夢の放浪者 江戸川乱歩

著者の牛島秀彦による「もう一つの昭和史」シリーズの第5巻目である。
(※参考までに一応残りを挙げておくと、1巻「深層海流の男・力道山」、2巻「風雲日本野球V・スタルヒン」、3巻「謀略の秘図・辻政信」、4巻「浅草の灯・エノケン」)

1980年3月30日発行(毎日新聞社)


この本の内容について備考説明

 下に記した目次を見てもらえば推察できると思うが、前半はほぼ乱歩の簡単な自伝のようなもので、特に目新しいものは見当たりはしない。平井家先祖の話や父親についての記述が少々興味深い程度のものである。とはいえ、この本の著者の牛島氏は元々大東亜戦争関連の著作が多いことからも窺えるように、全ページの1/3を占める五章以降の後半部分は探偵小説作家及び江戸川乱歩の大東亜戦争化の活動の様が興味深く綴られている。乱歩や探偵小説ファンにおけるこの本のポイントはここだけに集約されているといっても言い過ぎではないだろう。また、海野十三や山中峯太郎などの軍事的少年ものに関する記事も豊富であり、小栗虫太郎、海野十三、角田喜久雄らの探偵作家の従軍についての記述や時局がら乱歩、海野十三、大下宇陀児らの軍部への協力に関する記述も多く見受けられる。乱歩、海野など探偵作家と一部軍人との付き合いに関する記述もあり、探偵小説及び昭和史ファンには、ここらが興味の尽きないところであろう。つまり結局のところ、メインテーマである大東亜戦争という昭和史の闇を探偵小説家というスポットから見つめた本がこの『夢の訪浪者』なのである。ということで前半はおまけといった感が強いように思われる。


目次を参考までに掲げておく。
これだけでも内容はとりあえず類推できると思われる。


I 屋根裏の世界

・荒正人の乱歩体験
・私の「屋根裏」体験
・「知的パズル」と見果てぬ夢
・伊賀忍者の里・名張


II エドガワ・ランポ誕生

・エドガー・アラン・ポー≠ゥらエドガワ・ランポへ
・ルーツにこだわりつづけた乱歩


III 少年の夢

・怪人二十面相的マルチ人間・乱歩
・黒岩涙香と押川春浪
・母から受けた「夢」と「芸」
・「ぼん」の初恋
・活字の世界に溺れる
・「乱歩出版社」と「支那密航」


IV 放浪の旅

・アメリカへの夢
・女教師・村山隆子との出会い
・浅草彷徨と活弁志望
・「変人蕎麦屋」結婚す
・転職また転職
・処女作成る
・「新青年」でデビュー
・「明智小五郎」の生まれるまで
・完璧主義こうじて渋滞癖
・探偵趣味の会のこと
・東京市牛込区筑土八幡町
・編集者・横溝正史
・初の新聞連載『一寸法師』
・小説合作組合「耽綺社」
・『陰獣と』『芋虫』


V 怪人二十面相のドンデンガエシ

・「少年探偵団」の登場
・「大東亜戦争」突入のころ
・海野十三の皇軍協力≠ニ挫折
・我が日東の剣侠児・本郷義昭≠創った山中峯太郎
・削除、発禁のなかで


VI 「大東亜戦争」下の作家

・変身ー隣組で大活躍
・「ペン部隊」の戦場ルポ
・報道班≠フ人びと
・臨戦下の「日本文学報国会」
・探偵小説家の従軍
・乱歩邸の戦時農園
・熱心に防空指導
・「大東亜戦」下の長編『偉大なる夢』
・焼夷弾の美学
・戦後の乱歩