梶井基次郎[かじい・もとじろう]

【Kの昇天――或はKの溺死――】(2001/10/25)
梶井基次郎・大正15年発表短篇。月光に映し出された自己の影。それはまさに阿片の如く魅惑的な物。そして月へ向かって昇天する。何という幻想だろうか。影の魔夢に取り憑かれ、肉体が感覚を失い、魂が研ぎ澄まされる、ああっ、この分離。中途で感覚を取り戻すことなくそのまま月への昇天し、無感覚の肉体は沈んでいく・・・。また幻想を基に組み立てられた推理も探偵小説として素晴らしい要素と言えるだろう。なお、このサイトで読めるので。私自身が本で読んで間もないながらもお奨めしたい一篇。
附記:「新潮文庫」でも読むことが出来る。


勝伸枝[かつ・のぶえ]

【嘘】(2003/9/25)
勝伸枝、「新青年」昭和6年7月号発表の短篇。その人が言うと、ちょっとした嘘がいつの間にか真実に変貌する。誰もがそれを信じてしまう。それは一種の催眠術であったのだろうか。ほんの噂程度の物ならもちろん、明らかに目で捉えてる物すらも嘘の内容が唯一の真実にすり替わるのだ。何という奇怪。これをその人が気が付けば、実験したくなるのも仕方がないが、狂人事件にまでなってしまうとは。更には悪夢の発展は止まらない…。なお現在、光文社文庫「新青年傑作選」等で読む事が可能である。


川田功[かわた・いさお]

【偽刑事】(2002/7/13)
川田功、「新青年」大正15年2月号発表のユーモア短篇。取り分けて大した物ではない。主人公は美女を見かけた物だから、気になって後を付けてみたくなった。すると百貨店に入って行くではないか。そして万引きを目撃してしまうだ。外に出た後、探偵なり、刑事と偽って、その女に問いただそうとするが、思わぬしっぺ返しにあって、主人公はやはり情けないのであった。なぜ傑作選に加えたのだろうか、と少し不可解だ。なお現在、光文社文庫「新青年傑作選」等で読む事が可能だ。


木々高太郎[きぎ・たかたろう]

【永遠の女囚】(2002/11/19)
木々高太郎、「新青年」昭和13年11月号発表短篇。永遠の女囚、それは悲しき運命に逆らえない不幸の星。殺人事件と許されぬ心理作用を同時に処理する大なる効果を上げていると言える。何という感銘だろうか。異母姉妹は性格が全く異なっていた、そして姉は主人公で弁護士の夫を持っていた。妹はその母親を父に離縁される等もされていたのだが、多くの謎々残る事件も起こした。というのも己の心理との葛藤ゆえのことで、不幸の伝播を防ぐためだったのだ。なお現在、角川文庫「君らの魂を悪魔に売りつけよ(新青年傑作選)」で読める。

【青色鞏膜】(2002/1/24)
木々高太郎が「新青年」昭和10年4月号という連続短篇の最中に発表。文学味のある上に探偵小説的にも傑作である。そして意外性の連続でなかなか面白い展開。しかし最後に待ち受けていたのは運命の残酷だったのだ。設定的に恐るべき謎は徐々に解けてくるが、その決定的なのは青色鞏膜の遺伝からだった。それは意外な悲劇までも知らしめてしまうのだ。なお、癩病というキーワードもこの物語では重要事であり、あまりにも悲しみなのである。なお現在、リブリオ出版「くらしっくミステリーワールド13」で読める模様。

【睡り人形】(2001/11/7)
木々高太郎の犯罪医学短篇で、「新青年」昭和10年2月号発表。睡り人形、それは恐るべき人工睡眠の悪夢である。ある医学者の妻は嗜眠性脳炎と診断された死亡したのだが、そこには恐るべき意思が働いていたのだ。その後、その医学者が為し得たのは、いかに奇怪で悪魔的な睡り人形との生活だったことか。狂的な独占願望ゆえのこの異常な行為、この異常犯罪小説には背筋をジリジリと伝うような恐怖すらも感ずるのである。なお、現在、創元推理文庫の「木々高太郎集」等で読む事が可能だ。

【文学少女】(2002/8/7)
木々高太郎、「新青年」昭和11年10月号発表の短篇。なるほど広義ですら探偵小説味はあまりにも稀薄である。文学少女は文学に恋愛していたが無理解な周辺の中ではそれは悲しみ。その後、文学少女は一児の母となり、その娘を大心地先生に分析、晴れた道を歩もうとしていたのだが、それも悲しい錯誤と運命によってしまった。しかしそれは幸せだったのやもしれぬ。生涯の感謝を捧げることが出来たほどの事が出来たのだから。なお現在、創元推理文庫「日本探偵小説全集第七巻」で読める。

【妄想の原理】(2002/4/11)
木々高太郎、「新青年」昭和10年3月号発表の短篇。癲癇発作中の男が殺人を犯して、重要物を盗み出した。大心地先生は小発作の朦朧状態という責任能力がなくなる状況に詐病が出やすい認識していたが、今回もその詐病だというのか? さて、その男は実に精神病者になってしまったが、大心地先生いかに精神病者の妄想原理という数学式が表す一種の暗号から、重大な秘密を守ることが出来ただろうか!? なお現在、春陽文庫「網膜脈視症」等で読む事が可能のはずだ。

