蒼井雄[あおい・ゆう]

【執念】(2001/12/13)
蒼井雄の短篇で、「月刊探偵」昭和11年7月号に発表したもの。鉄道線路・踏切近くに起こった恐ろしい悲鳴。そしてそこに倒れている死体…。しかしその後必然的に通りがかった医師によると、既に死後硬直状態で悲鳴の主では絶対に無いというのだ。ではこの悲鳴の正体とは一体なんだというのか。それが執念の為し得る恐怖だったのである。本格物としてはあまりにも犯人指摘のラストまでが急すぎるというのが残念ではあるが、謎の答えは絶大的な効果である。なお現在気軽に読める本がない。光文社のあのシリーズに期待。

【船富家の惨劇】(2001/10/29)
昭和13年の春秋社の書下し刊行の、蒼井雄の誇る、いや戦前の日本探偵小説界が誇りうる長篇本格、至高の最高傑作である。そのパフォーマンスたるや海外本格にも全く遜色しないものである。この大阪、南紀、飛騨、東京と広大なスケールで展開される絶大なるアリバイトリックはまさに圧巻そのものであり、クロフツとフィルポッツに挑戦し、ある意味勝利の凱歌を上げている恐るべき完成度。なお、現在創元推理文庫「名作集2」で読むことが出来るので、とりあえず未読の方には一読をお奨めする。


赤沼三郎[あかぬま・さぶろう]

【寝台】(2002/5/6)
赤沼三郎、「新青年」昭和13年4月号発表の短篇。半死半生ながらも執念がなさしめた復讐の切っ先。寝台の男が取りうる唯一の手段。妻に裏切られた男は、更に裏切りを重ねられたのだ。絵の完成は見たが、それを利用した姑息な罠。結果寝台生活者になってしまったのだが、夫は秘めたる計画を考案していたのだ。何たる一念だろうか。象徴的な詩は、暗示を与え、恐るべき計画は実行に移される。ああっ、この探偵小説、どこまでが策略なのだ。なお現在、光文社文庫「新青年傑作選」等で読む事が可能である。


石浜金作[いしはま・きんさく]

【変化する陳述】(2001/11/28)
石浜金作が「新青年」昭和3年4月号に発表した短篇。それは一種の深層に潜むトラウマだったろうか。男の拳銃に対する恐怖心理と精神混乱が引き起した余りにも悲しすぎる事件だったのだ。殺害事件が起った時、最初加害者の女は恋人でも無い相手に拳銃で脅迫された挙げ句のいわば正当防衛だと供述。しかし段々証拠が挙がるにつれて、変化する供述になっていくのだ。果たして妖婦の為せる業だというのだろうか。とにかく精神分析の先駆的物で傑作だろう。なお現在、角川文庫「君らの魂を〜(新青年傑作選)」で読める。


一条栄子[いちじょう・えいこ]

【フラー氏の昇天】(2002/4/12)
一条栄子、「探偵・映画」昭和2年10月号発表短篇。面白い話は人を殺す結果になりかねない。フラー氏は対独戦で頭に銃弾を撃たれた後遺症としてか、空を飛ぶ話が好きだった。人体浮揚の幻想である。その氏に体重を減らす薬を飲んだ男が、放っておくと死後までも空中に浮かび続ける話をしてしまったのが、フラー氏の昇天へと繋がってしまったのだ。この手の空中浮揚の幻想小説は幾つもあるが、本篇は現実感と幻想感の重なる所が少し面白い作と言えよう。なお現在、光文社文庫「『探偵』傑作選」で読む事が出来る。


乾信一郎[いぬい・しんいちろう]

【豚児廃業】(2002/12/21)
乾信一郎、「新青年」昭和8年12月号発表の短篇。あまりに馬鹿馬鹿しくて思わず笑ってしまうユーモア小説。豚児と言われる愚的な主人公と豚狂いのその叔父を中心にして話が展開。豚児は活動中に騒いだり、嬢さんに豚と誤解を与えたり、ウイスキーで暴走したりと、いやはやな展開。そんな中、叔父自慢の豚「壽」号の謎の突然死を迎えてしまうのである。さて、この危機を豚児は脱することが出来ただろうか!? そして…。なお現在、光文社文庫「新青年傑作選」等で読む事が可能である。


海野十三[うんの・じゅうざ]

【生きている腸】(2002/2/24)
海野十三、「週刊朝日」昭和13年11月に発表のSF短篇。腸は、はらわた、と読む。主人公と名前すらも付けて可愛がった生きている腸の同棲生活。まさに文字通り、生きている腸はグニャリグニャリと蠕動運動をしていた。しかも訓練によって得られた腸の生存環境は大気中、全く普通の動物の如くである。更に驚くべき事には感情すらも合ったというのだから爆笑的面白さである。その際起こった悲劇は主人公の思う所をも越えていたのだ。なお現在、ちくま文庫「海野十三集」で読む事が可能だ。

【階段】(2002/11/28)
海野十三、「新青年」昭和5年10月号に発表の怪奇短篇。変態性欲物と探偵物が絡み合った一篇。省線電車の駅の階段で統計を取る事になったことが、主人公の嗜好を開花自覚させるに至った一事件だったのだろう。それ以降「彼奴」が乗り移り主人公に人生を変貌させてしまったのだ。その後に図書館に勤務するも、そこで起きた所長殺害事件。容疑者になりそうな多数人だったが、さて…。ああ、跫音曲線の指し示した物は何だったか!? なお現在、ちくま文庫「海野十三集」で読む事が可能だ。

【三人の双生児 】(2002/5/17)
海野十三、「新青年」昭和10年9月号、10月号に発表の怪奇中篇。幼児期に別れた双子の片割れを探す女主人公。微かに残った記憶では座敷牢が思い浮かぶ。そして父の日記の三人の双生児の記述の謎とは!? それはまさに偶然の示した恐ろしい結果だったのだ。新聞広告した結果、女探偵と男がやって来たが、更に殺人事件が発生。そこに主人公そっくりな幼なじみがやって来たのだが。それが解決への道となると同時に、科学者らしい悪魔の企みも内包していたのだ。なお現在、ちくま文庫「海野十三集」で読める。

【振動魔】(2001/10/26)
海野十三の誇る名品の一つ。昭和6年「新青年」発表短篇。名探偵・帆村荘六の活躍譚であり、ゾッとするような恐るべき科学的トリック、更にあまりものとも言える犯罪の裏に潜む意外性。絶望の淵から自らを救うために堕胎を望むが容易なことではそれを果たせぬ男が悪魔の振動を発動したのだが、その結果は信じられぬ誤算に満ちていたのだ。この振動魔によって、全てを一瞬で失った男こそ、まさに皮肉そのもの、哀れなる羊であった。なお、現在、ちくま文庫「海野十三集」等で読める。お奨め。

