復刻版「新青年」を読んでの感想〔大正十四年〕

新青年 大正十四年第十四號(十二月號)=一册五十錢

「痴人の復讐」/小酒井不木/7ページ(2000/12/1読了)
病院の助手を務める男は愚図でのろまのため、皆から痴人というあだ名で呼ばれていたのだが、その痴人はそう呼ばれるたびに復讐心を燃やすという異常性格の持ち主だった。現実でありうる身にしみる恐怖を描いた秀作小説。


「意識せる錯覺」/城昌幸/(2000/12/1読了)
巧みに動機面から誘導して殺人をしたものと錯覚させてしまう話。どういうことか非常に中途半端な結末だったような気がする。


新青年 大正十四年第十三號(十一月號)=一册五十錢

「空き屋の怪」/甲賀三郎/9ページ(2000/12/1読了)
悪徳検事から家を取り戻すというもの。弁護士の密かな活躍が少し面白い。主人公と同じく私も少なからずドキリとしたものだ。


「太鼓鰻本店」/大下宇陀兒/9ページ(2000/12/1読了)
ある社員のボーナス袋を詐欺で奪い取られてしまった会計の主人公が犯人を捜し出すという話。


新青年 大正十四年第十二號(秋季特別増大號)=一册五十錢

「手術」/小酒井不木/6ページ(2000/11/30読了)
語り手の私の家で「探偵趣味の會」の例會が男女九名で開かれ、この日のテーマは食人についてだった。それで元看護婦の会員が語りだした、世にも恐ろしい食人話はいかなるものであったか!? ゾッとする恐怖を感じる怪奇小説、ここにあり!


新青年 大正十四年第十一號(九月號)=一册五十錢

「遺傳」/小酒井不木/4ページ(2000/11/30読了)
怪奇性なものはないが、刑法という現実はある。ある推理が導き出した遺伝的悲劇とはいかなるものだったか!?


「竹の間事件」/水谷準/18ページ(2000/11/30読了)
自殺と推断された事件だったが、ある点から他殺有力に転換され探偵役の友人が警察に連れて行かれた、それを主人公探偵が解決するというもの。次号での乱歩の評価は今一つではあったが、私的にはなかなかの本格秀作であると思う。特に動機面は面白い。


「その暴風雨(あらし)」/城昌幸/4ページ(2000/11/30読了)
暴風雨の中の船を舞台にして、何とも言えない恐怖感を残す作品である。ちなみに同じく城昌幸の「怪奇の創造」(4ページ)もこの九月号に掲載されているのだが、私的には幾分「怪奇の創造」の方が上であるような気がする、ことをつけ加えておく。


新青年 大正十四年第十號(夏期増刊)=一册五十錢

江戸川亂歩の「屋根裏の散歩者」の号。31ページ


「按摩」/小酒井不木/6ページ(2000/11/29読了)
ツボをついた面白い怪奇小説だった。モルヒネと盲目との関連の恐怖。


「虚實の證據」(きょじつのしょうこ)/小酒井不木/4ページ(2000/11/29読了)
「虚の證據」と「實の證據」の二小篇があり、どちらも会話形式、まぁ、コント程度のものだろう。


新増年 大正十四年第九號(八月號)=一册五十錢

「鮭」/本田緒生/4ページ(2000/11/29読了)
あらゆる面で取るに足らない小篇。単にごくごくつまらぬことが証拠となり、犯罪が露顕してしまうというもの。


「蠅の肢」/羽志主水/7ページ(2000/11/29読了)
タイトルの蝿の足から犯人の範囲を推理するいうものであるが、どうもやや半端な感は否めないだろう。


新青年 大正十四年第八號(七月號)=一册五十錢

この号に、初めて小酒井不木と江戸川乱歩の近影写真が掲載された。とりあえず、そういうわけだから、写真は無理にせよ、それに際した編輯部からの文章を下記に転載する。
書齋に於ける小酒井博士と江戸川亂歩氏です。讀者諸君からの熱望により、こゝに兩氏の近影を御紹介します。
ちなみに当然ながら小酒井氏の方がページ一面の長方形写真で扱いは圧倒的に良く、乱歩の方はその左上の楕円形写真であった。


