「孤島の鬼」梗概と感想(ネタバレ有り)
自身は老人のように白髪と化しており、妻の身体にも不思議な傷跡があるという箕浦が語る不思議な恐怖話として描かれているのが「孤島の鬼」だ。
事件発生前、箕浦は一般の人として会社勤めをし、ひょんなことから木崎初代と恋愛をするようになったのだが、いよいよ幸福も絶頂を迎えようとするさなかに、初代は密室然とした自宅寝室で突如殺害されてしまう。
恋人の灰を食らうほどの愛を初代に感じていた箕浦は不可解な犯罪の秘密を何とか解き、その犯人を捕らえたかった。そこで深山木幸吉に探偵を依頼するのだった。
そして一方で箕浦は諸戸道雄を疑っていた。というのも諸戸は親友であったが、一方で箕浦に対して同性愛の気があった。更に何よりも、それにも関わらずなぜか初代に求婚するようなあまりにも不可解な行動すらも示していたからだ。
深山木探偵の調査は事件は極めて根深い巨悪によるものだと示唆したものの、頼みの深山木探偵までも海岸の砂浜で不可解な死を遂げてしまう。
果たして箕浦は木崎初代と深山木幸吉の殺害犯人を捕らえ、その巨悪の正体を暴き出すことができるだろうか? そして諸戸は? という序盤の筋となっている。
その後の筋については軽く触れるだけにとどめるが、序盤の深山木探偵の功績であるところの人外境便りに始まる恐るべき双生児の秀ちゃん吉ちゃん編とも言うべき中盤へとなだれ込むことになり、あれやこれやで箕浦と諸戸は諸戸の故郷へと辿りつき、そこで双生児と出会うことになるのだ。更に終盤には暗号による宝探しという冒険物へと繋がっていき、最終的に諸戸の魂の叫びを伝え聞くことになる。
この「孤島の鬼」は私が最も好きな乱歩長編であり、その素晴らしいところがその構成の妙味にあるというのは広く膾炙するところの通りであり全く異論がない。上述した序盤、中盤、終盤へと繋がる構成が絶妙かつ自然な流れで行われているため、後の通俗長篇に見られるようなバランスを欠いた唐突な展開やチグハグさが目立たないというのが大きい(むろん年月が合わぬやら矛盾点はいくつかあるにせよ)。それに箕浦と初代がごく一般のサラリーマンとOLだったという点も序盤から彼らに対する親近感のようなものを惹起せしめる効果をもたらしているかもしれない。
重箱の隅を探していけば、深山木探偵が花瓶のトリックに着目し、おそらく犯行方法も推測できていたにも関わらず、子供好きのためもあるだろうが、砂浜であのような無防備をしてしまったのは不思議に思えるかもしれない。しかし考えてみれば、深山木探偵は畸形工場の諸戸丈五郎の島を知っていたがゆえの油断とも考えられるのだ。つまり深山木探偵は花瓶のトリックを行ったのは一寸法師の軽業師と早合点していていたのではないだろうか。あの尾崎曲馬団には警察側の名探偵が捜査していたときに見かけたようにお誂え向きの一寸法師も所属していたではないか。それにそもそも畸形製造工場で次から次へと恐ろしい目的で可哀想な鬼たちが製造されてきていることも深山木探偵はある程度はつかんでいたに違いない。だからこそ、子供というのは盲点に入っていたのではないか。まさか子供の性格部分に畸形があろうとは思えなかったのだろう。深山木探偵の思考とは全く関係ないが、一部例外を除いて、多くの乱歩作品では一寸法師がそのような役回りをすることが多かったというのも事実だ。
それと本作が乱歩作品の代表作たらしめてる大きな点に同性愛というものがあるだろう。随筆には岩田準一が絡むものも含めて多数あるのに意外なようだが、同性愛が絡む小説は本作しかない。題材としてはこの上もないものかもしれないが、プラトニックな同性愛を書くという手法の難しさもあったのだろうか。
この孤島の鬼でも、諸戸と箕浦の関係は一方的で、しかも精神性のものに過ぎないことで成り立っていたのだが、それが一生出られぬ地の底という格好の条件がそろってしまい、諸戸が鬼と化すことで危機を迎えてしまった。
私の勝手な思いこみながら、実は、箕浦が髪になってしまったのは、迷路から出られぬ空前絶後の危急の最中にあって、更におぞましくもそのような諸戸に迫られたからやも知れぬ、と推測してしまうくらいだ。というのも、迫った諸戸の方は白髪になることなく黒髪をキープしていたから。むろん小説の書き手の箕浦自身は諸戸の強い心としていたが説得力不足としか言えまい。むしろ箕浦の心が折れなかったことこそが強い心と言わねばならぬかも知れぬではないか。そもそもその精神力の強さは「孤島の鬼」を記述している箕浦の姿を想像するだけでも、納得できそうになってしまう。
と、長々と「孤島の鬼」について梗概に加えて、感想とも何とも言えないものをとりとめもなく書き書き連ねてしまったが、とにかく「孤島の鬼」は最高に面白く、何度でも再読したくなるということだ。と無理矢理まとめて終わる
(2009年7月18日記す)