【点眼器殺人事件】(2002/10/28)
海野十三、「講談倶楽部」昭和9年3月号に発表の探偵短篇。帆村荘六と助手は突如として事件の依頼と共に拉致に近い状態で連れ込まれてしまう。そこは祕密結社のような所で。社長が殺されたから犯人を見つけだせ、と言う事なのだ。帆村探偵はこの逆境にも果敢無く探偵能力を発揮していくが…。点眼器殺人事件、まさにその名の通りの内容であり、更に続けて殺人事件も勃発。社長の悲運はユーモラスの如くだったのである。なお現在、ちくま文庫「海野十三集」で読む事が可能だ。

【人間灰】(2002/9/27)
海野十三、「新青年」昭和9年12月号に発表の本格短篇。空気工場での六人もの失踪。生体も死体も見つからないこの怪事件の最中、血達磨になった怪しい男が職務質問の末に拘引された。人間灰、それは人肉の灰、西風に載せて湖水へとバラまく暗黒の技術。しかし人肉散華の灰はどのように作り得るというのだろうか!? そして博士の見た幽霊の秘密とは!? 帆村荘六名探偵が活躍する本篇、いかなる犯人が隠れていたか。なお現在、ちくま文庫「海野十三集」で読む事が可能だ。

【爬虫館事件】(2002/8/25)
海野十三、「新青年」昭和7年10月号発表のSF色もある本格短篇。お馴染みの私立探偵帆村荘六ものである。爬虫館事件、それは爬虫館で突如帽子と上着だけを残して消失失踪してしまった園長の事件だ。まさにそれが世にも恐るべき前代未聞奇怪さなのだ。さて、帆村は爬虫館関係者などを調査しこの事件を解決したか!? そして犯人の悪魔の奸智とは!? 怪奇、本格、SF何れにおいてもベストな出来だと云っても過言ではないだろう本作は、なお現在、ちくま文庫「海野十三集」で読む事が可能だ。

【不思議なる空間断層】(2001/12/07)
海野十三、「ぷろふいる」昭和10年4月号発表短篇。奇妙であるがどこか真実味のある夢を見ると言う私の友人、彼は自分の夢で自身違う顔をしているという。大鏡のある風変わりな部屋。その鏡での恐るべき分離現象……。そして更に全く同じ状況なのに、しかし色彩と正常な鏡像と相手が決定的に違うのだ。この奇妙な錯誤。入れ替わりの効果! 果たして夢と現実の空間断層の絞首刑なのか! なお、甲賀三郎をも騙くらかしたこの圧倒的な叙述トリックが冴え渡る本篇は、現在ちくま文庫「海野十三集」等で読める。

【俘囚】(2002/7/22)
海野十三、「新青年」昭和9年6月号に発表の怪奇短篇。帆村荘六シリーズの異色篇だ。研究室ばかりいる科学者の夫を完膚無きまでに裏切り、更に井戸に放り込んだ事が、死や悪夢以上の地獄を見る事になるとは。もはや顔以上だが、それは顔ではない。人とも言えなかろう。死者を切り刻む実験者、医学生物学を駆使し人間の最小形態を実現して見せた科学者の復讐は恐ろしく、そして道を指し示してきたのだ。恐るべきまでの傑作と言えるだろう。なお現在、ちくま文庫「海野十三集」で読む事が可能だ。

【見えざる敵】(2002/6/20)
海野十三、「新青年」昭和12年10月号発表の短篇科學小説。丘丘十郎名義で発表された楊博士シリーズだ。新聞社社長のウルランド氏は暴挙に出るなど、楊博士を敵に回してしまったがためにとんでもない復讐にあってしまうという悲惨。消身法の機械、この偉力は今から見れば何でもないからくりなのだが、ウルランド氏は恥を一身に背負うことになってしまったのだ。これはいくら何でもあまりに気の毒すぎる悪漢…。なお、恐らくは、現在気軽に読める本は無いのではないかと思われる。

【盲光線事件】(2002/3/30)
海野十三、「キング」昭和12年6月号に発表のスパイ短篇。海に因んだ素晴らしいスナップ写真を撮ろうとしていた主人公だったが、何かの事件に巻き込まれそうになり、どうにかこうにか怪我も少なく逃げる事が出来た。しかし現像してみるとそこでの写真に有り得ない映像が幻想的に写り込んでいたのだ。懸賞で一等までも取ったその写真の秘密とは!? 蛾の妄執が導き示した恐るべき奇計の正体、盲光線とは!? カメラ好きが日本を守ったこの事件。なお現在、ちくま文庫「海野十三集」で読む事が可能だ。

【仲々死なぬ彼奴】(2003/9/25)
海野十三、「探偵」昭和6年7月号発表短篇。政界や財界に圧倒的な力を持つ大金持ちの爺さんは、純粋清廉な意味で眼を付けている余所の男がいた。それが主人公であり、遺産は本人の堕落を防止するためにも残さぬ事もわかっていた。しかし本当の親戚は悲惨なまでに財産目当て。そんななか、爺さんが突如として死んだのである。そして主人公は乃木大将を模倣しようかと企てるが、その作戦の計画的失敗が、大波乱を呼んだのだ。滅茶苦茶な展開で意味不明だが、現在、光文社文庫「『探偵』傑作選」で読む事が出来る。

【省線電車の射撃手】(2003/9/25)
海野十三、「新青年」昭和6年10月増刊に載った本格探偵小説。帆村荘六物である。暑い夏、電車の窓も全て開け放たれていた時に起こった連続殺人射撃事件。その殺された若い女達は髑髏の縫いを持っており、しかも射撃は完璧に心臓を目指しているのだ。この奇々怪々な状況。容疑者達は多く出て来るが、果たして!? 科学的要素も多く出て来る本事件、意表を衝く結末を展開するのだが、帆村探偵の論理が言い得た犯人とは。

【恐ろしき通夜】(2003/9/25)
海野十三、「新青年」昭和6年12月号に発表の怪奇短篇。第三航空試験所で語られた話は、恐ろしき通夜、土産の栄螺は料理され、ムシャムシャ食されていくこの意味!? 三人の学者は時間つぶしに持ち回りの体験談をしていくことになったが…。この三人の話が絡んでくるのだ。一人の夫人が登場し、その後、一人に真実が明かされる事でそして一篇の悪夢が出来上がるのだ。まさにこれは命日の恐ろしい通夜物語。なお現在、ちくま文庫「海野十三集」で読む事が可能だ。

