「蜘蛛男」雑感 <明智小五郎の失敗> 

※ネタバレなので、要注意。未読の方は読まないでください。
ここでは「蜘蛛男」事件に絞って、明智小五郎の失敗談を挙げていきたい。名探偵の視界に怪人しか目に入らなかったばかりに起こった悲喜劇とも言えるだろう。


忘却していた伏兵▼
 明智小五郎は帰朝するなり新聞記事などの情報から、畔柳博士邸と富士洋子の監禁された怪屋敷が隣り合っていることを把握し、野崎を買収して、その推理の確信を得た。
 が、大失敗したことにごく最近の新聞記事にも出たであろう平田東一の存在をすっかり忘れてしまっていた。あまりにも大物に集中しすぎて視野が狭くなっていたのが失態のもとだった。
 もっともこの点は先日酷い目にあったばかりの野崎三郎の無配慮こそを非難するべきかも知れぬ。しかし普通の人である野崎三郎は信頼していた権威畔柳博士の天と地がひっくり返るような瞬間だけに、著しく頭が混乱していたに違いあるまいから野崎への責任転嫁は酷である。蛇足だが、その後の野崎の精神が心配である。



▼銀行への連絡▼
 これは失敗かどうかは迷う所だが、畔柳博士の取引銀行へ電話が通じなかったときに、明智小五郎たちは自動車で直接出向いた方が速いと判断した。もちろん実際そうだったのかも知れないが、電話係を一人も残さなかったとしたら失態である。あの短時間でも確実に事情を把握できそうな波越警部か、その部下を残しておくべきだったのはないか?



▼富士洋子の心中事件▼
 これも犯人逮捕について尽力を尽くすあまりに人間心理をなおざりしてしまった結果が招いた失態であった。明智小五郎ともあろうものが何をしているのか? 時間はタップリあったはずなのに、捕縛後の計画を何も考えていなかったとは・・・。ここでも怪人との一騎打ちだけを楽しみにしてしまっていたあまり、対決後のアフターケアのことがおざなりになってしまっていたのが、痛恨の失敗を招いた。



▼蜘蛛男の最期▼
 怪人のピストルの弾を抜き取るのが明智小五郎の十八番であるのは御存じの通りだが、物語の大団円で行ったそれは失敗だったと言わねばならぬ。
 策士策に溺れるというはまさにこのことであり、明智小五郎は果たして蜘蛛男の生命を救い、結果的に法的な刑事罰を与えたかったかについては疑問が残ってしまうのである。既に挙げている失敗を鑑みても思えることだが、私は明智小五郎には他者のプライドを考える人間的な配慮が足りないのではないかと考える。明智小五郎には自身の満足を得るためだけに蜘蛛男の銃弾を引き抜いたとしか思えぬのだ。その瞬間は自己陶酔に浸ったことだろうことは容易に想像できる。もちろんあの時は味方の安全も考えねばならぬため、銃弾を引き抜いたのかもしれない。しかしあの状況で明智小五郎ともあろうものが、蜘蛛男の遅れを取るとは思えないではないか? そして蜘蛛男の自殺を防ぐつもりなら、その最期の傍観は何だというのだろう。大言壮語を放った後の自殺失敗者の暴挙を予見し得ぬはずはないような気がするのだが・・・。予見できぬなら暴挙が自殺ではなく反撃や逃亡の方向に向いたとしたらどうしたつもりか? ついでだが、平田東一の存在をまたもや完全に忘れていそうだ。彼らが最後の別れをしたことまで把握確認していたのだろうか?
 そもそも蜘蛛男最期の場面での銃弾抜き取りのシーンは蛇足だったと言えるだろう。

(2005/03/07最終更新)

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