん 投稿日:2004年3月4日01時27分乱歩小説の紹介で足りないものがあった。筒井ともみさんの月影の市と岩田準子さんの二青年図です。失念はいいけど削除はいけません、誰でも削除されたらいい気分はしないはず。あなただって。
[38へのレス] Re: no title 投稿者:アイナット 投稿日:2004年3月5日01時19分意味がわかりません。
そもそも削除とは、「いったん記録した事実」を消すことを言う単語であると解していますが、この「いったん記録した事実」がそもそもありません。
どこかのサイトと勘違いされているのでしょうか。
それと乱歩小説の紹介で足りないものは、いくらでもあると思います。おそらく95%は不足しているでしょう。情報提供は歓迎致しますので、どうぞ情報を下さればと思います。更に現物提供ならば、確実に紹介記事としてアップされることでしょう(汗笑)
[37] 乱歩の東京。 投稿者:電人M 投稿日:2004年2月26日23時06分若い頃、「乱歩の東京」と言う写真入りの本を読みました。
この本が出版された80年代初頭に残って居た、大正末期から昭和初期の建築物の案内本です。つまり乱歩っぽい気分を当時の建物で味わう本でした。あれから時間が経ちました。バブルは東京の街の変遷に拍車を掛け、今はその収まりも付かないと聞いております。
この「乱歩の東京」(パルコ出版刊)お読みになった方いらっしゃいましたら、本と比較して、東京がどの様に変わったかお知らせ下さい。私は北海道の実家へ戻ってから、東京に縁がありませんもので…。宜しくお願い致します。
[37へのレス] Re: 乱歩の東京。 投稿者:アイナット 投稿日:2004年3月5日01時15分私は東京人ではないので応えられませんが、レトロな建物が次から次へと消えていくのは寂しい限りです。
私の希望としては、地下を近代化し、地上は昔ながらの風景を復活させていって貰いたいものです。
あるいは都道府県単位で、どこかの自治体が、レトロな都市作りで個性を発揮すべきです。日本の都市は個性が無さすぎるように見えますので。
もちろん既存の建物も大事に改修していく方向で。
と、全然関係ないレスになってしまい、申し訳ありません
[36] 明智探偵事務所は誰がついだか? 投稿者:↓の地下室の道化師 投稿日:2004年2月25日22時04分先日お世話になったものです。明智小五郎研究をしてて、乱歩Rの矛盾を推理?したことを書きたいと思います。長文ですがお付き合いください。
まあ乱歩R自体がパスティシュなのですが、私が思ったのは、明智小五郎と文代夫人の間に子どもがいたとして、果たして子どもに事務所を継がせるだろうか?ということです。
私の意見はNoです。明智探偵があんなにもかわいがり、そしてお互いを信頼した小林君を差し置いて、自分の息子に探偵事務所を継がせるはずはありません。小林君には、自分の探偵学を全て注ぎ込み、「大金塊」や、二十面相との対決の時にはわざと敵に誘拐させ、探りを入れさせました。また「妖怪博士」の時には敵の調査を全て任せていたりしました。そのような大変な仕事を引き受けたのも、小林君が明智先生を深く尊敬し、「ぼくにできることなら」という、明智先生のためなら例え火の中水の中、という気持ちがあったからだと思います。明智先生もその気持ちはわかりすぎるほど察していたでしょう。なので
「小林君、今まで僕のためによくがんばってくれたね。君がもし希望するなら、この事務所は君に継ぐことにするよ。少年探偵団のことも、よろしく頼んだよ。」
「先生!ありがとうございます。僕がんばります!」といった感じで、小林君が拒否しない限りは、明智探偵事務所は小林芳雄探偵が継いだと思われます。
