酒井嘉七[さかい・かしち]

【ながうた勧進帳】(2002/4/18)
酒井嘉七、「月刊探偵」昭和12年5月号発表の本格短篇。本作も著者得意の長唄物でかつ、本格物である。長唄の師匠は義母に鍛えられた若い師匠、その師匠が殺害されるという事件である。明かな内部犯事件となり、容疑者としては、主人公を含め四人の弟子と母親が挙がったのだが・・・。長唄物に相応しい矛盾を衝いた真相究明、そこには嫉妬の炎ではなく、ただただ怨恨の炎と情熱の炎が燃えていたのである。齟齬が面白い本格探偵小説と云えよう。なお現在、光文社文庫「『探偵』傑作選」で読む事が出来る。

【空飛ぶ悪魔】(2002/8/19)
酒井嘉七、「新青年」昭和11年1月号掲載の短篇。全然大したことはないが、飛行機を直接使った殺害計画というのが少し面白いかも知れない。二人は恋のライヴァルだった。その勝敗に飛行競技を選んだのである。それは暗闇の着陸に失敗すれば敗北という恐るべきものだった。最大の敗因は心を読み間違えていたことも当然としてあるが、三人で空を飛んだことなのだろう。敗者の彼は湖でなく一人海で散ったのである。なお現在、気軽に読める本は恐らくないだろう。

【両面競牡丹】(2001/11/27)
酒井嘉七、「ぷろふいる」昭和11年12月号に発表した物。小唄と踊りの師匠・母娘。母はほぼ引退した形で弟子たる子供衆に教えるのは主人公。それがデパートですれ違った自分自身という不可思議。これは悪霊だというのだろうか。その後、弟子として、偉いご隠居様が現れたのだが。さて、ご一緒に旅立つことになった時のその真意とは…、そしてもう一人の主人公の謎とは如何なるものか!? なお、現在、光文社文庫「『ぷろふいる』傑作選」で読む事が可能だ。もっともそれほどのものではないが。


佐左木俊郎[ささき・としろう]

【或る嬰児殺しの動機】(2002/6/25)
佐左木俊郎、「文学時代」昭和6年1月号掲載の短篇。これは時代を超越した凄い傑作である。これがまさに社会派の動機なのだ。都会の拡張は、農村、殊に小作人を直撃していた。主人公の爺もその例にもれず、窮乏生活を余儀なくされていたのである。しかも娘は孕んで戻ってき、どうにか始めた野菜売りも、都会の雑踏の前に挫折し、いよいよ生活は破綻したのだ。しかも伝染病、そして…。これを悲劇と言わずして何というのだろうか。なお、現在春陽文庫「恐怖城」で読む事が出来る。

【恐怖城】(2002/10/17)
佐左木俊郎、「新青年」昭和7年1月〜7月号連載の長篇。北海道の開墾地を舞台にした話で、裕福な地主の下男は、その令嬢と婚約者を憎しみ切っていた。馬車での銃殺トリックは失敗に終わったが、考える事はそれだけ。というのも、この下男は元はその地主のパートナーの息子だったからで、その辺りに恐るべき疑惑があったからなのだ。しかし実は恋慕している令嬢の徹底的すぎる弱点を握ったことで、大きくこの長篇は歪みを迎えていくのである。表題の意味が不明の本篇は、なお、現在春陽文庫「恐怖城」で読める。

【三稜鏡】(2001/12/16)
佐左木俊郎の短篇で、探偵小説界の至宝的作品で「新青年」昭和7年11月号掲載。副題を笠松博士の奇怪な外科医術というのだが、首無し殺人事件が意外な三重の謎に展開するという圧倒的な重厚な筋。精神分析的医学怪奇! 首と胴体とを繋げるという究極の外科手術、これを研究しているのが笠松博士で、その不器用な助手というのが主要人物になってくるのだ。夢久+不木のような怪奇幻想でありながら、納得もいく本格的な謎があるという絶大なる逸作。この作品が現在気軽に読めないのは七不思議としか言いようがない。

【猟奇の街】(2002/8/27)
佐左木俊郎、「文学時代」昭和4年12月号掲載の短篇。人違いからか? 男は突然女に声をかけられた。どうやら逃げ出した夫と勘違いしているようなのだ。坊やの泣き声も聞こえるそうだ。工場に行くな、とも言う。この不思議? 猟奇の町に迷い込んだものなのだろうか? その女の夫は、工場から帰ってこなかったのだ。そして死を告げられても、その確認はさせて貰えなかったことが、猟奇を形作ってしまったのである。なお、現在春陽文庫「恐怖城」で読む事が出来る。

