「蜘蛛男」雑感 <畔柳博士の自画自賛> 

※ネタバレなので、要注意。未読の方は読まないでください。
あまりにどうでもいいことだシリーズ


畔柳博士は作中、何度も何度も賊たる蜘蛛男の犯行のやり口を褒め称えている。
いちいち挙げていってみよう。

(1).「犯人は威張ってるのです。千両役者みたいに威張ってるんですよ。(中略)奴は奴の鮮やかな殺人振りを見せびらかしているのです。それに、奴は一ぱし芸術家気取りなんです。(後略)」
このセリフは里見絹枝を水族館の人魚にしてしまった事件を振り返った時の畔柳博士のセリフだ。聞き役は波越警部なのだが、文字通り、犯人を賛美している様が見て取れよう。続けて好敵手の存在を愉快だというセリフに繋がっている。これには親友の波越警部も眉をひそめざるを得なかったくらいだ。


(2).「恐るべき自信だ。殺人の予告ですからね。予告をしても決してつかまらぬという自信がなくてはできない芸当ですよ」
これは(1)のセリフの直後に、畔柳博士は胸中から富士洋子出演の招待状を取り出して、これは蜘蛛男からの次のターゲットを指名した挑戦状に違いないと大喜びしている際に出たセリフ。波越警部はあまりの論理の飛躍に外連味を感じたが、博士の予告ははったりではなかったのだった。


(3).「(前略)これまでの奴のやり口をごらんなさい。『いくら何でも、まさか』と思う様な、大胆不敵、突飛千万なことを、易々と為しとげて来ているではありませんか」
これは蜘蛛男が落とした四十九の×印が付いた東京地図を見て、四十九人の殺人目録と予測しきった事に対して、波越警部が否定したことを受けて、放ったセリフ。当時の波越警部でも蜘蛛男自身に言いくるめられたように感じたほどだった。
しかしさすがに畔柳博士も言い過ぎたと思ったのかしばし沈黙しているのが少し面白い。そして少し自分で喋りすぎたと考えたのかよくわからないが、波越警部の制帽の中から「親愛なる畔柳博士」で始まる挑戦状を発見することになるのだ。


(4).「魔術師の様ですね」
(3)の制帽への挑戦状に対して、波越警部がいつどうやって自分の制帽に手紙を隠したのかを不思議がる様子に対して、畔柳博士がしゃべったセリフ。ニヤニヤ笑っていたことから愉快でたまらぬ様子が見て取れる。しかし我々読者は「親愛なる畔柳博士」の文面を綴っている姿を想像することも愉快なのは言うまでもあるまいというものだ。
ちなみに残念ながら、畔柳博士は直後に現れた怪人・魔術師については知らないままに終わってしまった。彼ら怪人が同時期に動き出せばどのような名探偵をも窮地に陥っただけに怪人社会からすれば非常に惜しまれることであろう。


(5).「(前略)奴は自分の犯罪行為に、非常な誇りを感じている。英雄気取りなんです(後略)」
これは劇場での医者に化けて富士洋子誘拐計画に失敗した際の賊の置き手紙が波越警部に負け惜しみに過ぎぬと馬鹿にされたことを受けて畔柳博士が喋ったセリフ。決して負け惜しみではなく、必ず今日中に富士洋子を誘拐すると宣言しているとフォローするためだろう。この男にとって矜恃を保つことは一種の生命線なのだろうか。


(6).「(前略)あいつが一度でも約束を実行しなかったことがあるでしょうか」
(5)の後に富士洋子の寝室を防備する畔柳博士と波越警部の二人。にも関わらず波越警部が油断してあくびなどして賊を軽視していることが、畔柳博士には許せなかったのだろう。その後延々と蜘蛛男の偉大さを語って、波越警部を不安のどん底に陥れることに成功している。
しかも結果的に、富士洋子が人形に入れ替わったことが判明後も、あまりの出来事に狼狽する波越警部を相手に勝ち誇ったかのような態度を取る畔柳博士、文字通り愉快で愉快でたまらぬ様子がにじみ出ているではないか。


と、まぁこんな感じなのだ。蜘蛛男の畔柳博士がいかに芸術を愛する英雄、犯罪の英雄を誇ろうとしてかがよく分かるだろう。

(2009/06/26最終更新)

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