先にお伝えした「江戸川乱歩原案の映画3作品を連続公開「RAMPO WORLD」」の第二弾「蟲」を観てきました。関連サイトは、
こちら や
こちら AIらしき女性ボイスのナレーションでドラマは始まります。
十年間引きこもり同然の映画監督、柾木愛之助は、話し相手はAIだけ。
所謂芸術家肌で他人の前では内気なのに、気を許した相手には、芝居や映画について理屈っぽい毒舌を吐く(※つまり傍目にはめんどくさい奴です)。彼の親友でフリーの映画プロデューサー?らしい池内光太郎に誘われて、ある小劇団の芝居を観て、その主演女優、木下芙蓉に一目惚れ、自分のミューズだと思い込んで新作のシナリオを書きます。
しかし、池内にはこれでは一般受けしないと書き直しを要請され、さらに、自分の気持ちを語り、シナリオを見せた木下にも嘲笑されてしまいます。
そこにさらに、池内のストーカーだと自称する「小林」となのる女性が現れ、池内と木下は関係している、と暴露し、池内にあの女は邪魔だ、何とかしろ、私は池内にいつも楽しくいてほしいのだ、と奇妙な要請をします。
小林に背中を押されるように、再度木下と会った柾木は、自分の映画と俳優としての木下への気持ちを理解されず、揶揄され、勢いで彼女を絞殺してしまい、その死体を、自分の家に運びます。
そして柾木は、木下の死体を相手に、一人芝居のように、撮影を始めます。死体に化粧を施し、演技をつけ、やがて、ミレイの「オフィーリア」の絵のように装飾し、ときに行き詰まると、AIボイスが彼を促し、やがて絵の具を何色も使って毒々しい色使いで死体を塗りたくりました。
すると柾木と木下(実はAIか?)が心を通い合わせた対話をし、柾木は姿を消します。
一方、柾木がいなくなり、失意に陥る池内、実はストーカーの存在にも気付いていました。隠しカメラ?に向かって「こんな僕を見てもつまらないだろう?」
小林は、池内の前に姿を現し、そんな寂しいあなたを見たくなかった、と叫んで、ナイフで彼を襲います。
場面変わって、柾木の家に、腹にナイフが刺さったままやってきた池内は、木下の死体を見て、倒れました。
※、原作の狂気を「ストーカー愛」で現代に脚色しつつもリアリズムではなく、閉鎖的で幻想的抽象的な表現で描いた空間劇だと思いました。柾木の家「だけ」が、いかにも昭和を彷彿とさせる木造建築でレトロ趣味を漂わせたのも、他の場面は、現代であるのと対照的で、視覚的に面白いものでした。
時代と共に変化する漢字の意味についての蘊蓄番組ですが、今偶々観たのは「奇妙」について、中国語では本来、普通では見られない、まれにみる素晴らしい、という意味合いだったのが、日本に入ってくると、近世以降、舶来の珍しい見世物に奇妙という煽り文句がついて、さらに、近代「江戸川乱歩」が「奇妙な味」という表現を作り出したことが決定的となって、今日の奇妙の意味合いが固定された、という話でした。