【街灯の偽映鏡】(2003/9/25)
佐左木俊郎、「新青年」昭和5年9月号掲載の短篇。現実を歪めて写す偽映鏡を主題にした異常心理物だ。突如とした瞬間に、人の頭をポカッと殴ってしまう神経衰弱。それは偽映鏡の前だった。労働運動仲間の友人は裏切った、あろう事か、彼ら二人が思っていた女のために。それを機に、主人公の心理状況は、偽映鏡の如きになり、遂に神経衰弱の為めに工場を首になった彼を待っていたのは、廃人と化す状況だったのである。なお、現在春陽文庫「恐怖城」で読む事が出来る。

【錯覚の拷問室】(2003/9/25)
佐左木俊郎、「新青年」昭和4年11月号掲載の短篇。恐るべき精神への拷問。拷問室は教諭の部屋だった。学校で、ある教師の財布が紛失した事から、悲劇は始まったのだ。そして偶然少女は見てしまっていた。洋服のポケットが探られる所を。そしてそれが見てはならない人物によってなされていたのである。二重の悲劇は偶然によっていた。錯覚は早合点の悲劇を呼んだ。そこに介在していた秘密とは一体なんだろうか!? なお、現在春陽文庫「恐怖城」で読む事が出来る。


佐藤春夫[さとう・はるお]

【家常茶飯】(2002/2/4)
佐藤春夫の軽い調子の探偵小説で、「新青年」大正15年4月号に発表した物。日常に少し欲しくなる探偵能力に長けた男の話で、その男、書生の衆道の件、知り合いのおかみさんのバラバラチリヂリ葉書の件、玄関の戸がなぜ開いていたかを冷静に言い当てるなど、の活躍振りだという。そこでこの男に、借りようとしたが、持って帰り忘れた?という本の行方を探して貰おうとしたのだった、という何でもない話。なお現在、角川文庫「君らの魂を〜(新青年傑作選)」で読める。ただ傑作かは些か疑問ではあるが…。


地味井平造[じみい・へいぞう]

【煙突奇談】(2001/11/8)
地味井平造の幻想小説で、「探偵趣味」昭和2年6月号に発表。人類空中飛行の夢を語った話で、この手の話の中では最高傑作に位置するのではないかと思う。宙に聳える煙突から飛びだした二本の足、つまる所は煙突に突き刺さって死亡している男、この男こそがメインテーマである。太古の昔人類は宙を自在に飛び回っていたという。そしてその覚醒は将来必ず現れるというのだ。いや、既に…だと。ああっ、想像超・何と言うファンタジー。常識は信じられぬ。なお、現在、光文社文庫の「『探偵趣味』傑作選」等で読める。

【水色の目の女】(2002/7/1)
地味井平造、「新青年」昭和15年6月号掲載の幻想短篇。それは何という不幸な女だったろうか、そして不幸は不幸を呼ぶ。偶然なのか必然なのか恐るべき不幸。ギリシャ彫刻のような美、水色の目を持った女、主人公はナポリで彼女に出会う事で、新たな幻想を得たのだ。この水色の目を持った女の秘密とはいかなるものなのか。友人関係から求愛への狭間に起こった突然の告白、そしてその後の探偵…。なお現在、角川ホラー文庫「爬虫館事件(新青年傑作選)」で読む事が可能だ。


城昌幸[じょう・まさゆき]

【怪奇の創造 】(2002/5/12)
城昌幸、「新青年」大正14年9月号に掲載されたショートショート。別題『怪奇製造人』と言う。古風な古本屋で見付けた一冊の日記帳、これを最後まで読み終えた時の恐るべき戦慄とそして…。日記帳の作者は夢を見ていた。毎日続けて似たような恐怖を。その意味する所は一体何なのか! 怪奇の創造、それは真に怪奇現象を創造していたのだ。何という驚きであろうか。意味が変わってくる二重の驚きだ。なお現在、ちくま文庫「城昌幸集」等で読む事が可能である。

【人花】(2001/11/1)
これぞ城昌幸の美文、怪奇小説の絶品だ! この読後感の何という衝撃! そして何という慄然! 中毒者のように一度味わうと、逃れられぬエクスタシーの甘美さ、それは不幸なのか、それとも絶大なる幸福なのか、ある植物狂の最後はまさに壮絶であり、或いは儚すぎたのだ。動物体を溶解する地獄のようで、天国にも昇らせる植物はあまりにも魅力的過ぎる・・・、これは生命を削る麻薬そのものだったのかも知れない。なお、「人花」は現在、春陽文庫「死人に口なし」などで読む事が出来る。

【ジャマイカ氏の実験】(2002/6/30)
城昌幸、「探偵文芸」昭和3年3月号に掲載された短篇。主人公は、確かに目撃したのだ。空中遊行をする外人、ジャマイカ氏を。鉄道プラットフォームの線路部分を何気ない仕草で空中を歩き反対側に到達したジャマイカ氏を。所が、家まで押し掛けていった主人公にジャマイカ氏は意味もわからぬ風に絶対否定するのである。そこで何とか空中遊行術の実験に当たってもらうが…。さてさてその実験の展開はいかなるものだったか。なお現在、ちくま文庫「城昌幸集」等で読む事が可能である。