【軍用鮫】(2003/9/25)
海野十三、「新青年」昭和12年11月号発表の短篇科學小説。丘丘十郎名義で発表された楊博士シリーズで、相変わらずユーモア科学だ。「新青年」の「軍用鼠」からヒントを得て、軍用鮫を考案したという軍用鮫。軍艦を沈める計画を中国政府から依頼されていただけにその軍用鮫の訓練に励み実戦でも大活躍だったが…、中国政府にとって楊博士が純粋なる科学馬鹿であったことが悲劇だったのだ。なお、恐らくは、現在気軽に読める本は無いのではないかと思われる。

【軍用鼠】(2003/9/25)
海野十三、「新青年」昭和12年4月号発表の短篇。探偵小説家の梅野十伍は朝までに一つ書き上げなければならなかった。しかしネタはなく、しかも批評を恐怖していた。だが、ふと鼠の顔や天井という暗示を得、鼠に関するものを書きだすことに成功するも、しかし上手く探偵小説にならない。そこで最終的に書き上げたのが、恐るべき計画を交えた「軍用鼠」だったのだ。蛇足までにミッキーマウスまでもユーモア的筋に出て来る作品。なお現在、恐らくは読める本は無いと思われる。

【深夜の市長】(2003/9/25)
海野十三、「新青年」昭和11年2月号から6月号連載の長篇。ある殺人事件に巻き込まれたのは、深夜の散歩楽しむ余技の探偵小説家である。しかし追われて逃げて、深夜の市長なる老人にかくまって貰ったのが一つの機点になったのかも知れない。磁力持つニッケル貨幣、時の狂った時計などの証拠品は何を意味するというのか。そして市長の取り巻きに大いなる影響を与えるのだ。さて深夜の市長とは何者だというのだろうか? そしてその力は! なお現在、気軽に読める本は無いと思われる。


江戸川乱歩[えどがわ・らんぽ]

【江戸川乱歩】(2001/10/21)
本名は平井太郎。多種多様な職を転々とした後、大正12年「二銭銅貨」でデビュー。これをもって探偵小説創作時代が始まった事から。しばしば《探偵小説の父》とも言われる。初期には「心理試験」等の本格分野、「人間椅子」等の怪奇幻想分野をそれぞれ開拓し・・(中略)・・、戦後は若手育生・評論分野でも傑出。現在に至るまで、その妖異世界は拡がり続けるばかり。とにかく詳しくは年表を参照してください。

【一枚の切符】(2001/11/20)
デビュー前の江戸川乱歩が「二銭銅貨」と共に「新青年」編集部に送ったのが本編であり、骨格優れた本格である。大正12年7月号に掲載。列車の轢死、これは当初遺言もある事から自殺と思われたが、警察では夫の博士による犯罪と推理した。片道足跡だが、その靴が家にある事等からである。しかし左右田は松村に語った内容はそれを否定する理知的な内容だったのだ、犬の心理、そして石塊下のPL商会の切符から得たその推理とは!? 結末の笑みも何やらゾッとする効果だ。なお現在創元推理文庫「算盤が恋を語る話」等で読める。

【芋虫】(2002/9/29)
江戸川乱歩、「新青年」昭和4年1月号掲載の短篇。戦慄無しでは読み得ない悪夢のような傑作怪奇が本篇。名誉の負傷とやらで、須永中尉はまさに芋虫。両手両足も、聴覚も無く、生きているのは視覚だけという状態なのだ。その妻の時子は肉ゴマそのものとも言える彼と恐るべき生活を送っているのである。想像するだに地獄絵図の如きなのだ。そんな中、ついに恐慌が巻き起こってしまい、芋虫に昇華しようと突き進んだのだ。何という圧倒的傑作か。なお現在、創元推理文庫「江戸川乱歩集」等で読む事が出来る。

【陰獣】(2002/4/29)
江戸川乱歩、「新青年」昭和3年8増,9,10月号分載の中篇。ひょんな事から知り合いになった小山田静子という人妻から奇妙な相談を受けた。それは静子に元恋人であり、探偵作家の平田一郎=大江春泥から復讐予告の手紙がたびたび来るというものだった。はたしてその復讐の内容とは如何なるものだったか…。そしてそこから発展してくる恐るべき犯罪とは!? それまでの乱歩怪奇幻想作品の雰囲気を惜しげもなくちりばめた贅沢な作品で初期乱歩の総決算的傑作だ。なお現在、ちくま文庫「江戸川乱歩全短篇2」等で読める。

【火星の運河】(2002/12/5)
江戸川乱歩、「新青年」大正15年4月号掲載のショートショート。怪奇幻想、まさに夢を越えた散文詩。火星の運河は待望の効果だ、究極の夢の実現には不可欠必須のエッセンスなのだ、恐怖の暗い闇に包まれた森、脱出すれどもそこは森。謎のようなこの展開に待ち受けている物は、まさに夢。しかしその森に現れたるは沼であり、その沼の写したる世界を見たのである。乱歩の頭の中を文章化したような本作は怪奇幻想の傑品と言う事が出来るだろう。なお現在、ちくま文庫「江戸川乱歩全短篇3」等で読む事が可能だ。

【疑惑】(2002/10/30)
江戸川乱歩、「写真報知」大正14年9月10月の号に連載の短篇。学生の友人二人同士による会話のみ形式。その一人の家庭は女酒で暴力とどうしようもない地獄の家庭。そこで親父が深夜撲殺されたのだ。それは家族にとって一時喜びにも繋がりかねなかったが、当初の犯人予測が外部だったのに対し、先ずハンカチから兄を疑ってしまい、ついには刑事にも尾行され、家族同士が疑い合うという地獄家族状態になってしまうのだ。さてフロイトの精神分析も絡む本作の真相は!? なお現在、創元推理文庫「人でなしの恋」等で読める

【湖畔亭事件】(2002/8/28)
江戸川乱歩、「サンデー毎日」大正15年1月から3月に掛けて連載の中篇本格。湖畔で起こった奇怪な死体消失事件。主人公はレンズを使った覗き趣味を持つ変人物。その性癖が作らせたある仕掛け、所が意外や意外、それが映し出したのが殺人シーン本番だったのだ。そして更に奇怪な事に現場の浴場には血痕だけがあり…死体が無く…、そういう状況下で芸者が行方不明になったのである。この事件の驚くべき真相とは!? エッセンス詰まった怪奇本格と言えるだろう。なお現在、ちくま文庫「江戸川乱歩全短篇2」等で読める