「編輯だより」という巻末、今回は編輯局の森下雨村へ来た寄稿家諸氏及び誌友諸君のご忠告、通信、つまりは手紙を、いくつか紹介するというものであった。そしてわざわざこう書くからにはもちろん乱歩が新青年編集部(森下雨村)に出した手紙もあったからである。それを以下に転載する。
◆暫く三重縣の方へ旅行してゐたゝめ御無沙汰しました。それに父の病氣や何かで長いものに筆をとる閑もなく、お約束した『虎』も半分程度でそのまゝになつてゐますので、代りに『小品二篇』を差出します。『白晝夢』の方はかなり苦心をしたものです。御批評下さい。(江戸川亂歩)
もう一つ転載、これは森下雨村の文章である、位置的には上記乱歩の文章の次に続くもの。
◆江戸川君の創作集「二錢銅貨」が近く春陽堂から出版されることになりました。こゝで御紹介しておきます。(記者)
私的には『虎』を乱歩が本当に半分書いてたかは甚だ疑問(^^;。ちなみに『白晝夢』とはもちろん『白昼夢』のこと、それと『小品二篇』のもう一つは『指環』。また森下雨村氏の記事では春陽堂から創作集「二錢銅貨」が出るとあるが、七月に出た実際の本の名前は「心理試驗」であった、おそらく当時最も評判の良かった「心理試驗」の方を前面に出したのであろう、と推測される。


また乱歩の「小品二篇」が収録されている号である。8ページ。その内訳は「その一 白晝夢」が5ページ、「その二 指環」が3ページ。

もう一つの創作には、横溝正史の「畫室の犯罪」(「アトリヱの犯罪」)24ページも収録されていたが、最近に読んだことあるので時間の関係上、この日は挿し絵を見るだけに留めておいた。


新青年 大正十四年第七號(六月號)=一册五十錢

「誘惑」/甲賀三郎/24ページ(2000/11/27読了)
かなり強引な展開であるが、意外な所が中盤と終盤に二度もあり、「誘惑」という表題の付け方も絶妙であると思われた。


「ネクタイ・ピン」/牧逸馬/5ページ(2000/11/27読了)
「地下鉄サム」を題材にしているほんの小篇だが、まず言えることは面白みがわからない、ということだけ。


新青年 大正十四年第六號(五月號)=一册五十錢

江戸川亂歩の「幽靈」の号。連續短篇四。14ページ
次號豫告「虎」(創作)・・・・・・江戸川亂歩、「ネクタイ・ピン」・・・・・・牧逸馬と話末に付せられていた。


「大下君の推理」/甲賀三郎/12ページ/(2000/11/24読了)
探偵が大下君を向かいの家の窃盗罪の疑いで調査しに来た。それに対し大下君は容易に反証のための推理を披露していくのだが・・・・・・、ラストの錯誤も見物であろう。


新青年 大正十四年第五號(四月號)=一册五十錢

乱歩の「赤い部屋」が収録されている号。連續短篇探偵小説(三)


「金口の卷煙草」/大下宇陀兒/19ページ(2000/11/21読了)
これまた好人物の主人公の裏目を付いた話。とりたて大したこともなく予想通りの結末であった。とはいえ、当時の社会性、及び後世の高木彬光でお馴染みの一高の学生の話であったのでその辺興味深くはあった。


「盲畫家」/水谷準/13ページ(2000/11/22読了)
主人公の盲人で元画家とその友人画家の話。予想外の結末にはある意味意外性があったとも取れるが、まぁ、評価的にはせいぜい並がいいところだろう。ただ盲人の話術には圧倒されるものも感じられた。


「上海された男」/谷譲次/11ページ(2000/11/24読了)
上海された男と上海した男の話、その皮肉的結末と来たら・・・・・・。ちなみに谷譲次とはご存じ牧逸馬の別名。


「母の祕密」/甲賀三郎/33ページ(2000/11/24読了)
今までの甲賀三郎とは怪しげな雰囲気漂う作風で書かれた本格。タイトルでもある母の秘密に関することである恐ろしい悪巧みがなされ・・・・・・、というお話。


「浮れてゐる「隼」」/久山秀子/12ページ(2000/11/24読了)
見よ!この隼お秀の美事までのお手並みを!という話。突っ込むとネタばれになるので、これだけということで・・・。