【シャンプオール氏事件の顛末】(2002/3/17)
城昌幸、「探偵文芸」大正15年10月号に掲載された短篇。シャンプオール氏は苦悩に付きまとわれていた。何故かはわからない苦悩。そして語った。その悪魔のような呪いにまとわりつかれた自身の話を。それは行く先常々出会ってしまう同一の一婦人。見も知らぬ婦人。糸で結ばれてるかのように呪いのようになぜか離れぬ一婦人。しかも世界中を旅しているシャンプオール氏だというのにである。その顛末とは如何なる物だったか。なお現在、光文社文庫「探偵文芸傑作選」等で読む事が可能である。


【情熱の一夜】(2002/11/13)
城昌幸、「探偵」昭和6年6月号発表短篇。新婚の友人宅で起こった情熱の一夜。主人公は招かれていたが、夜中妙な物音の前に起き出してみるが、そこに待ち受けていたのは、主人。しかも様子が奇々怪々なのである。果たして気でも違っていたのだろうか。ノン、それは起こるべくして起こった情熱の一夜だったのだ。大した効果ではない凡作に過ぎない本作だが、現在光文社文庫「『探偵』傑作選」で読む事が出来る。

【その暴風雨】(2002/12/18)
城昌幸、「新青年」大正14年9月号に掲載されたほんの短い短篇。暴風雨は旅客船を襲いかかっていた。そして一等運転手は必死に対応作業をする。ともあれ決して沈没を恐れるまでもないのだ。そして船客が尋ねて来たので、全然大丈夫だと答えたのである。所が、数十分後にはまたもや全く同じ問いをして来る船客。これには苛立ちを覚えざるを得なかったのだったが…。さて、何とも言えぬ恐怖の読後感を引きずる本作は、現在ちくま文庫「城昌幸集」等で読む事が可能だ。

【+・−】(2003/9/25)
城昌幸、「探偵文芸」昭和2年4月号に掲載されたショートショート。プラスとマイナス、1と0しか世の中に無いというのだろうか。傘を持った見知らぬ男は、いきなり近づいてきた。そして話し出したのである。一方がプラスならば、マイナスもどこかへ。神が救うべきはマイナスこそ。これで世の中の均衡が取れるという物なのか。しかし傘を持った男は、傘をマイナスしたばかりに、総決算が0に変じてしまったのだ。この怪奇掌編、現在、角川ホラー文庫「爬虫館事件(新青年傑作選)」等で読む事が出来る。


新青年[しんせいねん](雑誌名)

【新青年】(2001/11/3)
戦前の探偵小説準専門誌とも言えるもの。乱歩や夢野、小栗などの多くの代表的作家がこの雑誌からデビューをし、更には戦前のほとんど全ての探偵作家がこの雑誌から大いに羽ばたいたものである。そして創作探偵小説の砦的存在だった。大正9年《冒険世界》から受け継ぐ形で、博文館から発刊され、戦後昭和25年まで続いた《新青年》は、現在まで語り継がれる探偵小説ファンのバイブル的ものである。また歴代編輯者には、森下雨村、横溝正史、延原謙、水谷準らがおり、各様に素晴らしい探偵趣味を実現してくれた。


瀬下耽[せしも・たん]

【海底】(2002/2/6)
瀬下耽、「新青年」昭和3年10月号発表短篇で、うなぞこ、と読む。海底で繰り広げられた死の舞踏は、まさに物言わぬ主張。死してなおの執念であったのだ。自害淵は自殺者の名所だったが、そこから飛び込むるのは主人公の海女の妻。というのも夫婦喧嘩の果てであった。突如のその事実に驚異するのは主人公で、しかも海底で連れと一緒に女の死体を発見してしまう。この危機。失踪事件も絡んでくるこの物語は怪奇小説の佳篇と言えなくもないだろう。なお現在気軽に読める本がない。それが少し残念な所である。

【仮面の決闘】(2002/8/6)
瀬下耽、「新青年」昭和4年6月号発表のショートショート。この絶大な効果、仮面の決闘のトリックは効果という点では圧倒的ではないか。命をかけた決闘者の血は燃えたぎっているのだ。現城主は老いたりと言えども剣の名手で自惚れ家、ゆえに弱小な復讐者に怯むと言う事は有り得なかったのが陥穽の血だったのだ。双方の身分の圧倒的差による面子等から両者が仮面を被るという決闘法が復讐者提案で出されたが、その真意たる圧巻の絶対効果とは…。なお現在残念ながら気軽に読める本は無いようだ。