【夜の翼】(2002/5/5)
木々高太郎、「新青年」昭和12年1月号発表の短篇。フランスを舞台に大心地先生の精神分析が炸裂したのが本篇だ。銃で撃たれたフランス女、それは可哀想な境遇だったが、主人公の日本人とは良い友達だった。それが腕の中で死してしまうのだ。犯人は逃亡中だというので、国中マルセイユまで追跡するも……。夜の翼への逃亡の意味には意外な理由の奸計が隠されていたのである。まさに強迫観念恐るべしである。なお現在、気軽に読める本は恐らく無いと思われる。

【封建制】(2003/9/25)
木々高太郎、「新青年」昭和12年6月号発表の短篇で幕末探偵小説とも言うべき物だ。稲垣家の嫡流に伝わり続けるという口伝史。しかしこの小説自体が何が面白いのか皆目見当がつかない。そもそもどこが探偵小説なのかも分からない上に、幕末でもなさそうで、文学力も駄目。口伝史も正々堂々な仇討ちなどが美談とする武士道、忠義の話が変に展開し稲垣家の当時の主が発狂してしまうと言う話で、面白く無さ過ぎである。本当にこれは頂けない。なお現在読める本は無いと思われる。


九鬼澹[くき・たん]

【現場不在証明】(2002/2/8)
九鬼澹、「探偵」昭和6年8月号発表の本格短篇。贈賄事件でピンチに陥った主人公、その運命を握るのはただ一人。となると、考えることは一つしかない。そのための完全なる毒殺計画を考え、現場不在証明も完璧、更には証拠が上手く自動消失しないケースも考え、その対策もバッチリ考えておいたが、しかししかし、根本的な齟齬こそは計画を全て意味のない物にしてしまうのは十分な力を持っていたのだ。なかなかの本格で少し面白い作品だと言える本編は、なお、現在、光文社文庫「『探偵』傑作選」で読む事が出来る。


葛山二郎[くずやま・じろう]

【赤いペンキを買った女 】(2002/5/14)
葛山二郎、「新青年」昭和4年12月号発表の本格探偵小説。花堂弁護士シリーズで、法廷での検事、運転手の証人等との問答体。車上の強盗殺害事件及び殺害未遂事件を巡っての展開。運転手の証言によると、元々帰路の為、彼の車に乗っていた被害者に招き寄せられた被告が、その被害者を絞殺したのに違いないというのである。それがそれが花堂弁護士、そして更に赤いペンキを買った女の出現で、急転直下の大展開。蝸牛の神秘の謎はいかに解く!? まさに息つく暇もない傑作だ。なお現在、国書刊行会「股から覗く」等で読める。

【偽の記憶】(2002/9/30)
葛山二郎、「新青年」昭和4年7月号発表の短篇。ニセではなく、イツワリの記憶、それは既視感のような感覚。今起こっている出来事を過去にも同様に体験したと感じる記憶。それは偽物のはずなのだが、狂人と罵られても信じられないのだ。夜中に列車に乗り込んできた男は語る。その男は子供時分に指を失っている。偽の記憶のためにノイローゼになった男は兄と共に田舎へ帰って来るも、そこでの悲劇と真実と偽りの記憶。真実の記憶が見せる錯誤。それほどの物でもないが、なお現在、国書刊行会「股から覗く」で読める。

【噂と真相】(2001/12/15)
葛山二郎の処女作で、「新趣味」大正12年9月号発表。噂と真相との間には大きな乖離がある。その面白さを表したのが本篇である。学校も喧嘩で一方が小刀を抜いたと言う真実が、妙な風に尾ひれを付けて学校中に広まったのだが、その噂の主の二人は、窃盗罪を訴えた者と訴えた者として、教員室で問題になっていた。しかし神様の目は全てを見通していたのだ。真相は噂とベクトル違いなのだ。また裁判ネタを使っていて、これがやはり葛山二郎、だと実感させ面白い。なお現在光文社文庫「『新趣味』傑作選」等で読める。

【影に聴く瞳】(2002/12/10)
葛山二郎、「新青年」昭和6年8月夏季増刊号掲載の短篇。理化学トリックの冴え渡る本篇は青と赤の秘密のなす影に聴く瞳。恐るべき目なのである。男は求愛した女が陰を残すその母親殺人事件の解決を見付けるべく謎に挑んでいくが、その意外な結果とは!? そして女の母親を殺害したという恐るべき理化学、それは女、その父のように一度嫌疑を受けた者の仕業だったろうか!? 男と女の手紙形式で進められていく本篇だが、なお現在、国書刊行会「股から覗く」で読む事が可能である。

【霧の夜道】(2002/11/01)
葛山二郎、「新青年」昭和5年4月号発表の短篇。霧の夜道だった。妊娠中の女が崖の下に転落死したのは。しかしなぜか皆、一緒にいた男の方が女に突き落とされたと勘違いしていた。というのも目撃者がそう証言し、そして警官呼びと言う名目でその場から去ったからである。さて、少し意外性もあるこの事件の真相とは!? 「赤いペンキを買った女」に続いての錯覚の魔術を披露。花堂弁護士シリーズで、検事と対話的に展開だ。なお、現在、国書刊行会「股から覗く」で読む事が可能である。