新青年 大正十四年第四號(三月號)=一册五十錢

江戸川亂歩の「黒手組」の号。23ページ。連續短篇探偵小説(二)
次號豫告「赤い部屋」・・・・・・江戸川亂歩、と話末に付せられていた。
それとまたも巻末「編輯局より」に乱歩関連の文章が多かったので、該当部分を中心に抜粋する。
◆江戸川亂歩君の上京を機とし、一月十六日の晩に、江戸川の橋本に探偵小説同好者の集りを催した。會する者、田中早苗、延原謙、春田能爲、長谷川海太郎、松野一夫の諸君、それに編輯同人の神(※→本当は「旧」示篇)部君と自分、全部で八人の小さい集りであつた。(星野、淺野、妹尾、坂本の諸君は通知が間に合はず、或は事故のため缺席)
(中略)
◆創作と云へば、江戸川君の連續短篇は果然異常なる好評を博し、讀者諸君は素より文壇諸家の間にも非常なる興味と期待を以て、迎へられてゐる。事實江戸川君の作品は、記者も云つたとほり、外國にもその例を見出し難いもので、同君の如き豊なる天分を有つた作家が忽然としてわが文壇に現れたことは、一つの驚異と云ふべきである。
◆因に二月號掲載の「心理試驗」は英譯して、英米の探偵雑誌へ發表するつもりで、牧逸馬氏の手で目下飜譯中である。(雨村生)

ただ、このように書かれてあるが、恐らくはこの上記英訳関連についてのことだと思うが、『わが夢と真実』及び『探偵小説四十年』に所収されている乱歩随筆「英訳短編集」によると、「D坂の殺人事件」を書いた時に牧逸馬が英訳して送るという計画があったらしいが、牧逸馬の多忙などで中途断念したとのことである。実際、私の知る限り、確か「心理試験」はタトル商会の英訳が出ただけであり、「D坂」は英訳出版はなかったはずである。つまりこの森下雨村の編輯後記の文章にしても、戦前良くあったという世界進出、乱歩の誤伝の一例なのだと考えられる。
(追記−2001/1/28記す)河出書房新社「日本探偵小説事典」の牧逸馬の項(牧逸馬の手紙)によると、中途に「D坂」から「心理試験」に英訳対象を代えたそうである。なんでも西洋では日本の便所の出てくる「D坂」は不向きだから、とかであるようだ。


新青年 大正十四年第三號(二月號)=一册五十錢

江戸川亂歩の「心理試驗」の号。巻頭小説で26ページ。連續短篇探偵小説(一)
この号は日本人創作は乱歩のだけであったが、巻末の「編輯局より」という森下雨村の編集後記に乱歩関連の記事があったので、その「編輯局より」の文章の一部を下記に抜粋する。
◆本邦に於ける唯一の探偵作家である江戸川亂歩氏が本號から、連續短篇を発表せられることゝなつた。「二錢銅貨」に、近くは「D坂の殺人事件」に、讀書界を驚嘆せしめたる氏が、いよいよ探偵作家として文壇に活躍すべき門出の創作である。切に諸君の愛讀を望む。


新青年 大正十四年第一號(一月號)=一册五十錢

江戸川亂歩の「D坂の殺人事件」の号。巻頭小説で26ページ。
この号は日本人創作は乱歩のだけであったが、その「D坂」の始めと終わりに文章があったので、それを転載しておくとする。
恐らくというか、それしかありえないのだが、まず編輯部(森下雨村)による話の始めの言葉。
 嚴密なる意味よりして、我國に於ける唯一の探偵作家たる江戸川亂歩氏の力作を紹介する。氏が探偵作家としての非凡なる手腕は、會て本誌上に發表されたる「二錢銅貨」「恐ろしき錯誤」その他の作品により疾に認めらるゝところ。本篇は特に氏の力作にかゝり、構想の妙、取材の清新、而して文章の流麗暢達なるなる、眞にこれ海外探偵小説界にも容易に求めがたき傑作。或は本號所載の作品中にあつても、最も傑出したる作品の一つに算ふべきか。
次に話の終わりの作者乱歩の言葉。
■作者附記
僅かの時間で執筆を急いだのと、一つは餘り長くなることを虞れたためとで、明智の推理の最も重要なる部分、聯想診断に關する話を詳記することが出來なかつたことが殘念に思ふ。この點はいづれ稿を改めて、他の作品に於て充分に書いてみたいと思つてゐる。