牧逸馬[まき・いつま]

【ヤトラカン・サミ博士の椅子】(2002/9/2)
牧逸馬、「新青年」昭和4年10月号掲載の短篇。ヤトラカン・サミ博士は、移動式の椅子に腰掛けて、手相を称して、猥褻な事を吹聴することを楽しむキチガイ老乞食。その椅子には特に空想を逞しくさせる恐ろしさ。その舞台は、インドの南、セイロン島。そのヒンドゥファンタジー、何という怪しの世界だった事か!? とは言え、傑作選に加えるほどの作品とも思えない。ラストは急進的に一興であるが。なお現在、角川ホラー文庫の新青年傑作選「ひとりで夜読むな」で読む事が可能だ。


水谷準[みずたに・じゅん]

【お・それ・みお】(2001/11/6)
水谷準の短篇で、「新青年」昭和2年4月号発表。お・それ・みお、それはフワリフワリと太陽へ昇る子守唄のごとし、浪漫狂気のみが為し得る至高な美しき墓場への道しるべ。そこは天国だというのだろうか。ある浪漫主義者はその恋情ゆえに恋人を暗い暗い所から救出し、研究し用意したのは浪漫溢れる天国への扉。その先に待つのは明るい明るい大空の世界。ああっ、なんというロマン、純粋すぎる孤独な恋の終着点だ。なお、現在、創元推理文庫の「名作集1」等で読む事が可能である。

【狂殺譜】(2002/3/29)
水谷準、「文芸倶楽部」昭和6年4月増刊号に発表短篇。一応本格物なのだろう。祠から突如出て来た女の死体。それは若様が手をつけていなくなった女だった。そしてそこに続けられた恐ろしい復讐してやる、文。若様は貧乏男爵で次の結婚話が破綻すれば路頭に迷うしかない。ゆえ黙って埋める事にしたのだ。しかし結婚後に現れる謎の怪人物、それは復讐実行者だと言うのだろうか。その巧妙なトリックと狂殺とは如何なるものだったか! まぁ、せいぜい並作で、現在読める本が存在しないのも当然至極である。

【胡桃園の青白き番人 】(2002/5/15)
水谷準、「新青年」昭和5年2月号掲載の短篇。フランス帰りの主人公は幼なじみもいる故郷へ帰った。その友人こそ胡桃園の主。幼き少年時代はこの二人に綾子という女の子三人を交えて遊んでいたものだった。そして胡桃園の主が感じた恋心…、しかし綾子は家の都合で唐突に姿を消し現代に至っていたのだ。そんな中主人公が帰りの客船で見た綾子の姿は、変調への第一歩、かくして番人はその役目を展開させずに済んだのである。何という美事なる浪漫の果てだったか!? なお現在、ちくま文庫「水谷準集」等で読める。

【恋人を喰べる話】(2001/12/19)
水谷準が「探偵趣味」大正15年10月号に発表した物。恋人を喰べる、この穏やかならぬ意味。それは二重の意味。恋なぞとは無縁のように見えた男が語ったストーリーはある意味その前奏曲。歌劇で知り合った不思議な少女との恋が彼の最初で最後の恋。しかしある時に聞いた少女の求める最大幸福というものが大きく運命を変えていった。催眠術にかかったように男はそれを叶えてしまったのだ。もっともそれゆえに無花果の実は恍惚感漂う物になったのだが……。なお、現在、光文社文庫「『探偵趣味』傑作選」で読める。

【好敵手】(2002/12/9)
水谷準、「新青年」大正11年12月号掲載の処女作。ほんの掌編でかつ、取るに足らないペテン味の強い探偵小説であるが、若き水谷準の処女作と言う点では興味深い。独身中年紳士のヘンリ氏は立派な身なりにもかかわらず、なぜかホテルの陰気な部屋を借りていた。彼の趣味は古物蒐集であり、出かけ空っぽの鞄が、戻ってくる時には荷物で一杯になっているのである。そのホテルにある男がやって来たのだが、それがカタストロフィーへの切っ掛けであったとは!? なお現在、ちくま文庫「水谷準集」で読める。

【酒壜の中の手記】(2002/8/29)
水谷準、「サンデー毎日」昭和2年11月号掲載の短篇。主人公とその友人はボートに乗って、悠然と外洋へ乗り出したのだったが、ふと見付けた一艘のヨットのなれの果て。というのも、帆も何も無く、水が溜まりに溜まっているわけというわけなのだ。そんな中、好奇心を起こした友人はヨットに乗り込み、指環を発見、更に意外や意外なことに酒壜の中の手記を発見したのだ。そこに書いてあった内容とは!? なお現在、ちくま文庫「水谷準集」で読める。