【杭を打つ音】(2001/10/23)
「新青年」昭和4年11月号発表の本格物。私は本編を葛山二郎の最大傑作だと考えている。この本編で錯覚の魔術師・葛山二郎がもたらしたのは、二つの感覚器官を騙くらかす錯覚魔術の美事な圧巻!。狩猟中に起こった事件に対して、《杭を打つ音》を引用し、この事件に論理的な解を与えているのだ。更にラストの悪魔の嘲笑も読後のゾッとするような効果を引き立てている。なお、現在、国書刊行会の「股から覗く」等で読む事が可能である。

【股から覗く】(2002/2/16)
葛山二郎、「新青年」昭和2年10月号発表の怪奇短篇。股から覗くとは、文字通り股から覗く行為を趣味とした所謂奇人である。股から覗けば芸術が見え、真実の世界が開かれるというのだ。その奇人が、マラソン大会中の雄一の殺人事件目撃者なのだから、話が展開されていくのである。そしてそのゼッケンから犯人は割り出されたかと思われたが、アリバイがある等で事件は紛糾。果たして股から覗いた世界の真実とは如何なるものだったか!? なお現在、国書刊行会「葛山二郎集」で読む事が可能だ。

【女と群衆】(2003/9/25)
「探偵クラブ」昭和7年12月号掲載された、葛山二郎の探偵コント。掌編である。財布を盗まれたと飛び込んできた女、しかし男は盗んでいないと言い張った上に、女を娼婦の如く決めつけ罪を逃れようとする。しかも、女の主張通り派出所で身体検査をするも、女の財布は出てこないのである。更にそれを見た群衆が男の味方をし出してしまう。立場の弱さと群衆心理の愚心ぶりを衝いたそれなりのツボを突いた作品と言えるだろう。なお、現在光文社文庫「『探偵クラブ』傑作選」で読む事が出来る。

【赧顔の商人】(2003/9/25)
葛山二郎、「新青年」昭和4年9月号発表の短篇。列車で人の見送りに出ている間に、物をどけて座っている赤ら顔の男。その男の手が、その先の方の物を離さない物だから、窓に挟まって、物も取り出せない。そういう状況から赤ら顔の男は或る婆さんの強欲話を持ちかける。例え無くとも他人には金持ちに見せよ。という話。その裏には驚くべきデンガエシが待っているのだが。その金庫に纏わる話とはどのような物だったか!? 感心するほどではないが、現在、国書刊行会「股から覗く」で読む事が出来る。

【染められた男】(2003/9/25)
葛山二郎、「新青年」昭和7年10月号掲載の短篇。法廷探偵小説で、花堂弁護士の論理が冴え渡る。もっとも花堂氏は弁護人としてやってはならない事を犯してしまっているが…。タクシー運転手は怪我を負いつつも、銃声を聞いて、そして殺害事件を悟った。被害者の夫の被告、昼寝のアリバイはあるも、決定的目撃者はおらず、見られていたのは靴のみ。そこで染められた男、染められた証拠なのだ。犯罪の奇計が面白い本篇、なお現在、国書刊行会「股から覗く」で読む事が可能である。

【古銭鑑賞家の死】(2003/9/25)
葛山二郎、「新青年」昭和8年1月号掲載の短篇。これも花堂弁護士シリーズで、闇のトリック、錯覚の魔術が生きている作品である。崖下に馬ごと落ちて死亡した古銭鑑賞家、それは一時は警察に過失死と決定された。が、その遺族が言うには殺人だというのである。そして珍品中の珍品たる古銭を巡っての疑いを持っている事を花堂氏に吹き込むが…。花堂氏の論理はどちらに向くであろうか!? なお現在、国書刊行会「股から覗く」で読む事が可能である。

【慈善家名簿】(2003/9/25)
葛山二郎、「新青年」昭和10年6月号掲載の短篇。花堂弁護士シリーズだが、全然探偵小説ではないという意味で、奇怪な作品である。花堂氏は旧友に出会うが、名前を思い出せない上に、それが明かに乞食。そのインスピレーションから名前は思い出すが、話し出すに叔父さんの異様な多さ。その芳名録を使った慈善家名簿たるや、乞食の名に恥じぬ美事な作戦と出来で、乞食組合の設立なのだ。と、乞食道にまっしぐらな作品としか言えまい。なお現在、国書刊行会「股から覗く」で読む事が可能である。


甲賀三郎[こうが・さぶろう]

【甲賀三郎】(2001/10/24)
戦前の探偵小説界に於いて、最初期から通じて、江戸川乱歩の最大のライバルであり続けた探偵作家。戦前・本格派の総帥である。日本探偵小説界のあまりの範疇の広さに対し、一人真の探偵小説《本格》の至高の大事さを必死に訴えた。論客としても最初期から通じて良く知られており、特に芸術派・木々高太郎との探偵小説論戦はあまりに有名である。代表作として、長篇「姿なき怪盗」、中篇「体温計殺人事件」、短篇「琥珀のパイプ」等多数。詳しくは「甲賀三郎の世界」をご覧あれ。