さらにもう一つは、明智探偵は子どもを探偵という職にはつかせなかったと思います。明智探偵の冒険はスリルと同時に、常に生命の危険をはらんでいました。また「人間豹」の時には、文代さんが本当に殺されそうになったこともありました。自分たちは冒険好きとはいえ、明智夫妻は愛する子どもを危ない事件の中に入れるようなことはしなかったと思います。
仮に明智夫妻の子どもがどうしても探偵になりたいと言ったら、小林君の元で厳しい修行をさせ、小林君に全てをまかせたでしょう。小林助手を差し置いて探偵を継がせるなんてことはなかったことでしょう。
(ましてや孫にまで継がせて、邪魔者扱いするなんてもっての他です。それにあんな傲慢な人間を所長にするわけがありません。)
みなさん同じ事はお考えかもしれませんが、書いてみました。お付き合いありがとうございました。
[36へのレス] Re: 明智探偵事務所は誰がついだか? 投稿者:アイナット 投稿日:2004年3月5日01時11分投稿ありがとうございます。
現在まで判明しているところによると、「乱歩R」の世界では、明智小五郎には一人娘がいるのみです。息子はいません。ですので、第一の疑問は成立しないと思います。正式に継いだという儀式があったのかどうかも謎です。
第二の疑問についても同様です。明智の娘自身が探偵であったかどうかは謎です。あるいはもしかしたら小林少年も働き盛りの年齢の時には所長をしていたのかも知れません。(もしかしたら二代目明智の娘夫妻現役探偵時代の所長かも?)
とりあえず最終回で明智の娘の謎が解けるかも知れませんので、最終回二話を待ちたいところですね。
[36へのレス] Re: 明智探偵事務所は誰がついだか? 投稿者:↓の地下室の道化師 投稿日:2004年3月7日00時22分アイナット様、レスありがとうございました。それと先日のメールもありがとうございました。メールチェックせずに気づかず申し訳ありませんでした。
投稿内容はお恥ずかしい限りです。乱歩R見た瞬間から↑のように妄想していましたので・・・最終回、とても面白そうなので、逃さず見ようと思います。では
[33] 教えてください。少年探偵団 投稿者:薬師台探偵小説協会会 投稿日:2004年1月29日23時59分いつもROMさせていただいてます。(一度だけ書き込んだことがありましたが・・・)
高校の自由研究の時間で明智小五郎の研究をしております。そして明智小五郎がでてくる事件簿をすべて読んだのですが、「名探偵事典 日本編」を読んでみると、少年もので、ポプラ社版でも、講談社65巻シリーズにもでてこない作品、「ふしぎな人/名たんていと二十面相」「かいじん二十めんそう(たのしい二年生)」「かいじん二十めんそう(たのしい一年生)」「怪人と少年探偵」というものを発見しました。これらの作品はどうすれば読むことができるのでしょうか?ぜひ教えてください。よろしくお願いします。
[33へのレス] Re: 教えてください。少年探偵団 投稿者:じゅう 投稿日:2004年1月30日21時46分はじめまして。
お探しの作品についてですが、
「ふしぎなひと」「かいじん二十めんそう」については、
2002年に光文社文庫より刊行された「少年探偵王」に収録されております。比較的入手しやすいと思います。
「怪人と少年探偵」は私の知る限り単行本化はされておらず、光文社文庫の江戸川乱歩全集を待つ状態になると思います(高校の課題として読むのにはちょっとキツいですね)。
[33へのレス] Re: 教えてください。少年探偵団 投稿者:薬師台探偵小説協会会 投稿日:2004年1月30日23時46分ありがとうございます。古本屋でも探してみます。それと、「かいじん二十めんそう」は「名探偵事典」を見てみると二つあるみたいなのですがどう違うのでしょうか?