【空で唄う男の話】(2002/11/08)
水谷準、「新青年」昭和2年3月号掲載の短篇。空で唄う男は、綱渡り中に唄うという。ペーソス哀愁を感じさせる本篇だが、ふと喫茶店で出会った二人、ポスターに載っていたビルの間の偉業の綱渡りの宣伝、それがそのうちの一人、外国帰りの男だというのである。満足の得れる世界、刺戟ある世界を求めるのが、その男。さて空で唄う、その唄は如何なるものだったというのだろうか。そして手紙の示す内容はそれを示すのか!? なお現在、創元推理文庫「名作集1」等で読める。

【七つの閨】(2002/10/2)
水谷準、「新青年」昭和3年1月号掲載の幻想短篇。七つの閨、それはある浪漫主義者の城内にある脈動のない部屋。女との恋を極度に否定する男が持つユートピア。それは主人公がカフェで知り合った男と深く知り合ったばかりに、そして妻にも心安く紹介したばかりに起きたカタストロフィーだったのだ。ゾッとする絶大な効果を挙げた無気味特有の眼球運動を見せる浪漫主義者の恐るべき悪魔の感覚が示した物は!? なお現在、角川文庫「爬虫館事件(新青年傑作選)」等で読む事が可能だ。

【屋根裏の亡霊】(2002/6/23)
水谷準、「文芸」昭和11年4月号掲載の短篇。主人公の新聞記者は長きに渡る仏勤務を解かれて帰日中だったが、その中途にモスクワに寄った所が見覚えのある顔に出会う。直ぐさま某博士だと思い当たり、それは正しかったのだが、しかし奇怪な事に博士はとっくの昔に獄死していると自分自身で述べるのだ。はて、これは亡霊だというのだろうか!? 博士が行った奇妙な奇計と共に、ここなる秘密、如何なるものだったか!? なお現在、ちくま文庫「水谷準集」等で読める。

【夢男】(2002/7/26)
水谷準、「新青年」昭和3年5月号掲載の短篇。夢男、それは自身の夢と言う世界で生きる一人の住人。そして夢の続きを見たりある程度コントロール出来る男。突如夕べ会ったと話しかけられた物語作家の主人公は驚くばかりだが、この男の夢に半羊神として出演していたとの事。主人公は夢男の夢日記なる夢の記録を借り受けたて友人に見せたのだが…、そのから何が見えたというのか! 夢男という魅惑的題材ながら結末への展開がどうも消化し切れて居ないのが些か物足りない本作、なお現在、ちくま文庫「水谷準集」で読める。

【孤児】(2003/9/25)
水谷準、「新青年」大正13年6月号掲載の短篇。みなしご、と読む。孤児院で兄弟のように仲良く周りからも言われて育った主人公たち二人。主人公である一方は問題児的だったが、弟適役割の方は穏やかで主人公の性質を善に導き社会に適応させていくと思われた。この二人、苦しい苦しい孤児院を出た後も二人で一軒家で生活していたのだが、主人公は、そこに嘗ての院長が弟と面談している所を聞いてしまい、頭脳に渦巻く自己中論理…が湧き起こってしまうのだ。なお現在、ちくま文庫「水谷準集」で読める。

【街の抱擁】(2003/9/25)
水谷準、「探偵趣味」昭和2年1月号掲載の短篇。放浪者達は喫茶店で自らの馬鹿談義に講じていた所にやって来た紙切れのように薄っぺらい男、その男曰くにコンクリイトの中の夢を経験してきたというのだ。町の交叉点で足の元からの奇怪な搏動。それこそ、その原因として、現実的な解釈を当て嵌めようとする放浪者達を裏切って、それこそ町の抱擁であったのである。ああっ、何というコンクリイトの中の夢だったことか。なお現在、ちくま文庫「水谷準集」で読める。

【追いかけられた男の話】(2003/9/25)
水谷準、「新青年」昭和2年10月号掲載の短篇。秋の最中の公園にて、主人公は突如話しかけられた。その男と言うのが、幽霊じみて青ざめた顔の男、内容というのも、秘密に属しそうな話なのだ。それこそ殺人を犯した話。しかも刑事に追いかけられているといい、直ぐさま逃げ出してしまった。まさに追いかけられた男の話、男の行く末は一つしかなかった。その後主人公が不可思議にも追いかけた結果は如何に!? なお現在、ちくま文庫「水谷準集」で読める。