【石榴】(2002/5/31)
江戸川乱歩、「中央公論」昭和9年9月号発表の中篇本格探偵小説。絶壁の崖の上で話し出された硫酸殺人事件。それは石榴の実現には必要な物だった。老舗饅頭屋二軒の主人間に起こった諍いがあり、恋愛闘争も含みつつ、それは硫酸を飲まして結果的に石榴を作り上げるという残酷すぎる殺人に発展したのだ。一つの物事から組み立てた論理の大転換が面白く、真相が二転三転する所が圧巻の本格探偵小説だと言えるだろう。なお現在、創元推理文庫「D坂の殺人事件」等で読む事が可能である。

【算盤が恋を語る話】(2002/1/14)
江戸川乱歩が「写真報知」大正14年3月15日号に発表した短篇。タイトルの文字通り確かに算盤が恋を語ったこのストーリー。驚くべきほど内気な会計係の主人公は算盤に数字を打ち込んで一人悦に入っていた。それは世にも内気な告白文。助手の女の子にその燃える意思をさらけ出しているのだ。そうそれは暗号なのだ。さて、その愉快な結果は果たしてどうなっただろうか…!? 数字という冷たい媒体は、恋という温かい媒体にもなり得たと言うのだろうか!? なお、現在創元推理文庫「算盤が恋を語る話」等で読む事が可能だ。

【何者】(2002/3/24)
江戸川乱歩、「時事新報」昭和4年11月末から12月末にかけて連載の中篇本格。所謂乱歩らしさは非常に薄くなっているがその分理知的な本格度では随一と言って良いだろう。明智小五郎も登場する。盗難事件及びその際の銃撃事件が軍人の館で起こった事に端を発するこの事件。その盗難品が全て金製品、しかも現金には目もくれずなのだ。しかも奇怪な事に外に続く足跡、それが井戸で往復共に途切れているのである。動機の着想が特に圧巻な本篇は、なお現在、創元推理文庫「何者」等で読める。

【目羅博士】(2002/2/25)
江戸川乱歩、「文芸倶楽部」昭和6年4月増刊号に発表短篇。模倣の恐怖を描いた恐るべき一篇。恐怖の谷を彷彿させるそっくりなビル、猿まねの宿命、人形、そしてそれらに月光が付加された時、あやかしの妖術に翻弄される迷える子羊達は首吊り自殺への道を選んでしまうという怪事件。しかも多発なのである。この乱歩が聞いた奇談はまさに不思議な犯罪に相応しい怪異。そして更に不思議な犯罪は展開されていくという恐るべき断崖への道。なお現在、創元推理文庫「江戸川乱歩集」等で読む事が可能だ。

【木馬は廻る】(2002/7/2)
江戸川乱歩、「探偵趣味」大正15年10月号発表短篇。格二郎はラッパ吹き、元は人気花形音楽師も時代の流れで木馬館。ラッパの間は貧乏で苦しい現実を忘れ、楽しい木馬の世界に浸り続けるのだ。その格二郎、中年で妻も大きい子供もいるが、少女とも言える切符切りに恋慕のようなものを感じてしまう。そこに現れたる青年は曰くありげな封筒残して去っていく。しかし木馬は廻った。邪だろうが、木馬は廻り続けたのだ。この郷愁感ずる一篇は何を語るか!? なお、現在ちくま文庫「江戸川乱歩全短篇3」等で読める。

【屋根裏の散歩者】(2002/7/28)
江戸川乱歩、「新青年」大正14年8月増大号掲載の奇妙な味+本格。明智小五郎シリーズである。一種の精神病、何をやっても生き甲斐を感じず退屈しか感じない郷田三郎に相応しい言葉。その郷田三郎が明智小五郎と出会った事から犯罪やらの探偵趣味に興味を持つようになったのだが…、ひょんな事から押し入れの上に昇ってしまった。しかし屋根裏の散歩に取り憑かれた郷田の進む道はカタストロフィーしかなかったのである。明智による現実への制裁の前に郷田の屋根裏の怪異は吹っ飛ばされる本篇は、なお現在、ちくま文庫「江戸川乱歩全短篇2」等で読める。

【指環】(2003/9/25)
江戸川乱歩、「新青年」大正14年7月号発表したもの。隠し方のトリックが心憎いまでに決まった本格掌篇だ。二人の会話方式で進む本篇は、以前同じ汽車で知り合った者同士が偶然汽車で再会した事から始まる。以前の汽車の中のダイヤの指環の掏摸事件についての話題だ。その一人が多いに疑われて、車掌に徹底的に調べ上げられたにもかかわらず、ダイヤがでなかった。しかしその実ダイヤを手に入れたというのだ。その驚くべき手腕とは!? なお現在、創元推理文庫「算盤が恋を語る話」等で読むことが出来る。

【灰神楽】(2003/9/25)
江戸川乱歩、「大衆文芸」大正15年3月号発表の本格短篇。それは衝動的な銃殺事件。銃音も誤魔化せる状況で指紋等の物的証拠は皆無。それでも起こる犯人の疑心。すぐ外では被害者の弟が野球遊戯を楽しんでいる。そのボールが家の側まで飛んできた事こそが灰神楽の陥穽へ繋がっていくのであるのだが……。しかし考えれば考えるだけこの灰神楽トリックは恐るべき物を秘めていたではないか!? なお現在、ちくま文庫「江戸川乱歩全短篇1」等で読む事が可能である。

【毒草】(2003/9/25)
江戸川乱歩、「探偵文芸」大正15年1月号掲載のほんの短い短篇探偵小説。主人公と友人は小川の側のじめついた所にそれを発見した。それは毒草、普通の人には全く効かない無意味な草だが、ある目的の為には有用な毒草なのだ。それは堕胎なのである。戦前堕胎罪が重罪だった時の本作はその恐怖を描いているのだ。主人公と友人の毒草談義、実に思わずなのか声が大きかったのだから、主人公は戦慄を覚えずにはいられなかったのだ。なお現在、創元推理文庫「D坂の殺人事件」等で読める。