【青服の男】(2002/10/29)
甲賀三郎、「現代」昭和14年1月号発表の短篇。なかなかの佳作である。田舎の別荘で狭心症の死者が発見された。それが新しい若い旦那なのである。と思われたが、通知の電報に対して本人から返信があったから奇々怪々である。曰くには、それはよく似た従弟の死体であると言うのだ。そして二人の当たり前の財産状況、また青服と鳶色服の洋服という相違などから、事件無しと思われたが、さて!? ユニークな犯罪動機等から意表な奇抜性をもたらした本作、なお現在、創元推理文庫「黒岩・小酒井・甲賀集」で読む事が出来る。

【浮ぶ魔島】(2002/4/2)
甲賀三郎、「科学画報」昭和3年7月号から12月に連載のSF。甲賀がこの早い時期でこれほどの純粋なるSFを作り上げていたとは、と驚くほどの傑作だ。動く岩礁や海底からの酸素、そして主人公夫婦にとっての仇敵の消失。干潮時のわすかの時間のみ行けるこの奇妙な場所。そこを調査すべく主人公夫婦は足を運ぶが、それが地底の暗黒の科学帝国に迷い込む事になろうとは!? エスペラントを操る猿のような変性人間、二十馬力の機械人形、脳に響く声などなど、SFの要素満載の本作、現在読む事が出来ないのが遺憾過ぎである。

【琥珀のパイプ】(2001/11/23)
甲賀三郎が「新青年」大正13年6月号発表した傑作短篇で、出世作にもなった。美事なる本格物である。自警団見回る嵐の夜に起きた放火殺人事件。この事件を中心にして二重三重のプロットを駆使したのが本篇である。更には理化学トリック、変装の妙、暗号の謎、恐るべき意外な目的、素晴らしき演出、様々な動機など豪華な見所は枚挙に暇が無いくらいだ。さて、松本の名探偵的そして…の手腕とは!? 因みにゾッとする対象、タイトル命名者は森下雨村である。なお現在、創元推理文庫「黒岩・小酒井・甲賀集」等で読める。

【古名刺奇譚】(2002/6/17)
甲賀三郎、「大衆文芸」大正15年6月号掲載の短篇。甲賀三郎としては珍しい最後である。旅に出た男は新妻の無邪気さと最近仲良くなった男に嫌気がさしたからだった。その車中で出会った女。そこで冒険心を少し妄想してしまった事が始まりだった。女の前に落とした古名刺があれほどの効果を見せつけるとは! 女の動機はまさにもっとも至極であるが、その古名刺から端を発したこの事件、いかなる展開を見せたか!? 何とない憂愁も感じさせる作品。なお現在、春陽堂「琥珀のパイプ」復刻版などで読む事が可能だ。

【死後の復讐】(2002/9/26)
甲賀三郎の短篇で、初出は未だ調査中。戦前、春秋社『ものいふ牌』に収録されてた本作。死後の復讐! それは単なる強迫観念の為せる業だっただろうか? 否、恐るべき奸計の予防線だ。チブス菌による病毒殺、こんなナンセンスは有り得るのか!? まさに生物化学兵器の雛形ではないか。もし事実とすれば恐るべき犯罪者と言わねばならぬ。しかししかし、死者の妄念は更に上を行っていたのだ。二重三重の心理を衝く罠! 悪魔的復讐劇だ。また隠し方のトリックとしても意外で少し面白いものを用いている。

【状況証拠】(2002/3/15)
甲賀三郎が「新青年」昭和8年9月号に発表した法律的探偵小説。百の状況証拠あれども一の確証無ければ有罪ではなく無罪だ。この信念こそが法。第一の事件ではこの確証無き事から法学博士は弁論を全うしたが、第二の毒殺事件の真相を発表することなく法廷から退場したのだ。つまり第三の密室ガス死事件…。法律的興味、複数の不可能犯罪、快刀乱麻な手法、錯誤、多くの甲賀らしい要素を加え合っているのが本篇なのである。なお現在、残念ながら、気軽には読む事が出来ない模様。

【水晶の角玉】(2002/7/18)
甲賀三郎、「文芸倶楽部」昭和3年9月号に発表の逸作短篇。本作の物理的隠し方のトリックは美事としか言いようが無いであろう。老実業家は碁盤の足から角形の跡を見つけた。それにピッタリ来そうな水晶の角玉が、骨董屋にあったが、どういうわけか売り物では無いというのである。そこで息子にその案件を任せたのだが、同じく水晶の角玉に興味を持つ美しい婦人と関わる事になる。そしてそこから、角玉のトリックに繋がっていくのである。この快い美事なる本格短篇、現在読める本は存在しないのが、残念である。

【ニッケルの文鎮】(2002/8/23)
甲賀三郎、「新青年」大正15年1月号発表の好短篇。初期甲賀を代表する作品である。効果的な一人称形式、小間使いの軽妙な語り口調で進んでいく本篇は、ニッケルの文鎮の理化学トリックによる殺人事件を軸に展開していく。そこを探偵するのが、被害者宅の好青年書生二人なのだが、更にそこからが研究を巡る大展開に昇華していくのだ。怪盗対名探偵、無電小僧と木村清の共演という点でも本篇の非常に興味深いポイントであるだろう。その本作は、なお現在、国書刊行会「緑色の犯罪」等で読む事が可能である。