【蜘蛛】(2003/9/25)
水谷準、「探偵趣味」昭和3年5月号掲載の短篇。醜いものや恐怖を好む悪魔のような嗜好の持ち主、それが主人公の最大の友人だ。もっとも主人公はというと、その正反対の性格の持ち主らしい。その友人が主人公の別荘、町から遠く離れた理想郷に久方振りに遊びに来るのである。しかしその恐るべき真意こそは復讐、悪魔の退治というものであろうとは!? さしもの友人も気が付かなかったのだ。ああっ、何という想像だったか! なお現在、ちくま文庫「水谷準集」で読める。

【殺人狂想曲】(2003/9/25)
「朝日」昭和6年6〜12月号に連載された水谷準の中篇で、ピエール・スーヴェストル&マルセル・アラン作の「ファントマ」を翻案したもの。まるで人を食ったような喜劇的な亜現実で、この狂想さえ受け入れれば、そこそこは読める。むろん単なるドタバタ劇としてではあり、最後こそこの喜劇のクライマックス。思う存分笑う所であり、本気で物語中の正気を疑ってしまうのだが。それと飜倒馬[ファントマ]の正体がわかりやすすぎるのもご愛敬の一つだろう。なにはさておき、興味ある御仁は春陽文庫「殺人狂想曲」でお試しあれ。

【闇に呼ぶ声】(2003/9/25)
「朝日」昭和5年10月号から翌年2月号に連載された水谷準の中篇。北海道の片田舎の缶詰工場が不況で閉鎖され男は、宛が出来たこともあり東京へ行くことになった。男には恋人がいた。だからこその東京行きでもあった。しかし不幸が襲いかかり男は記憶を無くした。そして想い人に対する熱情までも忘れてしまった。不幸は続く。ある異常者に対する怨みも手伝い恐るべき復讐も考えた。世の中への復讐。しかし男は心の故郷を忘れていなかったのだ。ああ数奇な運命。破天荒な展開。何かよくわからない内に展開していく破綻さと必死さが生みだした物語の結末とはいかなるものか? 春陽文庫「殺人狂想曲」に収録されている。

【瀕死の白鳥】(2003/9/25)
初出不明の水谷準短篇作品。可憐なバレリーナは師を恋人と期待していた。が運命は変質者向けに出来たらしい。彗星の如く世に出現バレリーナは夢のように退場したかに見えたのである。永遠の美、それは誰もが求めうる可能性がある人類の夢の一つと言っていいだろう。この物語も何か強制的な宇宙の流れが実在するかの如くに一気呵成に展開していく。クライマックスの場こそ異常の檜舞台。バレリーナの運命やいかに!?


水上呂理[みなかみ・ろり]

【蹠の衝動】(2002/3/26)
水上呂理が「新青年」昭和8年3月号に発表した短篇。フロイドの精神分析を駆使して変態性欲を扱った探偵小説で、佳作だと言えよう。医者の主人公は、足裏の土踏まずをどうにか接触させたい衝動に駆られる精神衰弱者であったが、ある時、異様なる刺激を求める文明病患者と呼ぶべき異常者出会ってしまったことからその恐るべき衝動はいよいよ高まっていったのである。女の変態性欲的心理なども相関連する本作は本格探偵小説としても申し分なき面白さだ。なお現在、気軽読める本がないのが、残念な所であろう。

【精神分析】(2002/6/21)
水上呂理、「新青年」昭和3年6月号掲載の短篇。処女作であり、美事なるフロイトの精神分析を駆使した作品だ。謎のある本格の味もある。主人公の友人は奇々怪々な怪事に襲われていた。血痕を示す物が尽く妨害工作に遭うのである。見合い写真の奇妙な移動、あげくに戸籍謄本の朱線、更に更に小間使いの服毒自殺未遂だ。しかも原因が見えたと思われたこの事件にはまだまだ驚くべき秘密。それこそ精神分析に長けた男の活躍の場、大いなる凱旋だったのだ。なお現在、角川文庫「君らの狂気で死を孕ませよ」で読める。