もし研究がまとまったらネットで公開したいと思います。ありがとうございました。
[33へのレス] 追記 投稿者:浪越警部の部下 投稿日:2004年2月13日18時39分「怪人と少年探偵」のほうですが、東京創元社の雑誌「創元推理」で紹介されたことがあります。どの号かははっきりと覚えていませんが、95年から97、98年あたりだったと思います。雑誌に連載された時のがそのまま復刻されています。
図書館などで探してみればいいでしょう。
「怪人二十めんそう」は[たのしい2年生]に連載されたものと、[たのしい1年生]に連載されたものの二つあります。どちらも光文社の全集に収録される予定です。
大まかな粗筋でしたら「少年探偵読本」(1994年・情報センター出版局)に書いています。
[33へのレス] どうもです。 投稿者:↓の地下室の道化師 投稿日:2004年2月25日22時02分そうですか〜〜、毎月の配本が楽しみですね!!
[32] 大暗室 投稿者:あいこ 投稿日:2004年1月25日16時22分はじめまして。さっそく質問なのですが、「大暗室」の意味がよくわかりませんっ!あ、私は大人向けに書かれたほうの大暗室は読んでなくて、少年探偵団シリーズの大暗室しか読んでないんですけど、何がわからないのかって、大曾根と二十面相についてです。彼らは同一人物なんですよね?とゆう事はあの二十面相が殺しをしちゃったって事ですか?あんなに、おれは殺しは嫌いだ、血を見るのはいやだ、と言ってたのに、財産&黒ダイヤ欲しさに三国船員(明智小五郎)と有明博士を撃って、京子ちゃんを殺そうとしました。おかしいですよ。二十面相はそんな事しないですよね?しかもプール付近で明智に見つかったあと、また明智を焼き殺そうとしてるし…。おかしいです!本当に大曾根と二十面相は同じ人なのですか? 何度も読み直したのですが、やっぱりよくわかりません。
[32へのレス] Re: 大暗室 投稿者:黄光明 投稿日:2004年1月26日23時33分あいこ様:
「大暗室」は、本来大人向けの小説で、少年向けにリライトされたポプラ社のそれとは、プロットが大分異なります。そもそも「大暗室」自体は、怪人二十面相は登場しません。名探偵明智小五郎も、後半に大曽根竜次が探偵の名前を語って新聞記者らをおびき寄せる一件がありますが、明智探偵そのものも登場しません。大曽根五郎とその息子竜次と言う親子二代の極悪人の話です。
ポプラ社から少年向けにリライトする際に、子供向けにしてはあまりにも不適切なシーンが多いため、なるべく健全な冒険小説として書き上げるべく、怪人二十面相物に仕立てたわけですが、平気で殺人を犯したり、少女を水槽に閉じ込めたりと、およそ二十面相らしからぬことをしでかしており、全体的に無理があり、ぎこちない作品に仕上がってしまいました。
まあ何はともあれ、あいこさんも一度「大暗室」の大人向けの小説をいっぺん読んで見てください。疑問は解決しますよ。創元推理文庫から出ている「大暗室」は、挿絵がふんだんに載っているので、あたかも少年物を読んでいるような気安さでグイグイストーリーに吸い込まれて行くことでしょう。
[31] 演じてみたい乱歩・伝 投稿者:小笠原功雄 投稿日:2004年1月21日21時07分ネタバレ掲示板をお借りして。
演じてみたい乱歩キャラ、とか好きなキャラというアンケートは以前もよくありますが、私は一寸変なことを思いつきました。乱歩の小説ではなくノンフィクションで、演じてみたい乱歩の生涯、乱歩自身でなくとも演じてみたい場面というのはありませんか。先ずは口開けに私が。『続幻影城』収録の『科学小説の鬼』をはじめて読んだ時から、この乱歩の家に突然押しかけて来たSFファンの青年を演じてみたい。大乱歩を前に恐れ気もなくアメリカ行きとSFへの夢を語る向こう見ずな青年は、乱歩にはきっと眩しく映ったに違いない。乱歩の目をSFに向けさせるきっかけとなったこの青年、後の日本SF界の長老『矢野徹』を私は演じてみたいです。
[31へのレス] Re: 演じてみたい乱歩・伝 投稿者:黄光明 投稿日:2004年1月27日00時18分おお!乱歩の自叙伝的な話で演じてみたいキャラですか!?