【犯罪発明者】(2002/12/2)
甲賀三郎、「日の出」昭和8年1月号から6月号に掛けて連載された長篇。「姿なき怪盗」の二年前、冒険心富んだ獅子内は危機の連発で、しかも事件解決に大活躍の下に絡んでいるが、決して自らの頭脳が示した結果ではないというのもご愛敬。恐るべきは二種類の犯罪研究家の秘密。友人検事宅の女中の失踪、死刑囚の失踪、精神病院の怪事件などなど複数の事件が一つに繋がっていくという恐るべきプロットの面白さはさすがである。なお現在、読める本には「甲賀三郎全集7巻」がある。

【亡命者 】(2002/5/11)
甲賀三郎、「文学時代」昭和6年2月号発表の恐るべき変格短篇だ。どうしてこれほどの佳作が初出以降完全に埋もれてるのかが納得出来ない。ずっと後の久生十蘭「刺客(ハムレット)」を少し想起せしめる展開で、登場人物の真の地位立場を理解するや、本当の悲劇を経験したことになるという悲哀なのだ。自動車の故障と大雨に出会った婦人記者は、雨宿り先で出会った老紳士、その彼は命を狙われている上に、殿下と呼ばれている不思議。なお現在、読む事が出来ないのが遺憾な限りだ。

【緑色の犯罪】(2002/1/27)
甲賀三郎が「新青年」昭和3年12月号に発表した秀作短篇。緑の手紙なるあの幸福の手紙の親戚筋に当たるような怪しげな手紙の流行などの他、緑色ばかりに狂的な興味を持つ緑キチガイが指し示すもの、それは現実的にはあの恐るべきトリックの前奏曲。この恐るべきまでの狡知には驚異であろう。殺人事件の連関なども興味深いこの作品には、お馴染みの裏の悪意に溢れる手塚龍太弁護士も登場し、お得意の自身の皮算用の下にこの事件の真相を暴き出すのである。なお現在、国書刊行会「緑色の犯罪」等で読む事が可能だ。


小酒井不木[こさかい・ふぼく]

【ある自殺者の手記】(2002/8/8)
小酒井不木、「サンデー毎日」昭和2年1月に発表の短篇。これはラストに大いに驚いた。同じ名字であるという事が偶然ではなくこの手記や計画に主人公的必然であったとは!? しかし筆跡の点は肯けない。ただこれをワープロなりタイプライターなりに置き換えるだけで奇妙な事件は可能になるのだ。そう思うと脅威するではないか。単純な弱腰な自殺者の手記、楽な自殺を選びたがるこの手記の主人公だけに、性格で判断出来ない物か、そこに齟齬がある予感もせぬではないが。なお現在、ちくま文庫「小酒井不木集」で読める。

【安死術】(2002/9/7)
小酒井不木、「新青年」大正15年4月号発表の短篇。安死術、それは所謂安楽死を施すという医者としては不法行為。しかし安からか死、それは誰もが望む事。カンフル剤で無理やり一分一秒生きながらえさせても奇蹟は起きない物は起きえない。その地獄の苦痛。これから解放するのが安死術。展開は妻が何かに魅入られた如く変貌するなどかなり無理やりな感があるが、思わずも身内への医術処置をする事になった医者は主義を棄てて悪夢の結果を得てしまうのだ。なお現在、ちくま文庫「小酒井不木集」で読める。

【遺伝】(2002/10/7)
小酒井不木、「新青年」大正14年9月号発表の短篇。K博士には頸に傷痕があるのだが、それは無理心中を仕掛けられた跡だというのだ。しかしその話の何という残酷無比な事か、それはK博士のことである。旧刑法の条文を見せつけられた若かりしK博士の恋人の選ぶ道は他に考えられなかったのである、これは果たして遺伝の恐ろしさというのか!? 恋人は自身のルーツを知った時、遺伝の力を発揮した訳なのだが、知らないでは発揮しなくて済んだのでは無かろうか? なお現在、ちくま文庫「小酒井不木集」で読む事が可能だ。

【愚人の毒】(2002/5/10)
小酒井不木、「改造」大正15年9月号に発表の本格短篇。愚人の毒、それは症状などから明らかな亜砒酸。これを使ったであろう未亡人殺人事件が発生したのである。疑われたのは長男、出掛けて数時間後に中毒症状を三度も起こし、四度目には遂には絶命してしまった。この中毒症状が愚人の毒であるというのが…、目まぐるしく展開するこの論理の組み立て、真犯人への道。誰にもありそうで、そこはまさに愚人の毒。構築世界の崩落だ。なお現在、ちくま文庫「小酒井不木集」等で読む事が可能だ。

【血友病】(2002/12/8)
小酒井不木、「サンデー毎日」昭和2年7月に発表の短篇。例え間違った信念であろうと信じている物は長生きをする、という例を挙げた作品。ほんの短い物ながらそれだけに効果は凝縮されている。少しの傷が致命傷になると言う家系。その最後の一人である女は150歳だというのだ。月のものも来ずに無事だったが、この度に血が出て死ぬ運命…。それでも生への執着を示す女に医者として呼ばれた主人公は血友病の真実を老女に告げたのだが…。なお現在、ちくま文庫「小酒井不木集」で読む事が可能だ