【痲痺性痴呆患者の犯罪工作】(2001/11/10)
「新青年」昭和9年1月号発表短篇で、水上呂理の最高傑作と言っても過言ではない法律的心理の逸品だ。法律的責任はどこにあるというのか? 刑法第39条「心神喪失者ノ行為ハ之ヲ罰セス」の条文を利用し、発狂状態での恐るべき犯罪計画。果たしてそれは無罪か有罪か、そもそも常人と狂人の境目はどこにあったというのだ。しかも破滅誘う錯誤が更に迷走させるばかり。そこには悲劇転がり裏に蔓延る奸計が待っていたのだ。なお現在、残念ながら気軽に読める本がない。これを遺憾とせずになんとしようか。
附記:かつては晶文社の「あやつり裁判」(鮎川哲也編)で読むことが出来たので、図書館か古本屋で探して見ても良いかも知れない。


南沢十七[みなみざわ・じゅうしち]

【動物園殺人事件】(2002/3/22)
南澤十七が「探偵クラブ」昭和8年3月号に発表した掌編。紙芝居の爺さんは話の終盤になるや、いきなり見物の小さな女の子を拐かすという事件が発生した。色狂かとも噂されたが、捕まった爺が巡査に述べた言葉とは、まさに動物園殺人事件であったのだ。しかし掌編のクセにバランスも取れていないような気もするし、動物園殺人事件の効果は悪くはないが、何か海野臭いしで、駄作の評価は逃れられまい。なお、現在光文社文庫「『探偵クラブ』傑作選」で読む事が出来る。


村山槐多[むらやま・かいた]

【悪魔の舌】(2002/6/5)
村山槐多、「武侠世界」大正4年8月号に掲載。悪魔の舌、それはおぞましいまでの舌だった、主人公は自殺した知合の遺書を見てしまうがそれが悪魔以上の告白書、子供の頃から寄食をしていた男で、壁土から虫までとまさにその時点ですら異常そのもの、それがある時、鏡で自分の舌を見た時悪魔の舌を見付けたのだ。そうなると道はたった一つしかなかった。だが、だが、その所業に最高最大の神の罰が下ろうとは…!? なお現在、ハルキ文庫「怪奇探偵小説集1」等で読むことが出来る。


持田敏[もちだ・びん]

【遺書】(2002/6/24)
持田敏、「新青年」大正15年5月号発表の短篇探偵小説。錯誤は現代人なら誰でも気が付く物だろうが、単純にそれで終わら無い所が面白い所だ。送られてきた遺書に書かれていた内容は検事にとっては最屈辱に値する内容で、法廷で無罪人を断罪してしまったという。というのも、その遺書の作者たる肺病病みの男が真犯人であるというのだ。しかも決定的な証言をした男が。この事件、不合理な所を美事に克服してしまうトリックで面白かろうだ。なお現在、光文社文庫「新青年傑作選」等で読む事が可能である。


守友恒[もりとも・ひさし]

【燻製シラノ】(2003/9/25)
守友恒、「新青年」昭和15年5月号発表の本格短篇。名探偵・黄木陽平の推理が冴え渡る本格物。その探偵能力は意外な真実を見抜いたのである。色彩による赤い蝙蝠の謎は如何に展開したというのだろうか? そのテストの真の意味は!? ある医院で起こった院長の妹の目が焼かれるという奇怪な事件。その事件に伏在していた企みとは一体なんだったか!? この時代の本格物として興味深い本作は、なお現在、光文社文庫「新青年傑作選」等で読む事が可能である。


森下雨村[もりした・うそん]

【襟巻騒動】(2001/11/24)
探偵小説の父とも言える森下雨村が「新青年」昭和11年新年号に発表したもので、七回続く連続短篇の掉尾だった。しかしその本作も単なる軽いユーモア物に過ぎず、全く取るに足りない物だ。ロシア産の黒狐の襟巻きという高価なものが廻りに廻って質屋に辿り着くや元の黒猫に戻るというもの。そもそも田代が子どもを海から救出したことでユーモアループは繋がったのであったが、浅ましきは人である。特にあの親爺である。なお、現在、手軽な本で読む事は出来ないが、この程度では、それも仕方ない、と言えるだろう。

【噛みつくペット】(2002/10/13)
森下雨村、「新青年」昭和11年5月号発表の短篇。連載短篇中の作だ。船長とペットの幸福話である。それは果たしてユーモアだったのか? それははっきりよくわからないが、それとも普通小説だったのか? ペットとは二等機関士が購入した猿公であり、社長令嬢が欲っしていたというのである。ただその猿公が乱暴者で……、と言う展開。海に落ちた猿公、猿公と二等機関士の仲の良さの不思議? もある。ともかく全然大したことはない。なお現在、気軽に読める本は存在しない。