《第3話 「ふたりの関係」》のネタバレ感想


出典:(コミックバンチ2004年28号(6月25日号(実際は6月11日発売日)))


情事を終えた佳子と野上。その後、桐畑の血痕が付いた鼠捕り器を発見し、不思議にかられる。鼠ならばギロチンで首を狩られているはずなのだ。

椅子を脱出して娑婆に戻ってきた桐畑は、骸骨顔でボロボロの状態ながらも現状の場所の把握に努める。山手の瀟洒な住宅街の下にある家具屋街のようだ。

そこに知り合いのBAR[ドルチェ]の主人に思いがけず出くわす。ここで桐畑の名前の一部が判明。「桐畑の哲[てっ]ちゃん」と呼ばれたのだ。桐畑は行き倒れのような状態になったことを適当に誤魔化しつつ、話題は野上の旦那の話へ移っていく。このバーにも桐畑手製の椅子があり、それに着目した野上という図式があったようで、BARの主人も紹介した手前、桐畑が野上の注文を受けたかどうか気になっていたようだ。

さらにBARの主人、野上家具店の宣伝(新聞?)を桐畑に見せながら、佳子のフルネームなどを説明調に言う。柏木佳子で、推理作家ということだ。この推理作家という点がこの作品に残した大きな汚点だ。怪奇作家、幻想作家、せめて探偵作家とすべきだったのだ。この時代に推理作家は存在しない。まして女流においてをや。旧字体までは使わないまでも、宣伝の描写の表題横文字が右→左式だったり、新聞の日付が大正十四年七月廿四日になっていたり、時代を感じさせていただけに、この推理作家という表現は残念至極だ。作者は大正時代は好きだが、探偵小説界については詳しくないのだろうか? 

閑話休題、脱線していたが、ともかく野上が家具を売るための宣伝媒体とする佳子、そしてその宣伝で登場することで小説家として有名になれる佳子。このふたりの持ちつ持たれつの関係を知ることになる。そして桐畑の脳裏に浮かぶは、ふたりの重なり合う肉体だ。

桐畑はそれから工房に戻るが、弟子の顔色は優れない。というのも桐畑親方不在の間に、弟子は多量の仕事を処理しきれず、不良の状態で出荷してしまった椅子が、案の定、返品の山となってしまっていたのだ。桐畑椅子工房、初の返品。弟子は謝るが、桐畑には叱る資格はなかった。さて、現実に戻ってきた桐畑。嫌気が増すばかり。思い返すは椅子だったときの、感触の世界の、思い出だ。この世の名声などを超越した肉体感触だけの世界。人間椅子だった桐畑は柏木佳子の肉体に心底陶酔してしまっていたのだ。現実では有り得ない非現実な椅子の愛。桐畑はこれを忘れられない。桐畑は何かしらの理由が欲しかったのかも知れない。佳子が鉛筆を削る小刀の切れ味の悪さに苦労していたことを思い出し、桐畑の持つ最上の切れ味の小刀を佳子にソッと渡してやろうと決心するのだった。この時点では佳子への最後の奉仕だと決めていたのだが・・・。


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