【手術】(2002/6/9)
小酒井不木、「新青年」大正14年10月号発表の短篇。ほんの短い物だが、その中に凝縮された生理的にゾッとするような感覚を強烈に植え付ける絶大な効果。「探偵趣味の会」で集まった九人のこの日の話題は共食い、つまりは人食である。会員がそれぞれ知識中の恐るべき話をする中、掉尾の元看護婦の会員が話した内容は恐るべき悪夢。それは看護婦を辞めるに至った程の衝撃。胃袋に収まる証拠、隠滅を計った物だったのか。おぞましすぎる手術ミス……。なお現在、ちくま文庫「小酒井不木集」で読む事が可能だ。

【人工心臓】(2002/2/14)
小酒井不木、「大衆文芸」大正15年1月号発表の怪奇SF短篇。医学者で、機械説信者の主人公だったがその学説のナンセンスを証明してしまうという本篇。生気こそ人生の糧であったのである。人工心臓、それを恐怖の感情を超越する理想郷世界と信じて日々研究制作した主人公と妻だったが……、その贈り物は果たして…!? 前半の非小説的な医学的SF的部分が長すぎるのが些か気になるが、人間として最高級の真の恐怖を描いた傑作短篇である。なお現在、ちくま文庫「小酒井不木集」等で読む事が可能だ。

【痴人の復讐】(2002/11/04)
小酒井不木、「新青年」大正14年12月号発表の短篇。殺人倶楽部の例会で語られたるは絶対処罰されない理想的殺人方法の話になるが、そこで語られたのが痴人の復讐なのである。ここで言う痴人はドジで間抜けだという意味なのだが、まぁ、これが医者の卵なのだから教諭でなくとも実際恐ろしい話だ。しかし痴人のネチネチした復讐心は高まるばかりであり、見込まれたその教諭と患者は悲惨な末路を辿る事になるのだ。恐るべきプロバビリティの復讐。なお現在、創元推理文庫「黒岩・小酒井・甲賀集」等で読む事が可能だ。

【闘争】(2002/3/9)
小酒井不木の遺作として「新青年」昭和4年5月号に掲載された探偵小説。二人の精神病学者は極端に正反対の研究の持ち主、その恐るべき闘争が人道の境地を越えた所で行われたという一篇だ。示唆部分はどうも奇異な感じも受けるが、そのプロットはまさに圧巻で単純な予想を引き寄せないのである。ある自殺者の手になる遺書と投書の謎。それが自殺しそうもない人である事から奇蹟の他殺自白者にも驚きもするが、それ以上の奸智が隠されていようとは! なお現在、ちくま文庫「小酒井不木集」等で読む事が可能だ。

【呪われの家】(2001/11/26)
小酒井不木がプラトン社「女性」大正14年4月号に発表した本格短篇。不木自身が認める創作の処女作だ。確かに処女作だけあって多分にギコチナさも垣間見えるが、充分な佳作と言える。ダイイングメッセージある殺人で、「人殺し−い」という黄色の声も叫ばれた。たった一言で参らせてしまう「特等訊問法」の何たる威力か! その前に知らぬ存ぜぬの重要参考人も口を開いたのである。何という気の毒で切なき動機と秘密だったか、まさに悲しき運命、呪われの家であった。なお現在、春陽堂「創作探偵小説選集1」で読める。

【秘密の相似】(2002/4/9)
小酒井不木、「新青年」大正15年4月号発表の短篇。秘密の相似、その皮肉な題名の示す通りの恐るべきトリック。そして結婚制度を批判した作品にもなっている。新婚家庭から実家に帰った妻は夫にある秘密を打ち明けた。眼が不具である事を打ち明けたのである。つまりこれを理由として妻は実家に帰ったというのだ。それを見た夫や仲人はどういう気分で返答を寄越したのか、ブラックな味が面白い心理を扱った探偵小説と言えるだろう。なお現在、ちくま文庫「小酒井不木集」等で読む事が可能だ。

【メヂューサの首】(2002/7/10)
小酒井不木、「大衆文芸」大正15年10月号に発表の短篇。女の身体に落書きをすると、思わぬ悲劇が舞い降りかねない。ナルシストの自己愛の女は医院をメヂューサの首を妊娠したと、訪ねてきた。その実は不治とされた肝臓硬変なのだが、その姿は俗称も示すとおりメヂューサの首。蛇がウネウネしているようなのだ。しかし女はそれは例えでなく事実だと思いこんでいるのだ。この妄念の強さ。愛する自己がおぞましいメヂューサの首に乗っ取られると恐怖する。なお現在、ちくま文庫「小酒井不木集」等で読む事が可能だ。

【恋愛曲線】( 2001/10/21-2)
大正15年1月号発表の小酒井不木・最高にして不朽の名作怪奇。いや怪奇恐怖ばかりで収まりきれない無気味な感情がこの恋愛曲線!。まさに医学をフルに生かした芸術であり、恍惚感すらも感じる。ちなみに、旧字体では「戀愛曲線」となるが、この漢字のような重さがこの曲線にはある。とにかくも、乱歩の怪奇に惚れている方には、ぜひお奨めしたい一作である。なお、創元推理文庫の「日本探偵小説全集1・黒岩涙香 小酒井不木 甲賀三郎集」等に収録されている。