ちょっと難しいですね。「RAMPO」映画で登場した、乱歩の編集者としての横溝正史を演じてみたい気もしますし、乱歩氏と交流のあった評論家中島河太郎氏も演じてみたいところですが、乱歩氏の弟というのも演じてみたいですね。乱歩氏の弟も、ミステリーをいくつか発表していたようです。兄乱歩の影に隠れて、作品も少なく、あまり有名ではなかったようですが、僕自身も乱歩の弟の作品については、噂で知っている程度で、まだ読んだことがないので、もしあるならば、是非読んでみたいですね。
[30] 思いっきりネタバレありの「魔術師」における登場人物の心理的矛盾 投稿者:黄光明 投稿日:2004年1月4日17時18分江戸川乱歩の名作「魔術師」。プロット的には文句なしの傑作であると思うが、よくよく吟味してみると、登場人物に心理的矛盾のあることに気づく。この話の骨子は、復讐鬼である魔術師が、親の敵として玉村一家に復讐を加える手段として、自分の娘妙子と、玉村の娘文代を摩り替えることにより、妙子が物心ついた頃に実の親子の名乗りをあげ、復讐心を吹き込ませることにあるわけだが、そんなに都合よく自分と敵に、同時期に娘が生まれて、しかも同じ病院に居合わせると言うのは、偶然にしては出来すぎていないか?まあこういうツッコミはひとまず置いといて、妙子が、いくら奥村から復讐心を吹き込まれたとしても、今まで自分の身内と信じてきた玉村氏や一郎二郎の兄弟達に復讐してやろうという気が起きるものかどうか疑問を感じる。また逆に奥村が摩り替えた娘文代を自分の娘として育てているが、文代は性格が優しく、父親の復讐計画に胸を痛めていたのもよく解らない。文代も復讐計画を奥村から聞かされているのに、妙子が同調したように、なぜ文代も奥村に同調しなかったのかもよく解らない。もう一歩突っ込むならば、奥村は、なぜ文代を自分の娘として育て上げて来たのかがよくわからない。文代は、もともと玉村の娘であり、そうだとしたら、奥村氏にとって、文代こそ敵の子であるのだから、真っ先に始末するべき対象であるはずなのに、なぜそうしなかったのかが解らない。
最近「魔術師」を再読してみて、単純にこのような疑問を持ってしまいました。「魔術師」未読の人は、ネタバレありとタイトルに明示してあるので、くれぐれも開かないでほしいと思います。
[30へのレス] Re: 思いっきりネタバレありの「魔術師」における登場人物の心理的矛盾 投稿者:ボケッと小僧 投稿日:2004年1月10日18時11分黄光明様
ご意見、興味深く拝読しました。僭越とは思いますが、お考えに対する私見を述べさせていただきます。ご気分を害されるかもしれませんが、貴意を尊重こそすれ否定するものではないことを付け加えさせていただきます。
>妙子が物心ついた頃に実の親子の名乗りをあげ、復讐心を吹き込ませることにあるわけだが。
恐らくは、奥村は物心ついたころの妙子に言葉巧みに近づき、たとえば親の敵を討つために子供は相手の家の子供を装うものだなんてありもしない実例を出して、信用させたのではないかと思います。
>妙子が同調したように、なぜ文代も奥村に同調しなかったのか。
文代は自分が奥村の娘でないことを薄々は感じていたのではないでしょうか?手前味噌ですが私の書いた妄想贋作小説「二人袖乞い」では文代には魔術師事件の五年ほど前から、奥村に折檻される度に慰めてくれる女性が夢枕に現れることにしておきました。いつしか彼女はもしかしたら本当の母親ではないかと思うようになり、収監中に今度はその女性が玉村氏と一緒に現れるようになります。そして二人で慰めたり励ましたりしてくれるのです。事件後、彼女は玉村家に戻って仏壇の遺影にびっくりします。(ミエミエだったとは思いますが、もうこれで二人の○食の正体はわかっちゃったと思います)
>文代こそ敵の子であるのだから、真っ先に始末するべき対象であるはずなのに、なぜそうしなかったのか。
やっぱ、最後までとっとくつもりだったのでしょう。実の父と兄の惨死体を見せて妙子と二人で一寸試し五分試しだったのでは。
そして私からの疑問
明智は何故、あの大男の正体をすぐさま見抜けなかったのか?