【鬼】(2003/9/25)
江戸川乱歩、「キング」昭和6年12月から翌1月に掛けて三回分載の中篇本格探偵小説。主人公達は血まみれの犬を見かけた。それだけでもギョッとするというのに、しかもそのうちの一匹が人間の右腕をくわえていたのだ。そこから女の死体を発見するが、それが顔のない死体。藁人形の謎も絡んでくる本事件。物的証拠、アリバイ不成立、そして動機、これらの点からある男が容疑者になったが!? トリックはドイルからの借り物ながらも、恐るべき陥穽だ。なお現在、ちくま文庫「江戸川乱歩全短篇2」等で読める。


大阪圭吉[おおさか・けいきち]

【あやつり裁判】(2001/11/5)
大阪圭吉が「新青年」昭和11年9月号に発表した本格で、青山喬介が法の正義たる司法を救うという大袈裟でもなんでもない短篇である。双方決定的な証拠が出てこない等の難しい裁判で、ひょいと証人席に出て来て被告に有益或いは有害な証言をする女、しかも完全なる第三者である、という法廷風景。しかしこれこそ、あやつり裁判、に相応しい恐るべき陰謀であったのだ。その動機の点等が面白い本格短篇で、素人のある心理をも貫いている。なお、現在創元推理文庫「とむらい機関車」で読む事が可能である。

【石塀幽霊】(2002/10/10)
「新青年」昭和10年7月号発表短篇。これも大阪圭吉の誇りうる本格である。青山喬介も奇怪な謎に困惑した際に招聘され、美事な論理を見せつけてくれる。事件は主人公と郵便屋が奇怪な事をしている同じような姿の二人をある門前で見た。その門前こそ殺人事件の現場で、他に足跡等から犯人は捕らえられたが、意味不明な錯誤が目撃の根本にあったのである。見えざるが見えたという石塀の奇蹟の謎。これらを青山喬介が解く。なお、現在創元推理文庫「とむらい機関車」で読む事が可能である。

【動かぬ鯨群】(2002/3/20)
「新青年」昭和11年11月号発表の大阪圭吉の本格短篇。これは一言、圧巻大トリックだ。一年前に沈没捕鯨船で死んだと思われていた男が妙に恐怖に苛まれながら妻子の元に戻ってきたが、悲し過ぎる事に間もなく殺されてしまった。犯人はわかっているが、その船は出航済である。と、その背後に隠れた恐るべき謎があまりにも圧倒的なのだ。東屋所長の推理が冴え渡るこの一篇はこの大トリックとラストの動かぬ鯨群のグッと来る悲哀で、一大成功を収めていると言えるだろう。なお、現在、創元推理文庫「銀座幽霊」等で読める。

【恐しき時計店】(2002/11/11)
大阪圭吉が「キング」昭和15年7月号に発表した物。スパイ小説。主人公は従妹のミドリに頼みがあるからと呼ばれて行ってみるとそこから驚くべき話が出てきたのである。ミドリが勤める外国人時計店ボンスン商会に秘められた秘密とは? そしてボンスン氏が固持する前面の時計の整理処理。善良そうに見えても恐るべき策動はどこから湧いてるかわからないのである。ミドリの機転は大いに時計の秘密を逆手に利用し、主人公は新職を紹介する必要に迫られたのだった。なお、現在、読める本は存在しないようだ。

【寒の夜晴れ】(2001/11/29)
大阪圭吉「新青年」昭和11年10月号発表本格短篇。寒の夜晴れの日、殺害事件現場、雪の跡、残酷なサンタクロースが操るスキーの跡は中途で消え、まるで浮揚したかのようだった。ああっ、天国への昇天か! 殺害事件現場からは子供が消えていた。サンタクロースと共に天へ旅立ったのだろうか。それが安らかなものであれば、と切に願う。さて、本編も論理的に正しい方向性を付けて真実を探る本格物で、誘う哀しみも感じさせる名篇である。なお、現在、創元推理文庫「銀座幽霊」等で読む事が可能だ。

【銀座幽霊】(2002/9/5)
大阪圭吉「新青年」昭和11年10月号発表本格短篇。カフェ青蘭の目撃証言で幽霊による殺人事件という奇々怪々な状況が発生したのが本篇である。死者は最後にある名前を挙げて絶命した。しかも多くの目撃証言からもその人らしく考えられた。ゆえに当然のようにその人が犯人かと目されたが…。所が、である、その肝心な人は既に犯行当時明かに死していたと判定されたのである。これぞ、幽霊の犯罪か、銀座に現れたる幽霊による殺害事件だったか! なお、現在、創元推理文庫「銀座幽霊」等で読む事が出来る。

【坑鬼】(2002/4/30)
昭和12年5月「改造」発表の大阪圭吉の本格中篇の傑作。圧巻の論理で組み立てられた絶品。炭坑が火事になり、中に一人が残っている状況だったが犠牲にせざるをえなかった。その塗り込め作業に従事した人間が次々と殺されていくのである。ここは難点でもあるが、一端は塗り込められた男の関係者が容疑者に見立てられたものの、それも捜査中の事件で有り得ない事が証明された。とにかくもこの連続殺人、解釈がひっくり返る鮮やかな解決には驚くばかりであろう。なお、現在、創元推理文庫「とむらい機関車」で読める。

【香水紳士】(2002/7/4)
大阪圭吉、「少女の友」昭和15)年5月号掲載短篇。ユーモア少女物である。香水紳士、それは余りにも自己主張をし過ぎだった。少女のクルミさんは国府津の従姉に会いに行こうと列車のボックス席に乗ったが、なぜか空いているにもかかわらず一人の紳士が同席してきた。それが何となく無気味なえ上に四本指なのである。その紳士、直に眠ってしまったが、読んでいた新聞の記事から正体を見破ってしまったのだ。さて、クルミさんは如何にこの危機を乗り越えたか!? なお現在、ありがたいことに青空文庫で読む事が可能だ。

【三狂人】(2002/1/15)
大阪圭吉「新青年」昭和11年7月号発表本格短篇。狂人の論理を駆使する恐るべき名篇である。脳病院で院長が頭を割られて殺害され、三人の狂人が逃げ出したところから始まるこの怪事件は、恐るべき脳味噌トリックで大怪我をさせ、錯覚とも言える怪我人を生じせしめたのが大痛手だったのだ。怪奇的な雰囲気を醸し出しながらも、解決は完璧なる論理構成による本篇は、世界の天地が入れ替わるかのようなあまりのお美事さに感動すら覚えると言える。なお、現在、創元推理文庫「銀座幽霊」等で読む事が可能だ。