【按摩】(2003/9/25)
小酒井不木、「新青年」大正14年8月増刊号発表の怪奇短篇。ある按摩が物語った恐るべき恐怖。恋敵の血液の呪いだ。その呪いの前には、痛みが引かない。結果のモルヒネ治療、痛み止めだ。しかしその効果は段々打つ場所場所で衰えていき、ついには刺す場所が限られたのである。そしてその結果のモルヒネ中毒の治癒。怪按摩は、按摩たるがゆえに実践的モルヒネ治療の神話を信じるに至ったようなのである。恐るべき欺瞞。なお現在、ちくま文庫「小酒井不木集」で読む事が可能だ。

【犬神】(2003/9/25)
小酒井不木、「講談倶楽部」大正14年8月号発表の怪奇短篇。ポーの『黒猫』のようなこの事件。犬神の血を引く主人公はある身元不明の女と同棲していたのだが、犬神に魅入られた悪夢の影からは脱する事は出来なかった。これこそ悲劇。果たしてカタストロフィーはどこに重点を置いていたというののか。運命の妙の悲しさよ。暗示のように狂犬に噛まれ血液中の成分に犬の血が混ざり込んだと言うのか。、新発見。なお現在、ちくま文庫「小酒井不木集」で読む事が可能だ。

【肉腫】(2003/9/25)
小酒井不木、「新青年」大正15年3月号発表の短篇。患者は右腕に出来た肉腫がどうしようもないくらい悪化してしまい、もはや死を待つしかない状態だった。ゆえに患者の復讐心はその肉腫に向けられこの手で切り刻みたいという願望を持つに至るが……。その結果待っていたのは大いなる矛盾、肉腫は医者に大手術を施されたが、待っていたのは肉腫を前にした断末魔だったのである。相変わらず冴え渡る医学ホラー。なお現在、ちくま文庫「小酒井不木集」で読む事が可能だ。

【印象】(2003/9/25)
小酒井不木、「新青年」大正15年6月号発表の短篇。これは恐るべき女の復讐ミステリで佳作と言えよう。その怪奇的ゾッとする効果はまさに圧巻である。主人公の妻は妊娠しつつ肺結核になってしまったが、夫に復讐するだけの地獄の一念でわが子を産み落とそうというのだ。その真意こそは印象の復讐。妊婦の一念の印象は果たして子に刻みつけられたというのだろうか? その死をも恐れぬ印象のへの道。なお現在、ちくま文庫「小酒井不木集」等で読む事が可能だ。

【死の接吻】(2003/9/25)
小酒井不木、「大衆文芸」大正15年5月号に発表の短篇。何という皮肉で凝り固まった作品である事か。そこがまた恐るべき面白さではないか。未曾有の異常な暑さに東京市は襲われていた。しかもコレラも大流行なのだ。そのような状況下で、恋を知らぬ主人公は人妻に恋を感じてしまうのだ。それがまた迷惑的な思考回路で結果的に完全犯罪を成立させてしまう。ああっ、死の接吻の恐ろしさよ。復讐への覚悟よ。なお現在、ちくま文庫「小酒井不木集」で読む事が可能だ。

【血の盃】(2003/9/25)
小酒井不木、「現代」大正15年7月号発表の短篇。因果応報、偶然とは複雑な必然であると言う事をテーマにした恐るべき復讐の話。復讐されるのも必然であるのだ。血の盃、それは結婚式に捧げられた紅葉の如く。その衝撃は白痴製造し、蝋燭の炎は盲目の呪いたる物凄さ。男に騙された挙げ句に不具にさせられた女の妄念は男の結婚においてをや爆発し、悲劇の因果応報は頭上からのし掛かるのである。不木に怪奇復讐短篇を書かせればまさに絶品ばかりだ。なお現在、ちくま文庫「小酒井不木集」で読む事が可能だ。

【猫と村正】(2003/9/25)
小酒井不木、「週刊朝日」大正15年7月に発表の短篇。まさに恐怖恐怖の祟りの怪談である。母危篤で、魔の列車と呼ばれる列車に乗り込む事になった主人公は、魔の列車盗難事件の関連などから、片目片足の男から、そうなるに至った魔の話を聞かされる事になるのだ。これも夫婦間復讐の呪いであり、女の復讐の念は三毛猫に乗り移ったかの如く暗躍するのである。祟りはやはり現実にあるのか!? 後妻の猫目の秘密とは!? なお現在、ちくま文庫「小酒井不木集」で読む事が可能だ。

【狂女と犬】(2003/9/25)
小酒井不木、「大衆文芸」大正15年7月号発表の短篇。これも怪談に属する話である。旅で迷い込んだ寺で聞いた恐るべき復讐譚。癩の父親を持ち村人に差別を受けるという過酷な運命の為に狂ってしまった女は、更には村に現れた五人の悪漢にも苦しめられてしまう。だが、最終的には彼女の忠実な犬の白とともに、村の救い主となったのである。何という白の偉さか、無抵抗主義の習慣の恐るべきさ、復讐の念の怪奇はこの作品でも全面である。なお現在、ちくま文庫「小酒井不木集」で読む事が可能だ。