【柘榴病】(2001/11/22)
瀬下耽、「新青年」昭和2年10月号に発表の第二短篇。太平洋上で渇水に喘ぐ船員が見つけた島。そこは恐るべき柘榴病に汚染されていたのだ。残されたその島最後の生物になった医者の手記。悪魔の貪欲さが生んだ完全崩壊。完全治療方法を突き止めながら、富に眼の眩んだ彼と妻は無人島の王様になりたかったのだ。呪いを吐き滅び行く島民、全生物。その具現化が嵐の日の蝙蝠だったやも知れぬ、死の使い。ああっ、しかし何という怪しき幻魔の妙なことよ。なお現在角川ホラー文庫「爬虫館事件(新青年傑作選)」等で読める。

【綱】(2001/12/11)
瀬下耽の処女作で、「新青年」昭和2年8月号に掲載されたもの。懸賞二等作でもある。ロープ、と読む。老人がゴシップ求む倶楽部で語り出した情熱に満ちた物語。それはロープ切断の心理的葛藤、滑稽で虚無に包まれてはいるが、それは愛ゆえの物。絶壁の山、腰に命綱を巻いた四名。そこに愛と憎悪渦巻く三名を含むのである。その状況で一人宙に浮くと悲劇的なのは言うまでもない。誰が最終的にロープを切らせたか!?。遺書に無理があるのは苦しいものの、興味深い一篇であると言えよう。現在気軽に読めないのが残念な所だ。


妹尾アキ夫[せのお・あきお]

【恋人を食う】(2002/2/12)
妹尾アキ夫、「新青年」昭和3年5月号発表の怪奇短篇。いか物食い趣味の男は、自慢げに一篇の話を紡ぎ出して行く。何と人肉を食した事があるというのだ。しかも地獄にいながらも、美しい恋愛劇のように。下宿の娘に惚れ込んでいた男だったが、相手にもされないこの悲しさ。しかし不幸な死の後は、塩漬けにして、まさに恋人を食う! 一片残さず貪る。究極の食人、悪魔の恋愛だ。しかも本篇はラストにまでニヤリとさせる展開であり、さすが怪奇幻想の名手なのである。なお現在、ハルキ文庫「怪奇探偵小説集1」で読める。

【凍るアラベスク】(2001/12/02)
妹尾韶夫発表の逸作怪奇が本篇である。「新青年」昭和3年1月号掲載。甲賀三郎は《乱歩君の鏡地獄に比して、氷地獄とも云うべきもの》と評した。まさにその通りであり、氷の狂人。女教師は尾行されているのを感じたが、それが製氷会社の社員。そしてその男、顔相によると、妻になるべき人だと言う。おかしな口説き方。しかしそれがまさかあの恐怖の結婚式を招こうとは! 狂的な製氷へ熱の最終地点、それは何という怪奇恐怖であり、不思議な美しさであったことか。なお現在、春陽堂「創作探偵小説選集4」で読める。

【深夜の音楽葬】(2002/9/11)
妹尾アキ夫、「新青年」昭和11年7月号発表の短篇で、絶大なる効果で、しかもゾッとするような読後感を残す陰謀を乗せた秀作だ。盲目の主人公は上海へ。そこにどこからか届けられるヘリオトロープの花束。それは愛を求める女からのものだったのだが……、それが盲目ゆえに悲しき葬式を迎える事になってしまおうとは。しかしある意味では幸福。何という悲劇か。しかしその悪意の奸計には許せまじの苛立ちすらも感じさせるのだ。なお、現在、残念ながら、気軽に読める本はないようだ。

【黄昏の花嫁 】(2002/5/26)
妹尾アキ夫、「新青年」昭和12年12月号掲載の短篇。場末の古道具屋にあったのは、若い女の半身像の名画だった。しかしその中に恐るべき告白書が隠されていようとは! 黄昏の花嫁、それはある画家が描いた至高の幻想であり、至上の花嫁なのだ。しかもそれが悲劇を生んでしまったのである。なかなかの佳作幻想小説と云う事が出来るだろう。狂的恋愛ながら純粋という儚さなのだ。なお、現在、気軽に読める本は無いのではないかと思われる。

【密室殺人】(2003/9/25)
妹尾アキ夫、「新青年」昭和12年9月号発表の短篇。本格物だが、どうも美事なまでに大々的に創意のない物に過ぎない。やはり妹尾アキ夫の物は怪奇幻想系に尽きるようである。同じ一組の部屋で妻が殺害された。密室だという事などから同じ密室内で眠っていた事になる夫に嫌疑が掛かるが…、そこには恐るべき殺人トリックが介在していたのである。作者も示唆するとおり創意が感じられないまさに翻訳家らしい作品である。なお、恐らくは、現在気軽に読める本は無いと思われる。