【闖入者】(2002/8/5)
大阪圭吉が「ぷろふいる」昭和11年1月号発表した本格短篇。写生していた男が殺されているのが発見されるところから始まる。ところがその富士山の写生を巡って事件はいよいよ紛糾するのである。南室からしか見えるはずがない富士山の写生を、東室で殺された男が土産に残していたのである。しかも家にいた容疑者達の証言で南室には他の人が占拠していたのだ。この謎に満ちた事件を大月対次弁護士が解決する。全てを説明する闖入者は意外な所から姿を現したのである。なお、現在、創元推理文庫「銀座幽霊」等で読める。

【燈台鬼】(2002/6/4)
大阪圭吉の本格短篇で、「新青年」昭和10年12月号発表。燈台に赤いグニャグニャした妖怪幽霊が現れ人を殺害するという奇々怪々過ぎる訳のわからない事件。しかも怪物らしき証拠もあるのだ。この悪夢のような事件に秩序を取り戻すのが探偵役の東屋三郎。とりあえず驚異の物理的トリックまでは見破るが……、果たして怪物の正体は、燈台鬼とは、どれほど切実な陰の先に存在したものだったか。その驚くまでの真相は!? なお、現在、創元推理文庫「銀座幽霊」等で読む事が出来る。

【人間燈台】(2002/12/13)
大阪圭吉・昭和11年7月「逓信協会雑誌」に発表短篇。まさに人間燈台! それには何かしらの感慨もある。使命を果たす決意、何という物哀しさを感じさせるものか。その晩、ある事情から、燈台守が一人になってしまったのが、そしてあの晩が嵐になってしまったのが悲劇の元になってしまったのである。次の日にその燈台守が、晩に仕事を全うしていたはずの燈台守が消えているのである。探しても見つからない。この不可思議な人間消失の謎があまりに哀しいのだ。なお、現在、創元推理文庫「銀座幽霊」等で読める。

【雪解】(2003/9/25)
「ぷろふいる」昭和10年3月号、大阪圭吉が発表したもの。随分ヘンテコな感じのもので、終結あたりの怪奇と皮肉が面白い効果を出している。北海道に文字通り金の山を探し求めに来た男が主人公であったが、目の前にちらつく砂金鉱床もあって、起こした一大決心! ところが、その結果、もたらされたものは、血の気も引く笑えないブラックユーモアの皮肉であり、恐ろしい金金金金だったのである、ああっ無情。なお、現在、創元推理文庫「とむらい機関車」で読む事が可能である。

【花束の虫】(2003/9/25)
大阪圭吉・「ぷろふいる」昭和9年4月号発表の本格短篇。大月対次弁護士が挑むこの難事件は、花束の虫から生じた恐るべき計画犯罪はステップを踏むかの如きの崖上の争闘によって構成されていたのだ。目撃証言によると、二人の男が崖上で喧嘩を始め、一人が死亡したという。そして怪しいと思われた人物は明らかに異なっていた。そこで登場するのが論理だ。さて、大月弁護士の論理は如何なる解答を紡ぎ出すというのか。なお、現在、創元推理文庫「銀座幽霊」等で読む事が出来る。

【白妖】(2003/9/25)
大阪圭吉が「新青年」昭和11年8月号に発表した大月対次弁護士物の本格短篇。人を轢き逃げするほどの気狂い自動車が有料道路で突如消失するという幽霊自動車物である。狙った効果が少し力的に物足りないのが少し惜しい所ではあるが、この謎の設定自体は結構面白い。しかも車の持ち主の家で殺害事件が起こって紛糾しているのである。しかし白妖の錯覚は奇蹟を作り出したが、その奇蹟が地獄へ向かう奇蹟であったのが因果応報ででもあったのだろうか。なお、現在、創元推理文庫「銀座幽霊」等で読める。

【大百貨注文者】(2003/9/25)
「新青年」昭和13年臨時増刊に発表。大阪圭吉の短篇で本格風ユーモアと言うべきか。大月対次シリーズで暗号を解き抜き差しならぬ状況を脱却させる事が出来た。さて、事件は大月を含む7人の注文者が集う所から始まるのだが、それが謎の集合なのである。待たした挙げ句に帰宅の主人も存ぜぬことらしいし、主人側からすれば大事件でそれどころではなかったのだ。しかし大月対次弁護士が大百貨注文者の意図を見破りめでたしめでたし、と相成ったのである。なお、現在、創元推理文庫「銀座幽霊」等で読める。

【気狂い機関車】(2003/9/25)
大阪圭吉、「新青年」昭和9年1月号に発表の本格探偵小説。鉄道線路沿いに同時に殺害された二人、駅舎へ向かった名探偵・青山喬介の名論理が冴え渡り、細かい材料の組み立てから事件に幕を閉じさせるこの事件。ああっ、何という満ち満ちた圧巻思考だろうか。そのトリックを始め興味深い点が尽きない本篇は恐るべき復讐物語でもあったのだ。なお現在、創元推理文庫「とむらい機関車」で読む事が可能だ。


大下宇陀児[おおした・うだる]

【金口の巻煙草 】(2002/5/18)
大下宇陀児、「新青年」大正14年4月号発表の短篇で、処女作である。ネオピューリタンと呼ばれる一高生は、寮部屋に戻るや、マントを借りたいと言ってきた。その理由は熱情に満ちた人助けのためであるというのだ。その対象たる少年は銅山から逃げてきて、追っ手に追われているという。さて、一高生と少年の運命は!? 金口の巻煙草によって悪意が表出してしまう本篇は推理的・理知的な所は殆どなく、ただ一高生という学生が主人公にしたという興味だけという気もする。なお現在、春陽堂「創作探偵小説選集1」で読める。

【金色藻】(2002/11/15)
大下宇陀児、「週刊朝日」昭和7年6月5日から9月25日まで連載された長篇。窃盗罪で裁判の公判中の男が、まさにその最中で銃殺されるという奇怪な事件。果たしてその真意とは!? 女優は疑われるも行方不明。そして怪しい男に我等が新聞記者は昏倒させられてしまう。アッサリした謎の放棄も多いのが気になるが、謎も多く出て来るサスペンス。さて、金色藻とは一体何だっただろうか!? なお現在、春陽文庫「金色藻」で読む事が可能であると思われる。

