《最終話 「名工のカタルシス」》のネタバレ感想


出典:(コミックバンチ2004年35号(8月13号(実際は7月30日発売日)))


ついに最終回。大体の予想通りに10話で終了するようだ。単行本に丁度良い分量だが、さて、どうなるやら? 新潮社の後押しがないと苦しいか?
で、評価が割れるであろう最終話。私自身、初読時は酷い最後だと思ったもんだが、今では評価は一転して、良好になっている。では最後のレビューに行ってみよう。

佳子は、あまりのショックに立ち直れないでいた。椅子のあった書斎は封印し、椅子も処分して欲しいと、尋ねてきた野上に頼む始末。もはや何も自分一人では出来ない状態にあるように見受けられる。作家の仕事もしていないのだろう。編集者は泣いていることだろう。まぁ、椅子の中に入って満足するという前代未聞もいい所の変態性欲者に直接関わってきたのだ。その上に、その娑婆の姿とも知り合っているのだ。ショックの大きさは、この世の誰にも推し量ることは出来ないほど深いものだとしても当然だ。

一方、最終的には保証は出来かねるが、今回の事件は、野上にとっては、幸運だったかもしれない。離れかけていた佳子との距離を、再び積めることが出来たのはもちろん、前にも増して頼りにされるようになったのだから。その野上が立ち去りぎわに、郵便受けに貯まっていた郵便物の束を佳子に手渡した。

差し出し名のない封筒。これは乱歩ファンなら、即座に反応するはずだ。これは「人間椅子」が原作なのだ。かなり変則的ではあるが、よもやここでその設定を生かしてくるとは、と思ったに違いない。

そういう読者の思いは知るよしもない佳子、木屑と塗料の臭いを感じ取り、覚えた目で、その封筒を目の前にかざした。窶れ果てている佳子が哀れを誘う。

その佳子だが、手紙はちゃっかり読み出している。さすがにここで、嫌悪感から燃やし、その灰をゴミ箱に捨てるような真似をされてしまうと、最終話が最終話でなくなってしまう現実的なページ数限られた物語の制限だ。閑話休題。手紙の中身でも桐畑はあくまで匿名希望を貫き通している。読んで貰える所までは桐畑としては確実であると踏んでいたようだ。その後、名前を出したら、捨てられてしまうという危惧は抱いていたのがチグハグだが、まぁ、気にしないでおこう。閑話休題なのだ。

手紙で桐畑は、巧みなのだろう。佳子の作家的好奇心を刺激して、犯行の動機を語りがっている。佳子に封印した書斎にくるように誘っているのである。

佳子は誘われるがままに、書斎へと赴き、扉を開けた。そして眼にした者は、世にも不気味な姿態を自身作の椅子にさらけ出した桐畑の姿だった。さすがに佳子も現実に、桐畑を見ると、ゾッとするしかない。しかしここから彼女は気丈である。当たり前の疑問である、忍び込んだことに対する糾弾をするや、立て続けに、犯罪の理由を問う! もはや彼女を安楽に導いた椅子を犯罪道具としてしか見ていない。

桐畑は語り出す。椅子に抱きつかんばかりにして、椅子への愛情を。最高傑作となった椅子、手放すくらいなら、いっそ一体化して、そして腰掛ける人、つまり佳子に、最高の安楽を与えたい。それこそが、桐畑、至福のとき。それ以上のことはない。椅子という世界を知り、生まれ変わった。美しい肉体を持つ佳子に奉仕することこそが、桐畑の全てとなっていたのだ。

最初はおぞましい表情で聞く佳子だった。が、徐々にその表情は変化していく。なぜなら桐畑は人としてではなく、次第に椅子になっていっていたのだ。安楽椅子に嫌悪感を抱く人間など居はしまい。桐畑椅子は愛情を注いでくれた佳子に感謝を述べているのだ。そして人を慕い、その人が罵倒された時、野上を刺すという恐るべき感情すら、椅子としての感情だったと告白しているのだ。

名工の椅子、桐畑は自身の傑作をそう呼んだ。自身の存在価値を見付けた桐畑。それがただ椅子の中だったと言う差異なのだ。椅子の究極の安楽を見付け、佳子にも満足感を与えたこと、魂を得た、それこそが名工の椅子だからこそ出来たことなのだ。告白を言うだけ言って、満足したのか、桐畑は再び、椅子の中に潜り込んだ。

野上の車の音がする。佳子は、もはや恐怖感など無く、むしろ桐畑を逃がそうと必死になる。今度捕まれば、只では住まないのだ。そして椅子の下を覗きこむが、椅子は横倒しにされただけだった。野上が書斎の扉を開け、その姿を発見した。そして同時に、人が入る隙間がない安楽椅子の姿も。

佳子は涙していた。余所で死していたにもかかわらず、名工の椅子に帰って来た桐畑の魂に心をうたれたのだ。先ほど話していた相手は幽体の想念だったのだ。少なくとも佳子はそう信じ込みたかったようだ。そして名工の椅子の座部に上半身ごと顔を沈める佳子という図柄で、最後のページが終わった。

ちなみに、佳子には、幽霊の説明もだが、それ以上に椅子の人間の入れる余地が消失したことに対する疑問と言うのは湧かなかったようだ。野上には最後に、証拠隠滅のために、いつの間にすり替えたか、と言うようなセリフがある。佳子は、目の前の体験上、それをアッサリ否定したが、現実的には、何日間も誰も立ち入っていなかった書斎のことだけあって、その可能性も充分に考えれる。というか、普通の精神状態ならば、それ以外に考えが及ぶわけがない。その点では、この最終回は、狂った佳子の病的な妄想だったのかも知れないと言う余地も残すのだろう。少なくとも、佳子を見る眼は物語終了後、奇異に変わっていったのではなかろうか? 佳子は佳子で、常識人としての能力を失うことなく、この異常体験を作家としての大きな力にしていけたのか。それともその手の隔離病棟に入れられ、夢野久作の探偵小説の主人公然とした状態になったのか? それは定かではない想像上のエピローグだ。

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