自己レスになっちゃいますが、心のどこかに妙子に恋心を残していたのでしょうか、それとも……?
[29] どなたか教えて下さい 投稿者:らんぽう 投稿日:2003年12月8日18時11分乱歩で卒論を書いているのですが、ちょっと疑問があります。「心理試験」は倒叙探偵小説(ドラマ・古畑任三郎や刑事コロンボと同じく犯人が読者に知らされており、その犯行トリックや動機を探偵が如何に解決するかが主題になる)の形式をとってますが、これって日本ではじめての倒叙探偵小説といってしまっていいのでしょうか?他にこの作品以前に倒叙形式で書かれた日本の探偵小説をご存知の方がいれば教えていただきたいのですが…
乱歩はフリーマンの「唄う白骨」と言う作品の話を聞いたのが倒叙探偵小説の存在を知った最初だと言ってるのですが。
[29へのレス] Re: どなたか教えて下さい 投稿者:アイナット 投稿日:2003年12月28日05時14分基本的に「心理試験」が倒叙形式の本格探偵小説だと思っていいと思います。それ以前と言えば、「新趣味」とかの中からピックアップする必要がありますが、枚数的におそらく倒叙の形で本格物(非犯罪小説)というのは無いかと思われます。
ただこのサイトに書き込んで下さっている松村武さんの数年前の書き込みに、乱歩の「双生児」が倒叙物であるかもしれない、というものがありました。
その是非はともかくとして、倒叙探偵小説をテーマに卒論をお書きになるのであれば、注目すべき点かもしれません。
[28] 乱歩原作の映画化 投稿者:snow 投稿日:2003年12月1日21時51分はじめまして。snowと申します。
江戸川乱歩原作の映画化って少ないと思いませんか?
映画化してもビデオ化が難しいからという噂を聞いたのですが、本当なのでしょうか?
各種団体の方の反対があるからとかなのでしょうか?
近年映画化されたものは、ビデオ化されていますが「芋虫」か「虫」を映像化したものはビデオ化できないと聞いたことがあります。
理由をご存知の方がいらっしゃったら、是非教えて下さい。
[28へのレス] Re: 乱歩原作の映画化 投稿者:アイナット 投稿日:2003年12月28日05時15分う〜ん、私個人的には、乱歩原作の映画化が少ないと思えませんので、何ともいえないですね。90年代だけでも十分多いような気もしますが?