【毒】(2001/12/12)
大下宇陀児が「新青年」昭和6年1月号発表短篇。幼児を主人公にしたものでその点が非常に先駆的で新鮮であり、その当然の無知が救った話だ。その物凄さは言いようもないくらい素晴らしい。ジワジワ毒殺の恐怖を誤解した子どもたちだからこそ出来た恐るべき大ドンデンガエシ。こうして悪意溢れる大人の野望はついえたのである。ああっ、宇陀児の、いや探偵小説界の一大傑作と言っても言い過ぎではない本編は筋のシンプルさが効果を最大限に引き出しているのが圧巻なのである。なお、現在国書刊行会「烙印」で読める。

【凧】(2002/7/15)
大下宇陀児、「新青年」昭和11年8月号発表の探偵小説。それは親子愛の物語だった。あまりに哀しすぎる誤解に満ちでた親子愛。二つの凧は手段であり、インスピレーションだったのである。主人公の幼年時から青年と言える時期までに至る展開。父に無理難題を押しつけられ苛められる神童の主人公。というのも不義の子と疑われてしまったからで、しかしそれにはある意味疑も当然であったのだが。そしてその父の死が全てを変えた・・・。この親子にあった真実とは!? なお現在、創元推理文庫「大下・角田集」で読める。

【鉄の舌】(2002/9/9)
大下宇陀児、「新青年」昭和12年3月号から9月号連載の長篇探偵小説。高等学校試験に三年連続で落ちた兄(主人公)は弟も受ける年になり少し憂鬱。そして遂に悲願の合格するも、財産に余裕の無くなくなった父から出たのはあまりにも非情だった。鉄の舌、それは鉄のように動かぬ舌だ。殺人事件に巻き込まれ、動機について喋らせぬ鉄の精神力だ。しかしこれは時代の古さのみを感じさせるテーマであり、今読んでも一体何が面白いポイントなのか正直理解出来ない。なお、現在、気軽に読める本は存在しない。

【蛞蝓綺譚】(2002/10/11)
大下宇陀児、「新青年」昭和4年2月号掲載の奇怪な短篇。蛞蝓は下等生物などではなく、恐るべき妖術家であると言う事を証明した作品。ある曲芸団の主人公の女の子、一本竹の台の太夫、蛞蝓を生きたまま平気で食すが、一座の苛められっこ。そしてその後に起こったのが蛞蝓を元にした座興中の死であり、蛞蝓の滑り込みだったのだ。その縞のある蛞蝓がよもや再び突然現れたのである。この恐るべき妖術に秘密はあるというのだろうか!? なお現在、角川ホラー文庫「爬虫館事件(新青年傑作選)」で読む事が可能だ。

【魔法街】(2001/10/31)
「改造」昭和7年1月号発表で。大下宇陀児の誇るとてつもない怪奇小説の骨頂! 魔法街、それは悪夢のような魔術に襲われた町。幽霊のような真夜中の電車・出現とその後の謎の殺人。最も悪意に長けた奸智である放送終了後のラジオ電波による殺人実況中継。真夜中の姿なき楽隊と船上のカフェ崩壊・・・、そしてラストの映写機の怪鬼。とにかく死者の山で、更に不可思議にゾッとするではないか。これは真に怪奇怪談か悪魔のトリックか・・・、とにかく好短篇怪奇である。なお、現在国書刊行会「烙印」で読める。

【烙印】(2002/3/13)
大下宇陀児、「新青年」昭和10年6月7月号に掲載。背任などの大きすぎる失敗を演じた主人公はその主でもある子爵がしばらく胸の内に仕舞ってやるからと言う優しい心使いを逆手に取り、恐るべき計画を立て始めたように見えた。そこで起こったのが女の仕掛けた陥穽で、子爵は抜き差しならぬ状況に陥り、遂には悲劇を招いてしまうが・・・・・・。意表を衝くような探偵を捜せ、という地獄探偵の興味も加わる本篇は好中篇だと言えよう。なお現在、国書刊行会「烙印」等で読む事が可能だ。

【老院長の幸福】(2003/9/25)
大下宇陀児、「新青年」昭和11年4月号発表の短篇。まず大したものではない。やはりカタストロフィーは必要だ。この手の話で幸福なんて許されぬはずなのに、と言うかつまらない要因を更に作っているだけでないか。主人公の老院長は近ごろやってきた別の医院のために退屈になっていった。その際の温泉街行きだったが、恐ろしい罠を仕掛けたのである。でも幸い孫が四十度でも老院長はニコニコでいられたのである。なお現在、気軽に読める本は無いと思われる。

【偽悪病患者】(2003/9/25)
大下宇陀児、「新青年」昭和11年1月号掲載の短篇。偽悪病患者、それはバレンチノのような美青年。机上の悪巧みを企むもあくまで机上のものであった。つまり悪人願望者だが、あくまで見かけの願望に見えた。そしてそれが偽悪病なのだ。この小説は病気療養中の兄とその妹による手紙形式で展開される。その妹の周囲で発生した殺人事件に、アリバイもハッキリせぬ偽悪病患者。犯人は彼なのか!? 意外な結末が面白い本格探偵小説だ。なお現在、国書刊行会「烙印」等で読める。


大庭武年[おおば・たけとし]

【競馬会前夜】(2001/11/17)
大庭武年による美事なる本格短篇で「新青年」昭和5年12月号発表。大連と思われるD市を舞台にした郷警部物。その競馬会前夜に名馬が殺害される事件発生。しかも殺馬犯人と目されたその騎手も拳銃片手に死体となっていたのである。同じ銃弾での死因など状況的には騎手が犯人と思われたが、果たして!? 恋人への思いと愛馬への思いがある打算的悪巧みを想起させてしまうこの事件は、また競馬ミステリの先駆け的作品とも言えるだろう。なお、遺憾ながら現在読める本がない。作品レベルからして一刻も早い覆刻が待たれる。

【ポプラ荘の事件】(2002/1/17)
大庭武年が「新青年」昭和6年12月号に発表した本格短篇。D市の豪華絢爛なポプラ荘で起こった殺害事件であり、例のごとく郷警部活躍譚である。独逸人の銃殺された夫、娘、日本人の後妻や愛人、使用人達と異様な人々で構成されている。その兇器が不明な所や瓦斯の臭い、心理的動き、アリバイの有無などなどから郷警部が事件を解決に導く。西洋の本格物の臭いが強すぎる感があるが、容疑者が次から次へと出てくる中、論理的意外な解決で充分面白い。なお現在、気軽読める本がない。残念な所である。