【鼻に基く犯罪】(2003/9/25)
小酒井不木、「文学時代」昭和4年5月号発表の短篇。一時は死の淵を彷徨う病気をしていた犬に薬を探して姉は散らかった聖域たる弟の部屋に入らざるを得なかったが、そこで恐るべき犯罪日誌を見付け読み上げてしまったのだ。その鼻に基づく犯罪、まさに奇妙な動機、狂的思考だと言えよう。日誌の火薬爆発事故として処理された事件の真実は恐るべきものであり、姉は白すぎる自分の腕にブルルとするのである。さて、弟の反応は信じて良いのか否か!? なお現在、ちくま文庫「小酒井不木集」で読む事が可能だ。

【卑怯な毒殺】(2003/9/25)
小酒井不木、「サンデー毎日」昭和2年1月に発表の短篇。毒殺されそうになった男は偶然の幸か不幸か無事に済み、毒の耐性を得るに至った。そして病室のワンシーン。毒殺しようとした男は何と意表を衝いて自殺を図り失敗していたのだ。その結果の半芋虫状態の病院横臥なのだ。そんなわけで自殺も出来ずに待ち受けていた男だったが、しかし何という不幸だっただろうか、卑怯な毒殺は何という皮肉だっただろうか。なお現在、ちくま文庫「小酒井不木集」で読む事が可能だ。

【死体蝋燭】(2003/9/25)
小酒井不木、「新青年」昭和2年10月号に発表の短篇。奇妙な動機と論理的な動機が介在した恐るべき怪奇。暴風雨の夜、和尚が一人だけの小坊主に語った話は犬畜生にも劣る懺悔だった。死体蝋燭、その動機は和尚の悪鬼の嗜好。しかし蝋燭には限りはあるのは言うまでもない。和尚の策略は冴え渡るが、小坊主は怯えるばかりだ。そして怯えたのは更にあったのである。怪奇短篇としては絶大なる効果と意外な幕引きだ。なお現在、ちくま文庫「小酒井不木集」等で読む事が可能だ。

【暴風雨の夜】(2003/9/25)
小酒井不木、「講談倶楽部」大正15年1月号に発表の短篇。一夜を共にした女が起きてみると妖怪変化だったらどういう反応を示すか、という話題から、それは気絶し或いは発狂するに違いないと言い切った医師が自分の経験談を語る話。梅毒に冒された男は、良家への養子のチャンスという利己的な理由で嫁ぎ先に悲劇をもたらすという非人道的行為。可哀想なその奥さんを救うべく策動したのが、この語り手の医師だったのである。蘇生の点がご都合過ぎるが、悪くはなかろう。なお現在、ちくま文庫「小酒井不木集」で読める。

【謎の咬傷】(2003/9/25)
小酒井不木、「女性」大正14年7月号に発表の短篇。「呪われの家」の続篇で、特等訊問法は本作でも凱歌を上げる。もっとも確証無いのに証言ついでに安心を与えるのはどうなのだろうか、と言う点はあったが…。殺された宝石商の喉仏に咬傷が、この謎の咬傷を巡って事件は紛糾するのである。容疑者達の中に咬傷を与えられそうな人物に当たるも、飛び出したるは意外なセリフ。さて、この恐るべき変態性欲魔を殺した犯人と咬傷の秘密とは!? なお現在、ちくま文庫「小酒井不木集」等で読む事が可能だ。

【新案探偵法】(2003/9/25)
小酒井不木、「大衆文芸」大正15年10月号に発表の短篇。パブロフの犬の条件反射を使ったのが新案探偵法だ。その効果はいわゆる心理試験を越えた純客観ゆえに百発百中、犯罪捜査に一大革命をもたらす事が出来るのではないかと主人公は考え、研究に没頭したのだった。というのも学問の為の学問だろうと、世に無益であろうと研究熱の発せさせる主人公だから為せる業であったのであろう。ただ興味を持たせておいてこのオチは納得行きかねるが。実際どうなんだと言いたいが。なお現在、ちくま文庫「小酒井不木集」で読める。

【三つの痣】(2003/9/25)
小酒井不木、「大衆文芸」大正15年2月号に発表の短篇。法医学者が語った人工的に出来た頬の痣の由来は、三つの痣が揃った時に生まれた物だった。法医学を解剖好きだが正義を好むという志向から職とする語り手。法医学を役に立てたいと思っていたゆえに、考案したのが、死体解剖法であり、発展させた生きている腸の如くな腸菅拷問法。これらは真犯人の自白を導きだし、無実人には効果が無いというのだ。尤も誰でも十分過ぎる以上に精神的に恐いんでは、と思うが。なお現在、ちくま文庫「小酒井不木集」で読める。

【好色破邪顕正】(2003/9/25)
小酒井不木、「現代」昭和3年6月〜8月号に発表の中篇。表題と同じタイトルの古書や謎の女に関わった事などから主人公は素人探偵として、事件に参加。そして凱歌を上げるに至ったである。悲鳴を上げた女が逃げ出した家の主人が殺害されているという怪事件。しかも警察の取り調べを受けても女は謎のままで嫌疑を逃れられないのだ。素人探偵となった主人公はこの女を救う事ができただろうか? そして真相とは!? なお現在、ちくま文庫「小酒井不木集」等で読む事が可能だ。