[28へのレス] Re: 乱歩原作の映画化 投稿者:黄光明 投稿日:2004年1月4日16時49分少ないのだろうか?昔の映画には、乱歩原作の映画は、結構あったように思う。去年の2月頃、池袋新文芸座で、乱歩原作の映画上映を結構長い期間やっていましたし。多いか少ないかは、基準をどこにおいて言っているのか、今一つ見えません。
「芋虫」の映画化の話は、昔ありました。角川映画であおい輝彦主演の「陰獣」の続編として、萩原健一を須永中尉役に据えて映画化する予定だったのが、諸般の理由で没になったとか言う話を聞いたことがあります。
「芋虫」「虫」などは、映像化は困難でしょう。技術的な問題もさることながら、人権的立場、倫理的な問題が絡んで、より映像化を困難なものにしていると思います。
[27] 『何故、明智は格好良いか』 投稿者:小笠原功雄 投稿日:2003年11月10日23時07分創元文庫版待望の『悪魔の紋章』を読む。そして乱歩定番?の自註自解のフレーズが目に留まった。『私は探偵が犯人であったというトリックをたびたび使っている』
そういうときに限って明智探偵は後半になってやっと登場して、一般に評論家はそれを「唐突」と評することもしばしばだった。いやそもそも長編に登場するずっと以前の『何者』でも明智の登場はラストだったがこれを唐突と言って批判する声は聞いた事がない。むしろ『劇的』で格好いいではないか。
では、『唐突』でない場合の長編は、どうだろう。明智探偵が比較的早く登場する『人間豹』は先刻ご存知の通り、怪人とのおっかけっこに終始するスリラーであり、それ以外では明智探偵の代わりに?一冊しか登場しない名探偵が出てくる。何故そんな探偵が出てくるのか、評論家は、いきなりドジを踏んだりする格好悪い姿は明智には似合わないからだろう、と推測している。しかし私は探偵の本当に格好悪い姿は別に有ったのではないか、と考え出した。
ここで私自身の、横溝正史の金田一探偵ものの読後感を思い出した。切れ味の鋭い中短篇の方が面白い。しかし長編は、代表作といわれる、かの『獄門島』も読んでも次の被害者が誰でいつ出るのか明らかなのに、この探偵は何をぐずぐずしている!と思った。
単に私がへそ曲がりなだけとは限らない。これと似たこととしては、映画化された時に映画評でしばしば、金田一の推理が遅すぎる、という感想を読んだ。
こうなると更に思い出されるのは戦前、というか昭和初期の乱歩のエッセイだ。ヴァン・ダインの長編を評して探偵ファイロ(フィロ)・ヴァンスが名探偵のように書かれながらいつまでたっても推理をしない、という不満を述べていた。
本格長編推理小説の構成上、一人殺されて延々と取調べが続くと読者に退屈といわれ、それを補う為?には薀蓄で無駄話(諸々の作者に失礼だが・・・)。さもなければ、探偵は目をつぶって?連続殺人を犯人に許さねばならない。
戦後の横溝は後者を選んだ。金田一の目前で人が殺されまくる。だから彼は格好悪いのだ。
戦前の乱歩も英米流の本格長編の構成上、名探偵は連続殺人事件をくい止められない「迷」探偵であることを心得ていたと思う。
だが乱歩は明智小五郎を短篇の世界から中長編の舞台に上げるにあたり、構成よりも彼を「名」探偵のままにすることを選んだ。だから彼は長編の物語前半はいつも不在だ。登場すれば推理をしなければならないから。犯人が一通り殺し終わった頃、彼はようやく物語に参加しこれまでの「経過」を聞いてさっそうと推理する。(もし名探偵が最初から登場して推理するとどんなみっともないことになるか?「黒死館殺人事件」の法水のように外しまくりだ。)
明智の名探偵振りを引き立たせるには?明智に劣る探偵に右往左往させといた後を引き継ぐのでは不十分だ。明智に匹敵する活躍をしながら犯人を捕まえられない探偵、明智に『後から出てきておいしい所をさらっていくな』と苦情?を言わない探偵、それは『犯人』しかいないだろう。
[26へのレス] Re: no title 投稿者:てすと 投稿日:2003年9月3日01時05分レステスト。しかし仕事で精神的に苦しいのに、こんな時期にcool・・・・・・・。
