「吸血鬼」の浅薄さと奥深さ


「魔術師」連載の末期に平行するように報知新聞上で連載開始されたのが「吸血鬼」である。

これぞ新聞小説といった特長がもろに出た作品で、シーンごとの脈絡の薄い短い事件の連続であり、それを強制的に繋ぎ合わせた結果、乱歩通俗長篇の中でも、「吸血鬼」の枚数的にも長い物語となっている関係もあるだろうが、チグハグさが相当目立つ作品となっている。


物語は未亡人を巡るワイングラスの決闘から始まるのだが、最後まで読めばわかるが、実はここからしてチグハグとなってしまっているのも凄いことである。もしこの決闘に岡田道彦が勝利していたならば、果たして「吸血鬼」はいかがしたのだろうか? おそらく通俗的叙述方法に問題があるのであって、実は100%吸血鬼に凱歌があがるようなトリックを仕掛けていたんだとは思うが、なんとも釈然としないではないか。まぁ本作品の細かい点は無視するのが吉といえよう。


やはり本作の最大の見所は「魔術師」の直接的な続編を示す文代さんと新登場した小林少年の活躍に依るところに尽きるだろう。特に国技館での文代さんの巧妙なやり口と心配する小林少年のやり取り、そして終盤に演じた明智小五郎の推理ショーにおける怪演技には拍手喝采せねばなるまい。正直いえば、この「吸血鬼」の価値の半分はこれらの文代と小林のシーンなのではないかと豪語したくなるくらいだ。


ちなみに残りの価値の大半を占めることになるのが、火葬場と氷柱というになるのだが、そう考えると、不思議なことにこの「吸血鬼」見所たくさんあるじゃないかと思ってしまうので不思議、不思議。更によく考えると、文代さん活躍シーンに続く風船男、先述した序盤の奇妙なワイングラス決闘、ラストの探偵小説としてはあるまじき衝撃的な結末なども非常に印象深いシーンなのは確かである。これはもしや実は「吸血鬼」は名作だったのではないか。それとも錯覚という罠に陥っていってしまったのか。


最後に忠告しておこう。序盤の岡田道彦が自殺を遂げた鹿股川近くの温泉地は「塩原温泉郷」の「塩の湯温泉」であり、現在でも実在しているが、間違ってもワイングラスの毒殺決闘をおこなわないように注意されたい。何と言っても宿や温泉の人に非常なる迷惑だからである。
(2009年7月4日記す)

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