【旅客機事件】(2002/8/4)
大庭武年、「探偵」昭和6年11月号発表の本格短篇。旅客機内の奇怪な殺人。主人公の操縦士と相棒の機関士、乗客二人の旅客機。ところが大問題。降りてみると、乗客は一人になっている上に一人は脳漿はみ出て死んでるのだ。俄然容疑者は消えた乗客と二人の乗組員になってしまうが…。練習機の語る救いの手、細かい時間的アリバイ、機関士の不審な挙動等等がある中、兇器の意外という点で、この探偵小説は注目に値すると言える面白さがあるだろう。なお現在、光文社文庫「『探偵』傑作選」で読む事が出来る。


岡戸武平[おかど・ぶへい]

【五体の積木】(2002/2/21)
岡戸武平、「新青年」昭和4年8月号発表の怪奇探偵短篇。カフェーに来た男が受け取った無気味な手紙は、恋の復讐者からの物。その内容たるは、氷柱の美女という悪趣味段階と、更に圧巻な五体の積木の復讐遊戯で構成されており、まさに奇怪! 奇怪! である。五体の積木、その描写と発想の面白さも二重の意味で、明快である上に、ゾッとする効果を発揮しているのもまた良い所であると言えよう。ぜひお奨めの一篇であるが、なお現在、ハルキ文庫「怪奇探偵小説集1」等で読む事が可能だ。


小栗虫太郎[おぐり・むしたろう]

【海螺斎沿海州先占記】(2002/9/4)
小栗虫太郎、「文芸春秋」昭和16年10月号発表の伝奇短篇。海螺斎は間宮林蔵に先駆ける上に大陸で冒険をしていたというその伝。陸の孤島の集落に海螺斎はたどり着いたが、遂には悲劇にまみえたしまったのだった。ああ、歴史が埋もれる瞬間よ。そこには伝染病の悪夢である。そもそもそうなるに及んだ隠れた月の哀れなる人間の弱さ。しかも人狼たる守護者は事故で失ってしまったのだ。もはや為す術はなかった。なお現在、沖積舎の「小栗虫太郎 全作品5」等で読むことが出来る。

【完全犯罪】(2001/11/4)
甲賀三郎の推薦による、小栗虫太郎・実質的デビュー作で、「新青年」昭和8年7月号発表中篇。連続中篇の横溝・代役として抜擢されたことでも有名である。完全犯罪、それは芸術的とも言える犯罪だった。まさに血の悪魔的浄化法! 恐るべきである。舞台は中国、そこで起こった密室での怪異。その謎に迫ろうと、論理を発揮し、笑い声の謎、心理的陥穽、そしてこれも小栗らしさの暗号…、しかし真相は意外意外で驚くべき物であったのだ。なお、現在、創元推理文庫「小栗虫太郎集」等で読む事が出来る。

【国なき人々】(2002/6/10)
「オール読物」昭和12年8月号発表、小栗虫太郎の法水麟太郎シリーズである。決して名品とは云えず小栗らしさも見えない作品ながらそれだけに本格物で、法水物の掉尾と言う事で興味深いと言える。全篇通じて船上で繰り広げられるこの物語は戦場をも舞台にしているのだ。これぞ時代を反映した法水の昇華! 主の事件は法水らを捕らえた国なき艦の副長が死する所から始まり、心理的要因等からの推定なのだが、最後の意外は唐突さゆえ、効果の半減が悔やまれる所だ。なお現在、扶桑社文庫「二十世紀鉄仮面」等で読める。

【後光殺人事件】(2002/3/19)
小栗虫太郎、「新青年」昭和8年10月号に掲載の短篇で法水麟太郎初登場作品。住職が寺院で殺害されたのだが、苦痛を伴う殺され方にも関わらず驚くべき事に死体は合掌しているのである。まさに彫刻の如くだ。また足跡の状況の物理的から行っても奇々怪々。先ず精神を殺害されたという謎。この精神状況、心理状況の変遷を法水が解くのだ。そして後光の奇蹟の秘密。一体これらがどのように繋がり謎の解答が提出されるというのか!? なお現在、扶桑社文庫「失楽園殺人事件」等で読む事が可能である。

【二十世紀鉄仮面】(2001/12/05)
昭和11年「新青年」に連載の小栗虫太郎の長篇冒険伝奇小説。お馴染みの法水麟太郎シリーズ。現代の哀れな鉄仮面を巡って、又、秘密文書の行方を通じた黄金の主を巡って、物語は進行していく。初期の法水物に顕著な妖異溢れる粉飾は息を潜めた感もあるが、アナグラム等の魔力は健在であり、不思議国アリスの暗示は少し面白い点だ。なお、あの「黒死館」の幻術を解き放ったさしもの法水麟太郎も恋を感じ、命も燃え尽きようとしていたのであるこの事件! は現在、扶桑社文庫「二十世紀鉄仮面」等で読む事が可能である。

【或る検事の遺書】(2003/9/25)
織田清七、「探偵趣味」昭和2年10月号に投稿掲載された短篇。織田清七とは、後の小栗虫太郎の前身で、小栗が最初に送り出した小説が本篇である。さすがに小栗の魔力のような憑き物は見られないし、実際大した物にも思えぬ短い作品だが、皮肉な感じの探偵小説で、まさに検事の遺書である。その何という滑稽とも言える遺書なことか。毒殺事件は、円満解決したように見えたのだが、その毒があまりにも意外だったのだ。なお現在、光文社文庫「『探偵趣味』傑作選」で読む事が可能だ。

【地虫】(2003/9/25)
小栗虫太郎、「新青年」昭和12年2月号発表の短篇。海に流れる死体が一つあり、それが更に船の推進機にかかってしまったのだ。そしてこれがこの事件を混乱させた元になったのかも知れない。この本格は意外な香りの魔術や過去の三、四、五、六というものも絡み合い構成されているのだ。その巧妙さ。さて、この秘密渦巻く連続殺人事件の真相とは如何に驚くべきものだったか!? なお現在、沖積舎「小栗虫太郎全作品7」で読む事が可能のはずだ。

【紅毛傾城】(2003/9/25)
小栗虫太郎、「新青年」昭和10年10月号掲載の短篇。ベーリングにも関わる黄金郷の所在の神秘的な謎を巡るこのストーリー。緑の髪の毛を持つ女が絡む恋愛喜劇、船からの生き残り、しかしそれには死亡したはずの父親の影が、実体が付きまとっているという不思議。そんな最中に行われる殺人。悪霊の仕業だと言うのだろうか!? 全ての秘密は驚きと共にあるのである。ああ夢か幻か。なお現在、角川ホラー文庫の新青年傑作選「ひとりで夜読むな」で読む事が可能だ。