[27へのレス] Re: 『何故、明智は格好良いか』 投稿者:アイナット 投稿日:2003年11月18日00時08分小笠原功雄さん、返事が遅れてしまい恐縮ですが、名探偵論ありがとうございます。
明智の格好良さ、確かに後半登場の妙もありますね。ただ「魔術師」や「暗黒星」のようなヘマをしたあと、後半活躍するケースもありますね。しかしそのヘマすらも香辛料の如く物語を彩る重大要素にしてしまうところが明智のえらい所でしょうか。
蛇足までに、いきなり平成の話になりますが、麻耶雄嵩のメルカトル鮎に言わせると、名探偵は長篇にはまったく向かないそうです。なぜならば謎を提示されたら、たちどころに解決してしまうからとか。
[27へのレス] Re: 『何故、明智は格好良いか』 投稿者:小笠原功雄 投稿日:2003年11月18日22時45分あら、お恥ずかしい!!新本格派に、とっくに先越されていましたか・・。
[25] 珍説・文代さん健在なり! 投稿者:ボケッと小僧 投稿日:2003年8月18日21時00分我らのマドンナ、明智文代さんは「人間豹」以後、台詞を伴って登場したのは「虎の牙」と「透明怪人」の二作、明智邸にいることが確認できたのは「鉄塔の怪人」が最後となり、その後「凶器」「化人化戯」「黄金豹」の三作で療養所へ行ったことが伝えられ、その後どうなったかは一切触れられていません。一部には死亡説や二十面相の恋人になった説もありますが、そんなことはありません。文代さんは健在です。その根拠は「仮面の恐怖王」にあります。
二十面相は過去の事件を再現するという作戦を取るようになりました。これは明智に「疵」として残っている事件を思い出させて精神的にゆさぶるのが目的です。こうして「仮面の恐怖王」では文代さんとの馴れ初めを思い出させようとしますが、明智はどう思ったか、何事もなく、(意趣返しのごとく)「魔術師」同様のやり方でアジト船の脱出に成功しています。この間の明智は揺さぶられるどころか冷静そのものです。これは何故でしょう、文代さんが健在だからに他なりません。明智は「人間豹」を見てもわかるように文代さんがさらわれた時、救出に向かう時、平常心を失っています。明智はそれほどに文代さんを大切にしています。結婚後は専業主婦にさせ、「透明怪人」では先んじて替え玉を用意したほどです(二十面相の文代さん拉致計画はこれが最後です)。もしも文代さんが一説どおり、亡くなっていたら、明智はアジト船で平常心を失っていたことでしょう。恐らく文代さんは健在で、療養というのは表向きで、事件に巻き込まれないようにするために匿っているのではないかと思います。私の脳内妄想改ざんバージョンではボートを漕いで脱出した明智の前にいつしか文代さんが現れます。舞台はここで海上から湖上にかわり、別荘で静養する文代さんをボートに乗せ、二人で馴れ初めを懐かしあいます。そして明智は求めに応じて「風と波と」を歌って聞かせ、文代さんは扇の向こうで高貴な笑みをたたえます。
(脳内妄想、書きたいけど、俺って推理小説書けないんだよなあ……)
さて二十面相の、昔の事件再現作戦ですが、それは「赤い妖虫」を読んだことがきっかけです。同作で明智が犯人一味に猛毒を刺されたことに二十面相は注目、早速「鉄塔の怪人」で再現して明智を揺さぶろうとします。だがここで二十面相は大失敗をします。読んだのは「赤い妖虫」、即ちリライト版です。本来の「妖虫」には明智は登場してなかったんです。そんな訳でバツが悪くなって再現作戦は引っ込めたんですが「魔法人形」で偶然にも「地獄の道化師」と同じ展開があったことに注目、再現作戦を再開します。そこで明智の聞疵として残っているであろう事件をピックアップ。手始めに「夜光人間」で「黄金仮面(国外逃亡)」を「超人ニコラ」では「猟奇の果(夢でよい、夢でよいのだ)」を実行します。しかし、明智の揺さぶりは失敗でした。なぜなら「黄金仮面」は逃げたものの明智に勝てなかったわけですし、「猟奇の果」は別の解決もあるからです。揺さぶるどころか逆に、甘かったですねえ……。では、「仮面の恐怖王」では……、きっとおのろけを言わせてメロメロにさせるつもりだったんでせう^^。